第5話 精霊剣 -2/3-


――精霊つきのプレートが配布されて、七日が過ぎた。

リーオから、プレートをもらってからの一週間は精霊をプレートに収納せず、霊体または実体化させて会話をするようにと言われていた。


おかで宿舎は数倍騒がしくなっている。

今は朝食の席なのだが、実体化した精霊が二十体ほどいて、食堂はぎゅうぎゅうだ。

アルスは、一列目の机の真ん中辺りに、今日もアルス、プラグ、シオウの順で座っていた。


精霊剣の授業は、実はまだ始まっていない。ここ一週間は各人に合わせ、乗馬と馬上での戦闘訓練、弓の訓練をしていた。

――精霊剣を用いた実習は、ようやく今日の午後から始まる。

アルスの背後には、霊体の『ウル=アアヤ(風/掠風)』が浮いている。後ろに精霊がいる感じにも、ようやく慣れて来た。

精霊は、食事は摂っても摂らなくてもいいらしい。精霊は、精霊自身の霊力や持ち主の霊力を糧にするので、食事は嗜好品、楽しみ、という感覚だという。

ちなみに、精霊が食べた物はどこかへ消えるらしく、トイレに行く必要はない。

同じように風呂に入る必要もない。とても羨ましい体だ。


ウル=アアヤは食事はさほど摂らなくてもいいと言ったが、甘い物は大好きでおやつを欲しがる。精霊には女性体が多く、女性精霊の殆どは甘い物が大好きだ。

精霊が配られた日から、毎日、昼食時、精霊の為にクッキーやスコーンなどの簡単なおやつが配布されるようになった。ケーキやゼリー、シュークリームの場合もある。作ったのはラ=ヴィアや料理の好きな精霊で、アルスもたまに分けてもらっている。


(毎日食べてたら……太りそうだわ……)

アルスは早々に、この危険に気が付いた。精霊は、皆すばらしい体型を維持しているが、人間はそうはいかない。精霊は悪気無く『一緒に分けましょう』と言ってくる。男子は気にせず、もらって食べている者も多いが、女子は青ざめ、首を振る者も多い。

アルスはウル=アアヤに「それはウルのだから……」と言って、断っているが、初めて断ったときには心が痛んだ。断り切れず――否、誘惑に負けて貰う事もある。ラ=ヴィアの作った苺のカップケーキは、とても美味しい罪の味がした。


『掠風』の精霊、ウル=アアヤは、薄緑色の髪にブラウンの瞳を持つ、大人っぽい容貌の精霊で、編み込んだ髪を銀色のティアラや簪を使って、高い位置で結ってまとめている。ドレスは白をベースにしていて、裾から腰まで薄緑のグラデーションがかかっている。すらっとした、細身のドレスで、右側に大きなスリットがある。ウエストはレースの太いリボンで絞られていて、レースには金で刺繍がされてる。金の刺繍は風や自然をイメージしたものらしく、繊細で美しい。胸はアルスよりもかなり大きく、開いた胸元から、深い谷間が見える。肩には銀色の留め具があり、後ろにマントのようなベールを流れしている。

――初めて実体化させたときは、その美しさに見惚れた。

精霊の顔立ちは思っていたよりもずっと、人に近い。

アルスは女子なので平気なのだが――これは男子は大変だ、と思った。

こんな可愛い女性がいたら、きっと、戦うどころではなくなる。精霊に世話を焼かれて、明らかにでれでれしている男子も多い。


数はとても少ないが、男性型精霊を持つ候補生もいて、ナージャはまだぎこちなく接している。

「今日は、精霊剣の訓練ですが、初めはクト=エルタ様にお願いします。イダル=セセナ様は、すみませんが、私がもう少し強くなってからで、お願いします」

――候補生達が虚空に話し掛ける光景にも、もう慣れて来た。


「おい、こら、喧嘩すんな!! 目玉焼きは一つずつだ! っぎゃーっ」

シオウがまた、イルとコルの仲裁をしてとばっちりで燃やされている。

威力は加減してあるようだが、毎度毎度大変そうだ。


精霊は食事は摂らないことが多いが、イル=ナーダや、コル=ナーダのように毎食食べる派の精霊もいる。もっとも、数は少なく『毎食派』の精霊はふたりを入れても十体ほどだ。

