第13話 成績と不満 -3/3-


「ふう。乱闘の方が良かったかな」

プラグとシオウは湖の外周を二時間で走り、森の入り口に戻って来た。

リズはいなかったが、代わりにコリントがいた。

「お疲れ。どうだった? って聞くまでもないか」

「凄く楽でした」

プラグの返答にコリントが苦笑した。

コリントはリズに頼まれて、監督に来たのだという。


幸い、一周でも八十キロ。毎朝走っている七十キロに、十キロ追加された程度だ。

感覚が麻痺している気もするが……走り出す前、候補生達はリズを捕まえ、先に深呼吸と、祝詞による分解(ラヘナ)について教わって、一応、変換(アルド)も練習をして、相談しながら走っているのでなんとかなるだろう。


『分解(ラヘナ)』の祝詞はかなり効果が高く、リズの体感では霊力消費が、普段の半分以下だという。プラグも一緒に使ってみたのだが、分解の速度は深呼吸よりも大分速い。おそらく倍程度だろう。

即時効果のある、『変換による分解』には及ばないが、忘れていたのが勿体ないくらいだ。


――リズはこっそりプラグに『論文は書かせるが、これ、うちだけの秘密にしねぇか?』と言って来た。プラグは『それでも構いませんが、もし出す時は騎士団か、隊長の名前にして下さいね。その分、枠を増やして下さいよ』と答えて『おめー、この悪党が!』と悪い笑顔で小突かれた。

精霊は善も悪も持つ存在だから、プラグはともかく『カド=ククナ』が善だとは限らない。精霊は本来、悪戯好きなのだ。


その後、『変換(アルド)』を教えたのはプラグと、アドニスとアルスが引っ張ってきたラファ・セフィアナ隊士だ。

彼女はいきなり呼ばれて驚いていたが、巫女出身なので上手く教えてくれた。

『ル・ア・ミーア・アルド・ルビラッカ・ル・フィーラ・セス』と言う祈りの言葉を使った、初歩の初歩、光の発現からなのだが……。

結果、一人だけ。女子のアイリーンができていた。


アイリーンは、うねりのある亜麻色の髪を高い位置で二つに結んだ、薄茶色の瞳の少女で、一応戦闘クラスにいるがさほど強く無く、三十三位。しかも巫女志望だ。

これには本人も女子も男子も感激し、ラファも驚いていた。

勿論、プラグも驚いて、嬉しくなって褒めた。初歩とは言え、一発でできるとは結構な才能がある。

ちなみにプラグは元々修得していたが、優秀なミーアで半月、かなり早いサリチルでも三日かかったと聞いている。アイリーンはもしかしたらミリルは別格としても、どこかの巫女長を狙えるかもしれない。

アイリーンがいきなりできたのは、それだけ真面目に霊力の訓練をしていたからだろう。

プラグは改めて「皆、精霊剣が作れるんだから、いきなりは無理でも、誰でもできる可能性はあるよ。精霊はいないけど、あの感じに近いかも」と伝えた。

元々、プラグはそれを見越して教えたのだ。

――しかし皆、そう上手くは行かないようだった。

プラグは男子向けに「戦う気合いじゃ無くて、慈愛の心で、優しく淡く光を作る感じで」と言った。するとフィニーができたので、さすがミリルの弟、と思った。


そしてフィニーとアイリーンが、プラグが先程教えた『変換(アルド)』の祝詞『ゼ・フィーラ・アルド・メ・エルタ・シス』を唱えた結果、フィニーが、量は少ないが成功し、アイリーンは『ル・フィーラ・アルド・メ・エルタ・セス』で見事、水――水蒸気らしき物、を作る事に成功した。