食べない精霊は持ち主が食べるのを眺めていたり、精霊同士お喋りをしていたりする。

今は親しくなる為の期間でプレートへの収納ができないので、やっぱり、騒がしい。

厨房は『毎食派』の食事も作り、お菓子を作り、片付けをして、と大忙しだ。


――騎士団の予算は大丈夫なのかしら? とアルスは思った。

そう言えば、貴族から莫大な寄付金があると聞いたので、大丈夫なのかもしれない。


今日は偶々、正面にフィニー、アドニス、ゼラトがいる。ウォレスは遅れて来て少し離れた場所に座っている。フィニーは一昨日朝食を食べ損ねたせいか昨日、今日は早めに来て座っていた。

フィニーの精霊『トアゼ=エルタ(水/波紋)』は霊体のままだが、今、近くにいるらしく余所を向いて会話をしている。

「えっ今朝の登場の仕方が格好悪かった? ううん。すごくよかったよ! 今日のドレスもすごく決まってる~! ――リボンが一本絡んだ? そんなの気付かなかったよ! 今日も可愛いね! 人妻とは思えない! 髪型も決まってるぅ! ルベルも惚れ直すよ~! 可愛い~!」

フィニーは上手くご機嫌を取っている。

トアゼ=エルタは水一族の男性精霊『ルベル=エルタ(水/水波)』と結婚していて、ルベルは今はここにいないという。ゼラト曰く、フィニーは風呂場で「早くルベルを見つけたい……」と言っているらしい。

フィニーと同室の男子の話だと、朝の説得に時間が掛かるのでフィニーは早めに起きるようになった……のだという。


フィニーは今まで休日はやりたい放題で、他の男子からもどん引きされ「あいつに付ける精霊、男の方がいいんじゃないか? もし女性精霊だったら、俺達から教官に言って、男性精霊に代えてもらった方が……精霊が危ないぞ……」とまで言われていたが、人妻精霊を得た事で、更正の兆しが見えてきた。トアゼ=エルタはお洒落に気を遣っていないときは、あれはだめこれはだめと、厳しく躾けているらしい。初めての精霊とは長い付き合いになるかもしれないので、いい傾向だ。


斜め左前でペイトが首を傾げていた。

「え……天気が良すぎて頭が痛い? 精霊にも頭痛ってあるの?」

彼女の持つ『ディツ=ヴィス(金/雷/帯電)』は金一族、雷の精霊なので実体化させると周りが感電してしまう。

同じく火の精霊も、実体化には向かないので大抵は霊体のままだ。


……シオウは例外で、二体はほとんど、シオウの言う事を聞かない。

どちらかと言えば、コル=ナーダが我が儘で、イル=ナーダはそれを焦って宥めているという感じ……なのだが、結果、いつも二体は喧嘩になってしまう。


「コル、あの、主が困ってますよ!! あと目玉焼き……それ、私のです……!」

「はぁ? あははは! どこの主? 誰の主ぃ? 私に主なんていませーん! バーカバーカ! この目玉焼きは私お皿に置いてあったんです~! キャハハハ! あーここ、ホント、ダルい~! コイツウザイ! 燃やしちゃおっかな!」

「だから、それ私のお皿……! も~!! 下手に出れば調子に乗って! もう許さない! あと、主を燃やしちゃ駄目!」

イルがテーブルから立ち上がった勢いで、お茶が倒れ食器が揺れた。

コルは我関せず、と食堂を飛び回っている。

「ゴミケラに使われるなんて馬鹿馬鹿しい~!」「もう、コル!」

シオウは深く溜息を吐いた。

「お前等なぁ……暴れるなら外にいけ! ああもう、窓!」

シオウの言葉に誰かが窓を開け、二体は外へ飛んでいった。

シオウは「悪い。あー早く収納したい……」と言って謝り、諦めて机を拭いている。毎食のようにこれなので、シオウは台拭きを貰うようになった。

いつもこんな調子なので、銀プレートを二枚もらったのに、シオウは嫉妬されていない。むしろ、自分は一枚で良かった……と言われている。


『あの、アルス様……』

「ん?」

アルスは首を傾げた。しばらく食事に集中していたのだが、ウル=アアヤが深刻な表情で話しかけて来た。

『実は、今日の午後の実技、大変、本当に、申し訳ないのですが……お休みさせてください!!』

「ええっ!? 何で!?」

アルスは思わず声を上げた。

待ちに待った精霊剣の初実習なのに、なぜ?