アイリーンに、祝詞はどちらがいいのか聞かれたので、やりやすい方でいいと言っておいた。強い口調かそうでないか。意味は一緒だし、慣れればどちらでもできる、と。

しかし、その後の打ち消しは、二人に揃って「何だかよく分からない」と言われてしまった。どうやら、こちらの方が難しいらしい。

そして一旦諦めて、揃って走り出し、今に至る。


「ほんとそれな。お前甘過ぎ。結局自分が五倍になってどうすんだ?」

シオウが頰を膨らませた。シオウはいきなり『変換(アルド)』はできなかったが『分解(ラヘナ)』の祝詞と仕組みを覚えてしまったので、以前よりかなり楽そうだ。汗もほとんどなく、うっすら程度だ。


プラグ自身も走っている時に『分解(ラヘナ)の祝詞』を試したが、思った以上に効果があって感動した。これなら他の候補生も完走できるだろう。

その上、今回はゆっくり走れたので、汗もさほどでは無く、体力も余裕がある。

『分解(ラヘナ)』が無くても、飛翔駆けは急がなければ問題無いのだ。

「でもシオウも五倍になるから……」

「はぁ?」

「今までの通りならたぶん」

「勘弁してくれよ……あーあ。辞めときゃ良かった」

シオウは辞めたい、とかもう無理と言うが、辞める気があるようには見えない。

「シオウは精霊騎士になりたいのか?」

「んー? どっちでもいい」

シオウの返答にプラグは戸惑った。するとシオウが。

「戦えればいい、って言うか、もう目的は果たしたし? 鍛練するぞ」

と、たまに見せるいい笑顔で言った。プラグは首を傾げながら従った。


しばらくするとアドニスとフィニーが到着した。

「ふう、なるほど、これは結構、違いますね!」

「かなり楽だと思うよ! なんだ、簡単だね」

と言っているが。二人は化け物なので、参考にはならない。

アドニスは王族だから分かるとしても、フィニーは一体どこから生えてきたのだろうか。


「あの、プラグ君。ちょっと聞きたいんですけど――もしかして、霊力調整が上手くできれば、そもそも『分解(ラヘナ)』って必要無いんですか?」

アドニスが疑問を尋ねてきた。

プラグは少し考えた。

「アドニスは、今日は分解(ラヘナ)は上手くできた?」

するとアドニスが微笑んだ。

「はい。分解の祝詞については、効果覿面でした! ありがとうございます。ですが深呼吸の場合は、多少楽になったし体温も下がりましたが、使っている実感が湧かない、という感じです。もう一つの『変換(アルド)』はそれ自体が難しいと言うか、アイリーンさんはできていましたが……必要な物なんですか? 祝詞があったにせよ『分解(ラヘナ)』の使い方をちょっと意識しただけなのに、前と全然違うので、驚いています。もう慣れたんでしょうか?」


プラグは頷いた。

「ああ、それはアドニスが霊力を沢山持っているからだな。それなら意識しなくても深呼吸で分解できる。深く呼吸する度に、霊力が勝手に熱を打ち消して、足りない分は自分の霊力から補充されていくんだ。『変換(アルド)』は、調整や『分解(ラヘナ)』で間に合わないときの緊急措置みたいな感じかな。ただ、どのくらいの霊力量で、どうやっているか理解しておかないと、霊力切れを起こしたり、霊力が暴走したりするから……」

「なるほど……? ではやはりいらないと……?」

アドニスが言った。

「うん。人間にしかできないけど、人間だからこそ使いにくいみたいな。初回は霊力を消費すると知らずに、倒れて起き上がれない、のぼせてしまった候補生もいたんじゃないか? 『思ったより霊力消費が多い気がする』の『思ったより』の量が重要なんだ。そこだけ気を付ければ大丈夫」

「ああ、なるほど。確かに、量が分かっていれば気を付けられますね。使う間隔も調整出来るし、多用しないようにすることもできます」

プラグは頷いた。

「うん。そういう事。『変換(アルド)』について……これはおまけの情報にするけど。プレートには精霊、人間とも被害が出ないように、ある程度で霊力消費を止める機能が付いているんだ……って聞いた気がする。でも『変換』を使えばプレートの機能を無視して、自分の意志で直接霊力を動かす事ができる。水くらいなら簡単だけど、結界とか、他の事をする場合はちょっと大変かも。だから巫女は修行するんだって、妹が。これは霊力量と、持って生まれた、巫女としての才能、適性だとしか言いようがない。霊力調整が上手い巫女は、結界も上手い事が多いけど、それだけとも言えないし……分からない」

巫女の力の強さは、単純な霊力量だけでは無い。

しかし一概にこうだ、とも言ないので、やはり才能、と言うしかない。

プラグは続けた。


「だから、やっぱり変換はできなくても、深呼吸だけで、楽に走る事もできるんだ。でも、霊力の少ない子もいるから。その子達の参考になればと思って。実際アイリーンはできたから、他の子も練習したらいけるかも……?」

「なるほど、とても良い配慮ですね! ……それを皆に伝えて良いですか!? 今度から筆記具を持ち歩いて書き留めておきます。それを読めば正確に伝わりますよね!」

アドニスは意気込んでいる。

プラグは少し首を傾げた。それは毎回大変そうだ。

「それなら、俺が書くからどこかに貼り出したら? 伝える手間も省けるし。掲示板みたいな」

カルタの聖女教会では、教会前に今月の予定などを張り出していた。

「あっ! そうですね、食堂かどこかに貼りましょう! 連絡事項も書けるし! あ、プラグ君は書かなくて良いです、明日から五倍なんですから! 僕が管理します」

「あ。それはいいかも。任せていいか? 俺はもう……さすがにきつい」

プラグはアドニスに任せることにした。

五倍……自業自得な気もするが、生きていられるだろうか。

「当然です! 今日はすみませんでした! というか今日も……またご迷惑を……!」

アドニスが頭を下げた。アドニスが言っているのはフィニーの件だが、それはもう終わったことだ。


それからプラグとアドニスは鍛練そっちのけでああしよう、こうしようと話した。

「掲示板か……いっそ皆が使えるようにしたらどうだろう? 落とし物とか」

「それはいいですね。あ。そう言えば、不要品の処分とか、貼り出したら楽じゃ無いでしょうか? 本の貸し借りとか。結構、読みたい本がかぶるんですよ。後は、補習の手伝いとか、外食のお誘いとか?」