『今日の星占いが最下位で……今日は動かない方がいいと……』

「ええええっ……っっちょ、ちょっとまって、占い!?」

アルスは焦った。そう言えばウルは、良く星の巡りがどうとか、星の導きがどうとか呟いていた。占いを信じる性格らしい。


「えっとー、ええ……どんな占いなの?」

『今日の星巡りは……水の星と火の星が重なって、私にとっては大大大凶なのです……どうしましょう……?』

「いや、ええッ……精霊占い、大凶とかあるの……? ううん……」

アルスは考えた。精霊には精霊の決まりやこだわりがある、とリーオが言っていた。ただし我が儘なだけの場合もあるので、全部言う事を聞くことは無い、とも言っていた。

「何とかならないのかしら。ちょっと、軽めにしておくから、とりあえず実技の頭だけでも。案外いけるかも知れないわよ」

『申し訳ありません……ううっ、こんなに悪い運勢なんて。私は、私は……もうお終いです……!!』

ウルが涙ぐむ。

「そんな事ないわよ! ただの占いじゃない!」

『いえ、本当に良く当たるのです……!』

「ぁあああ……」

アルスは頭を抱えた。すると横でプラグが首を傾げた。

「――どうしたんだ? 占い?」

プラグに聞かれてアルスは説明した。

するとプラグが、ウルがいるであろう空間に向かって話し掛けた。

「アルスの精霊はウル=アアヤだっけ……精霊の占いには、幾つか種類があるって、俺の養父が言っていたけど……そっちではどうなんだろう」

『あっ!』

「えっそうなの?」

『――占って来ます!』

ウル=アアヤは食堂を出てどこかに行ってしまった。一度プレートに収まった精霊は、霊体のままでも壁抜けができないらしく、一々、扉から出入りする。ドアを開ける場合は、せめて手だけでも実体化する必要があるのだという。

破壊もできるが、それをすると、ものすごく怒られるので誰もやらない。あのコル=ナーダでさえ初日に壁を壊して『ギナ=ミミム(闇)』と『ラ=ヴィア』に怒られてから気を付けている。


「行っちゃった。でも、なんとかなるかしら……いい占いがあればいいんだけど。幾つくらいあるの?」

「七つだって。一つくらいはいいのがあるだろう。って、これも養父が」

「えええ……そんなにあるのね。どれが一番いいのかしら。後で聞いておかなと。それにしても、カルタ伯爵は本当に物知りね。助かるわ」

アルスは苦笑した。プラグはよく『養父が言っていた』とか『養父に教わって』とか言うが、十中八九、これは謙遜だろう。養父に教わったとしても彼の知識になっているのだから、彼の知識で良いと思うのだが。あまり前に出たがる性格ではないようだ。

ひょっとすると――これも彼なりの冗談なのかもしれない。


プラグはふと右後ろを見て、自分の精霊に話し掛けた。

「――そうだな。え? 君も運勢はいまいち? だったらウルと一緒に、他の占いを見たらどうだ? ああ――いってらっしゃい」

プラグが穏やかに微笑み、手を振った。精霊とは上手く行っているようだ。

体調も、もう大丈夫らしい。

プレート配布される少し前。アルスとシオウは、休日に出かけたプラグが戻って来ないので首を傾げていたら、リゼラから風邪で緊急入院したと聞いて驚いた。

しかも風邪を移したのはリーオだと、後日リズが言っていた。

その後リーオは三日謹慎になっていたから、何があったのだ……? と言われている。端的に言うと、二人は仲を疑われている。精霊はひそひそと『やっちゃったのかな』『キスとかでは?』と言っていた。アルスは精霊達の言う事なので、信憑性は低いと思っている。

プラグが戻ってきた時、本当に具合が悪そうだったので、単純にすごく悪い風邪だったのだろう。移ったのは……罰補習の報告の時? となると少し時期が合わないので、少し遅れて悪化したか、それとも、密会していたのだろうか……。

(いやいや、違うわ、すれ違ったときに移った、とかよ!)