「あ、それはいいな!」

プラグはどれも良い案だと思った。


「――板はなんかあるかなぁ? どこかに?」

フィニーが呟いた。

「――なんかあるだろ板なら。あの辺に」

フィニーが言ったのをシオウが返して、二人はゲラゲラと笑い合っていた。

シオウが示す先にはアルスが倒した木と、廃材置き場があった。シオウが廃材に近づく。

シオウが燃やした執務棟の物だが、焦げていない物もある。壁板か、床板か、薄くて丁度良い。

「この辺とか明らかに使えるだろ。執務棟の思い出って事で」

「使って良いのかな?」

プラグは首を傾げた。

「あ。コリントさんー、これ使って良いっすか?」

シオウが尋ねると、コリントに「何に使うんだ?」と聞かれた。食堂に掲示板を作りたい、と言ったら「良い案だな」と同意して見繕ってくれた。

「この辺は薪とか柵とか鍛錬用だからな。大丈夫だろ。板は加工が面倒だから、大工か、リーオさんに頼んどく。得意だったはず」

「ありがとうございます。助かります」

アドニスが頭を下げた。


それからすぐ戻って来たのはアルスだ。後ろを振り返っている。

「……ああ、疲れた! でもだいぶ分かったわ。今日は木を倒してないし、六十点ね!」

いい顔で額の汗を拭う。アルスももしかしたら、化け物かもしれない。

「お帰り、アルス」

「ただいま!」

プラグが手を挙げると、アルスが勢いよくタッチした。


そしてアルスは心配そうに尋ねてきた。

「ごめんね、プラグ、殴られたところ、痛かった?」

アルスが手を伸ばして来たので、プラグは半歩下がり、軽く手を振った。

「いや。そこまで。皆が止めてくれたし。そもそも、一体どうしてこうなったんだ?」

「実はね……」

アルスが語ったのは、だいたい予想通りの事だった。

プラグとシオウが、クラリーナと朝の鍛練で『飛翔駆け』をやって、息も絶え絶えになった日の午後。

プラグ達は三倍鍛練に行ったが、他の候補生達は同じ距離を『飛翔駆け』させられた。


アルスとプラグ、アドニスは木陰に座って話した。

「私、嫌な予感がしたのよ。禄に説明もないまま走れって、たまたま私は、アドニスの近くにいて、注意を聞けたの。肺とか心臓も霊力で守らないと大変だって。それができたから、速く走れて――まあ、森は壊しちゃったけど――でも、アラーク達は完走できなかったの。今日と違って、治療のプレートも二回までって制限があったから……それで自信なくなった男子が大勢いて……」


完走できたのは僅か十一名だったという。

そしてそのほぼ全員が、アドニスの近くで話を聞いていた。

リゼラは、この鍛練は、本当は難しくて毎年こうだと言っていたのだが。それでも不公平感は残った。

「ほら……明らかに、素質って言うか、精霊の力? みたいなのある人がいるじゃない。私も多分そうなんだけど……だからやっても無駄だって、次にあったこの授業、男子の半分くらい来なかったのよ。私は集団戦が近いから、たぶん隊長が仲違いを狙ったんだろうな、って思ったんだけどね……思ったより規模が大きくて。皆本気で辞めるって」

アルスが溜息を吐いた。

プラグの向かいで、アドニスも溜息を吐く。

「それで、あわや集団退舎です。アルスちゃんが、じゃあ何が不満なのかと聞いたら、プラグ君が気に入らないと。彼のせいで枠が狭まっていると……僕はアルスちゃんから、もしかしたら、プラグ君に矛先が向くかもと相談されていましたから、来たな、と思って何とかしようとしたんですが……まあ、これが難しくて……とりあえず、二回目の、正しい成績を見て決めてください、とアラーク君に妥協してもらったわけです。彼は怒って辞めると言っていましたが、思いの外、大勢が同調してしまったので、たぶん、途中からは焦って、皆を止めようとしていましたよ」


「そうだったんだな……そんな気はしてた」

プラグも溜息を吐いた。そこでナージャが到着したので、プラグは思わず立ち上がった。

「あ、ナージャだ。ちょっと行ってくる……」

彼女には用があるのだ。


プラグは笑って、ナージャに近づいた。

「お疲れ様! どうだった?」

「……! ええ、今日は、なんだか前が嘘みたいに走れました!」

ナージャが頰を紅潮させて笑った。息は上がっているが、大丈夫そうだ。

「良かった。あの……さっきはありがとう。どうしようって思ったとき、君の金髪が目に入って、イダル=セセナを思い出したんだ。乱闘にならなくて良かった」


プラグは今更だがほっとした。本当に偶然、ナージャが前の方にいたので、思い出したのだ。大昔、ラ=サミルが喧嘩を仲裁する時に、似たような方法を使っていたなと……。

情けない事に、また師匠を手本にしてしまった。


「イダル=セセナはとても強いプレートだけど。力は使わなくても、持っているだけでも、牽制になったり、人を助けたりできる。怪我人が出なかったのは君が貰っていたおかげだと思う。彼にもお礼を伝えて欲しい。本当にありがとう」

言いながら泣きそうになった。いけないと思って気を引き締める。

あの場には大勢いたし、女子もいた。

……乱闘が起きたらどんな騒ぎになっていたか。考えるだけで恐ろしい。

「……、はい……私こそ……いいえ私達こそ……、申し訳無かったです。止められなくて……!」

ナージャが頭を下げた。

「気にしないで。なんにも無かったし、誰も泣いてないし。アルスは泣きそうだったけど、我慢してくれたし。だから俺も、まあ我慢出来た――、向こうで、何か相談してるから、一緒に話す? 掲示板を作るとかなんとか? 疲れてる?」

プラグは木陰を指差した。

「大丈夫です、行きましょう」

そして、プラグはナージャと一緒に、アルスとアドニスの所へ戻った。

「なんか今日は鍛練にならない気がしてきた……」

プラグが呟くと、それね、とアルスが言った。

「でもギクシャクしたままよりはいいわ。どうせ明日から五倍なんだから、今日はもう、手合わせだけしておけば? シオウが暇そう、っていうかフィニーが可愛そう」

見るとフィニーがシオウに遊ばれていた。寝技で締め上げられて痛い痛いと言っている。


「お疲れ様です。お水飲みます?」

アドニスがナージャに水を差し出した。ナージャは恐縮して受け取った。

「ありがとうございます。私は何をすれば……?」

ナージャがプラグを見た。

「掲示板を作るんだけど、良ければ手伝って。アドニスもナージャならいいんじゃない? 俺は手伝うのは無理だから……とりあえず、フィニーを助けてこようかな」

プラグは適当に言って、その場を去った。


■ ■ ■


アラークが来たのは、十二番目だった。


「はぁ……こんくらいか……」


その頃になると、皆でおつかれー! と言うのが当たり前になっていた。

もう疲れた男子達は、出迎えに専念している。

「あ。お疲れ様! ――うわ」

プラグはシオウの剣を避けながら、とりあえず言った。鍛練と言うより、ほとんど『飛翔』を使った追いかけっこになっている。シオウは跳びはねながら攻撃してきて、とても楽しそうだ。