アルスは首を振った。


プラグの精霊は『ナダ=エルタ』。切りそろえた髪を二つ結びにした、可愛い精霊だ。肌は真っ白で、髪と目は水色。

左側の前髪を髪飾りで留めていて、額が半分見えていて、両頰には縦に長い、水色の菱形模様がある。

人で言えば十五、六歳程度だろうか? 可愛い顔立ちな上、人間風の髪型なので、周りの精霊より若干幼く見える。

衣装も水色なのだが、メイド服……のようなエプロン付きのドレスで、丈は膝が隠れる程度。ストラヴェルではドレスは長い物か、足首を見せるスタイルが主流だから、ここまで短いのは珍しい。アルスは流行るかも、と思ったし、プラグは初めて彼女を見た時、真っ先に、素敵な衣装だな、と褒めていた。


……プラグの『趣味』については、アルスは、『まあそういう事もあるわね』と受け入れていた。そういう事もあるのだ。きっと。


プラグは普段もの静かで、表情も乏しく、一見、無愛想なので付き合いにくい性格と思われるが、付き合ってみれば意外に茶目っ気があり、冗談も通じるので、話しやすい。


(まだ会って、二ヶ月もないけど……優しいのよね、意外に)

アルスは初め、見た目から無愛想できつい性格を想像していたのだが。そんなことも無く普通だった。

女子はプラグに話し掛けてこないが、男子たちは気づき始めたらしく、今では気軽に話し掛けたり、精霊について相談したりしている。

成績は常に一番だが、たまたま本人の能力が高かった結果だし「良い奴そうだし、まあいいか」と思わせる物がある。彼はいわゆる『飛び抜けた天才』というものだから、張り合っても仕方無いのだ。


■ ■ ■


「では精霊剣について説明します。今日は、私とコリント、こちらの先輩、フォーンさんと、ユノさんで監督します。リーオさん達は任務で忙しいので、しばらく私達が教官を勤めます」

リゼラ・メーラが前に立って言った。

アルスはいつも通り、プラグ、シオウ、アドニス達の側で話を聞いていた。


リゼラは長く真っ直ぐな金髪を、低い位置で左右に分けて結び、胸の前に垂らすいつもの髪型だったが、今日は左右の髪を、大きな丸い水色の玉飾りに通している。

彼女の瞳は淡い金色だが、時折、茶色っぽくも見える不思議な色をしていた。


「そろそろ、戦闘クラスと、事務クラスで分けて訓練をやりますが、この訓練は始めは共通で、必修です。事務クラスの方もいけそうと思ったら、戦闘クラスの方に気軽に勝負を挑んで下さい。精霊剣、その他戦闘の経験はどの道を選んでもきっといつか役に立つ日が来ます――たぶん! だから皆で、卒業まで一緒に頑張りましょうね!! 未来は明るいわ!」

リゼラが拳を握って、力強く言った。

女子や、事務クラスの候補生達が頷いた。

――アルスも、彼女の励ましにはいつも元気をもらっている。


数日前。

候補生自身の出した希望により、候補生達は『戦闘』『事務』の二つのクラスに分けられた。


『戦闘クラス』は精霊騎士を目指す者、近衛騎士を目指す者、その他、城の兵士、領土騎士――つまり騎士を目指す者で構成される。


『事務クラス』は騎士を目指さない、または早々に諦めた、目指すのをやめた候補生達で、プレート管理員、巫女、支援騎士になる為の訓練をする。

『支援騎士』は回復やサポートを主とする騎士で、後方支援や、騎士団の運営などにも携わる。特に運営については学ぶ事が多いらしく、事務クラス扱いになっている。

事務クラスでは、精霊剣、乗馬、プレートの扱い、集団戦、などの必須項目以外の実技は無くなり、その分、座学が増えるという。リーオは実地研修も入ってくると言っていた。


ちなみに弓矢が得意なキール・マエストスは事務志望だったが、乗馬と投げナイフも得意になってしまった為『大変だったら、いつでも移れますから』とラファに丸め込まれて、戦闘クラスに入れられた。

彼女以外は、皆、希望通りのクラスに分けられている。


事務クラスは今の所、女子十五名、男子二名の十七名。

残り四十一名は戦闘クラス。

戦闘クラスは、これまでの成績で『上位クラス』二十名、『下位クラス』二十一名に分けられている。

プラグ、シオウはもちろん上位クラスだし、アルスも上位クラスにいる。

上位、下位クラスは総合順位によって決まっている。上から二十名が上位になりあとは下位クラス。

毎月はじめに、食堂に座学と実技の成績が項目ごとに張り出され、総合順位によって、都度クラスが入れ替わる。


(本音を言うと、私、上位クラスに入れてよかったわ……)