「シオウちょっと休憩しよう。シオウもアラークに謝るんだぞ」

「は? なんで?」

「なんとなく……一緒に来て欲しい……」

「げっお前……アホか……」

「気まずくて」

「――あーはいはい……。おい行くぞ」

シオウは呆れながら剣を収め、仕方無く歩き出してくれた。


「おいお前」

シオウがアラークに声を掛けた。プラグは大人しくしていたのだが……。


「……なんだ?」

アラークが警戒しつつ、こちらを見た。

「あのな。こいつ」

シオウはプラグの肩を掴んで、アラークの前に突き出した。


「お前、男なら、こんな弱っちいやつを苛めんな! こいつちょっとつつくとすぐ泣き出すぞ! ヘボいんだよ! ――ったく。お前も謝れ、はい頭下げて」

シオウがプラグの頭を下げさせる。プラグは素直に従った。


「『生意気言ってすみませんでした!』はい復唱!」


「生意気言ってすみませんでした……!」

プラグは復唱した。否、ちゃんと謝った。

「はい終了、後は知らん、っとにガキかよ」

シオウは手を離し、呆れた様子で、腰に手をやった。そのまま監督してくれるらしい。

プラグはシオウに感謝しながら、アラークに話しかけた。

「あの、生意気言ってごめん……」

別にプラグは悪く無いのだが、許して貰えるかは分からない。

するとアラークが。

「お前、なんで俺を無視してたんだ?」

……首を傾げて、変な事を言ってきた。

「え?」

プラグに心当たりは無い。

「廊下で会っても、食堂で会っても、なんか毎回目をそらすし。声を掛けようとしたら、逃げるし、何なんだ?」

言われてプラグは、過去数回、アラークに遭遇したときの事を思い出した。

「……あ、……あー……、んー……?」

そしてその時の心境を思い出し、ああ、しまったと思った。

「……ごめん、顔が恐いから、目を合わせたら絡まれると思って、なるべく避けてた……一応、会釈はしたつもりだった」

プラグはとても失礼な理由で今までアラークを遠巻きにしていたのだ。

これにはアラークの方が、大口を開けた。

「ハァ!? そんなかよ!? この顔は生まれ付きだ。別に普通だって!」

「なんか、ごめん……人見知りらしくて……」


「……馬鹿すぎる」

シオウが項垂れて言った。周囲の男子達も、がっくりと肩を落とした。

シオウはプラグを睨んで、プラグの右手首を掴んで、空いた手でアラークを指さした。

「握手。初めまして、よろしくおねがいします! ――だ。以上。お前等、馬鹿同士仲良くしろ。アホくさ。全くもう、どいっつもこいっつも……!」

シオウは指示だけ出して、怒りながら立ち去った。


「――ほんとうにごめん。初めまして、プラグ・カルタです……精霊騎士目指してます。よろしくお願いしてくれますか……?」

プラグは手を差し出した。

「あーもう、はいはい……アラーク・ル・ヘッセだ。よろしくなチビ」

「ちび……」

確かにアラークはプラグより少し大きいが、そこまで差はない。

すると周囲の男子が「苛めんなよ!」と文句を言った。

「て言うかお前、殴っただろ。それ謝れよ」「そうだそうだー」「っていうか何だったんだよもう……」「そいつ良い奴だって!」「ちゃんと握手しろよ」「シオウサンが言ったんだぞ!」

「ああもう、分かったよ、殴って悪かったな。お前は別に悪く無いよ」

アラークはプラグの手を握り、乱暴に振り回した。プラグはほっとした。

「そっか、良かった。アラークはどうして精霊騎士を目指したんだ?」

プラグとしては気になっている。

こんな騒ぎを起こすのだから、きっと壮大な、家の事情や、すごい志があるに違い無い。

するとアラークが。眉を顰めた。

「……いや。俺、近衛志望だから」

「は?」

プラグは思わず口を開けた。

「精霊騎士もいいかなって思ってたけど、色々あって、近衛に入ろうと思って。できれば団長クラスに強くなりたくて。で、ここに来た」

「は? え? …………?」

プラグは全く分からなくなってしまった。

するとエミールが、とても気まずそうに、声を潜めて説明してくれた。

「こいつの母さんが、昔、聖母様に助けられたんだって。で、こいつが生まれて、才能あるって分かった時から、ずっと近衛に入りなさい、入りなさい、入りなさいって死ぬほどうるさくて、ほとんど反発して家出したって。でここに来て、精霊騎士を目指してたけど、結局、まあ近衛にしようって、今日、思ったんじゃね? たぶんまだ決まってないんだよな? お前、いい加減決めろよ」

「当たり前だろ! 重要な進路だぞ? そんな親の言いなりで、ぱぱっと決まるかよ! 無理矢理、入団審査されそうになって、腹が立ったから家出してやったんだ!」

プラグは思わず脱力した。

「ああ……そういう……」

真面目には違い無いが、何と言えば良いのか分からなかった。見事な反抗期だ。

……男子達は誰ともなく「邪魔だから、ちょっと脇に避けようぜ……」と言って、端に移動した。

「え……じゃあなんで俺は殴られたんだ?」

プラグは本当に意味が分からなくなった。

「そりゃお前が、よく分からん事言うからだろ。精霊騎士になりたい理由とか聞くし! 違うんだよ、まだ迷ってんだよ畜生コノヤロー! ってなったんだ」

「あ、あー……ごめん、そうだったのか……それは違うな確かに……」

まさか、照れ隠しで殴られたのだろうか……。


そしてはっとした。

「しまった。やられた」

プラグは思わず言った。


「……リズか……ああ、……やられた……!!」

プラグは頭を抱えた。

リズはアラークが近衛志望だと知っていたに違い無い。

そして間違い無く、今日の流れも読んでいた。アルスとアドニスがわざわざ言いに来た時点で面白い事になると考えて参加した。そして静観し、最後にちょいと、一工夫。

プラグは五倍鍛練に加え、論文まで書く、役立つ事も三つ貰って、部隊は何だか得をする。

ついでにリズからは言い出しにくい増員も、建前ができて、二度美味しい。

……増員は、おそらく元々、検討していただろう。魔霊討伐で隊士が少なくなっていて、しかも今回は強くなりそうな候補生が多くいる。プラグとシオウを抜いて三枠では、さすがに少し勿体ない。