アルスは座学がかなり良く、サーベル、レイピア、あとは乗馬と、意外に弓も得意だったが、体術や、他の剣はいまいちだった。

体力も女子では五、六番目程度だろう。

となると、男子がひしめく上位クラスに入るのは、正直、難しいと思っていた。

ところが――これには罠があった。

『座学も含めた成績上位』なので、アルスはそこで点を稼げたのだ。


ちなみに、座学でぶっちぎりの一位はプラグで、二位はアドニスだ。

シオウは十位程度と悪くない。

下位クラスに入った候補生達も、ウォレスやイアンチカなど、剣技だけなら上位クラスに入れる者もいる。


……実はクラス分けの前に、座学の抜き打ちテストがあったのだが、これがかなり難しかった。

候補生達は、そこで初めて座学の重要性を理解し、皆、大慌てで勉強を始めている。

もっとも、初回は『超・意地悪問題』だったらしく、学んでいないことも沢山あった。アルスは解きながら『え。これ……こんな難しい問題まで出るの? みんな大丈夫かしら……? 解けるの?』と思ったくらいだ。


――テスト後は阿鼻叫喚だった。

そして、それを軽々解いた者達もいる。

涼しい顔で一位を取ったプラグ(全問正解だったと言うから、本当に憎たらしい)、二位に呆然としていたアドニス、偶然知っている事だったと言ったシオウ。貴族だから何とかなったフィニー。

優等生のナージャや、リルカ、その他、女性貴族達……実は王女だからできた、平民のアルス。


……『平民』を名乗るアドニス・スピカが、実はヒュリス国の第一王子だというのを、アルスは初めから知っていた。父――国王に『できれば親しくなってこい。付き合っても良いぞ』と言われたが、それは後回しにしている。


つまり、ほとんどが王族、貴族だ。

「平民には不利だ」「見た事も聞いた事も無い!」と文句が出たが、リーオは『各人の知識差を知るため』と言った。

アルスは『ここの隊士達を一発ずつ殴ってもいいかしら?』と思った。

あんな問題、普通に暮らしていたら解けるはずが無いのだ。


特に数学……最後の数問は、委任領主が通う王立大学の卒業試験に出るような問題だ。

……アルスは、全く意味が分からなかったので飛ばした。

本当に……。解いてしまったプラグと、アドニスが恐ろしい。

王子のアドニスは――悔しいけれど、ギリギリで許すとしても――プラグはちょっと許せない。アルスはカルタ家の養子に入ろうかと本気で考えた。


(フラム・カルタ伯爵は優秀な人物だと聞いていたけれど、本当に凄いのかもしれないわ……プラグを育てた人ですもの……どんなに、できた人なのかしら。いっそ恐いわ……!)

アルスは身震いした。いくらプラグが優秀でも、彼は捨て子だ。その彼に剣術を教えて巫女弓も学ばせ、その他、諸々の精霊豆知識を与えたのはカルタ伯爵に違い無い。

(カルタ家出身の養子は……要チェックね)

アルスは一人頷いた。


――後は、シオウ。

座学は居眠りばかりなので、皆が意外だと言っていたが、アルスは、彼は絶対に頭がいいと思っていた。

宿舎に来たばかりの頃に、一緒に食事に出たのだが、その時シオウはちらりと『ラオラ地区』出身と言っていた。ラオラと言えばレガン地方では有名な『特区』がある場所で、住人は皆お金持ち、住むだけでも大変、という場所だった。――今はもう根こそぎ無くなっているので、シオウが言った時、アルスはあまり知らない振りをした。

シオウは『シオウ・ル・レガン』という名前だから、ラオラ地区でも『特区』出身の可能性がある。貴族と同じで、確か、飾り文字を付けられるのは領主の家系だったと思う。

(お父様が、後目争いが激しいけれど、自治区のようなものだから指導できないって、嘆いていたわ……)