……後、これだというのがある。『焚き火』の件だ。絶対あれの仕返しだ。

仕返しというか、意趣返しというか。


「良いでしょう、今回は俺の負けです……くそ……って言うか、俺はリズとずっとこうなのか? めんどくさ」

プラグは小さく呟いた。


元はと言えばプラグが蒔いた種。アラークを遠巻きにしていたり、ちょっと勘違いをしたり。色々な不運が重なって、元々そうなる予定だった通り、五倍鍛練となった。

これもあれもそれも。プラグがしっかり、目的を持って必死に頑張っていると皆に伝えておけば良かったのだ。アルス達には本当に迷惑を掛けてしまった気がする。まさかこんなしょぼい勘違い、すれ違いで、折角の楽しいお忍び生活が無くなるところだったのだ。


……プラグは肩を落とした。


「この際だから言うけど。俺は絶対、精霊騎士になる。理由は言えないけど……どうしてもなる必要があって……とても頑張って目指しているんだ……」

――理由なんて、本当にどうでも良いのかもしれない。


■ ■ ■


「リタ、ガーラお帰り!」

最後に戻って来たのは、マシルと、リタとガーラだった。

体力のない女子達は励まし合って、何とか走りきっていた。

男子の中で初回と、前回も走れたマシルがついて、こうしたらああしたらと教えてくれたらしい。

「おつかれー!」「マシルもお疲れ!」「ありがとマシルー! いいやつ!」

もう四時間以上経っているのだが、皆が待っていた。心配で、様子を見に走った者もいた。


「あああ、なんとか、完走できたぁ……奇、跡……!」「ふぁああ……もうだめ……!」

リタは座り込んだ。ガーラもフラフラだ。

「おつかれー! 水!」

リタは水を飲み干した。ガーラもとにかく飲んだ。

「ありがと……私、すごい……! 八十キロを走ったの? 嘘でしょ? 五キロで背一杯なのに……!」

「ほんとよね! 人間って凄い……!!」

リタとガーラはぎゅうぎゅうと抱き合った。

「いえプレートが凄いの!?」「なんかとにかく凄いのよ!」「人間ばんざい!」「霊力最高!」「霊力最高!」「ル・フィーラ最高!」「最高!」「サイコー!」

女子達は抱き合って、輪になって泣いている。


「――これで全員完走だな」

何とか立ち直ったプラグは、少し離れた場所で穏やかに拍手をしていた。

隣にはアルスがいる。

「ええ、そうね。うまくまとまって、本当に良かった」

何だか、彼女を見るとほっとする。


「プラグ、ごめんね、とんでもない事になって。でもプラグのおかげで丸く収まったわ。ありがとう」

風が、アルスの髪をなびかせている。

「……そうだな。何とかなって良かった」

プラグは、会話がかみ合うというのはとても有り難いことなのだな、と実感を込めて頷いた。アルスは少し頰を膨らませた。

「危うく『王女殿下』になるところだったわ。私はアルスでいたいのよ。プラグもそう思うでしょ?」

「確かに、アルスの方が呼びやすい。殿下は少し、噛みそうだ」

プラグの言葉に、アルスがにっこりと笑った。

「でしょう? あー、お腹空いたわね。頭使って疲れちゃった! そろそろ戻りましょう、皆、隊長に謝りに行くわよー!」


――その後、食堂を入ってすぐの、左側の壁に大きめの掲示板が設置された。

落とし物から、不要品譲ります、霊力講座、精霊豆知識、今日の占いから補習の案内、休日のお誘いまで。

管理はアドニスとナージャがしていて、二人は最近、よく話す。


〈おわり〉

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