シオウはプラグより世渡り上手そうだから、どうせ今は様子見だし、と手を抜いたのかもしれない。プラグは真面目というか……融通が利かないところがあるようで、馬鹿正直に解いてしまったのだろう。

プラグが、いつでも、なるべく全力でやっているというのは伝わってくる。ともすれば空回りになるところ、同じくらいできるシオウがいるので丁度良く回っている。シオウもプラグの事をいい鍛練相手、と思っているようで、二人はとても仲がいい。


(でも……最後に主席を持って行くのは、案外、シオウかもしれないわ)

アルスは考えた。『特区』の熾烈さは聞くだけで恐くなるほどだったので、どこかのんびり、おっとりしている、病弱気味の、か弱いプラグがシオウとぶつかって、勝てるかどうか……。

二人の騎士団入りは固いと思うので、どちらを応援する、と言う必要も無いのだが……。


そこでアルスは首を振った。

(ううん! 応援している場合じゃないわ! 私が一番危ないの! 座学が良くても、ぎりぎりの十八番だったじゃない! 精霊剣も、集団戦も、これからよ! 特に、鍛練! がんばらないと! 走り込みは増やすとして、皆に、手合わせに付き合ってもらわないと)

アルスはどきどきしていた。

せめて勉強ができて良かったと、幼い頃からの積み重ねに感謝した。


「――始める前に、フォーンさん、ユノさん自己紹介を」

リゼラが言った。


フォーンと呼ばれた隊士が瞬きをする。

彼は黒髪に紫の目の中性的な美少年で、鎖骨を過ぎるくらいの髪を左側で束ねて胸の前に垂らしていた。

「ええ? えーと、フォーン・パシェットです。この授業は、毎回、昨年の入隊者が監督する事になっています。なのでリゼラとコリントが中心で。若手同士の交流の意味合いもあるんですよ。僕とユノさんは、どちらも一昨年の採用で、リゼラさん達の一つ上です。あと数人、僕たちの同期も来ますが、今日は留守です。よろしくお願いします」

彼は微笑み、丁寧に頭を下げた。候補生達も頭を下げる。

アルスから見ても、優しそうで好印象だが――でも、きっと強いのよねと、ちょっとぞっとした。


「ユノ・ラハバ・カトンです。東海岸ラハバ領、カトン村出身です! よろしくおねがいします!」

こちらは少し固そうな印象の、黒髪黒目の女性隊士だった。真っ直ぐな黒髪をポニーテイルにしている。胸が大きいというのは、マントを着ていても分かる。

吊り目だし、きっちりした髪型はいかにも真面目と言った様子だ。

ラハバというのはストラヴェルの首都キルトのすぐ東側にある、海に面した領地で、形は細長い。アルスは行ったことが無いが、船の沢山ある、賑やかな土地だという。

ストラヴェルでは平民も名字を持っている事があるが、無い場合は土地の名や村の名前を名乗る。彼女の場合、二つ目が領地の名前で、三つ目が村の名前になる。

普通は村の名前まで名乗ることは無いのだが、区別の為に名乗ることもある。

そういう物なので気にしたことは無かったが、ふと、アルスは平民にも固有の名字があってもいいのに、と思った。


(皆が混乱しちゃうから、無理ね……お兄様に期待するしかないわ)

アルスは内心で溜息を吐いた。

幼い頃から、勉強は好きで、国内外の様々な知識を身につけてきたが、役に立つ気配はあまりない。アルスに求められているのは、結局、聖女としての役割であり――聖母となるべき『妹』――ミアルカ王女の代わりに、寿命を使って人を治す事なのだ。そして、時が来たら他国に嫁ぐ。自分の活躍は嫁ぎ先に期待、と言ったところか。

……虚しくなるので、考えないようにしている。


(でも今まで、私が贅沢した分、役に立てるなら本望よ。本当に、アドニスでもいいかもしれないわ。優しいし、賢いし。頼りになりそう。今度、話掛けようかしら……勝負とか、会話はするんだけど……今の所、向こうもそんな感じじゃないのよね……)


……ただ今はまだ、というだけだから、将来、縁談が進むかもしれない。

アドニスなら、性格もいいし、顔もいいし、優しいし、頭もいいし、かなり強いし、アルスも安心だ。

――文句は一つもない。

けれどやはり想像出来なくて、どうしてかと不思議に思った。


アドニスの事情は、国王からは聞いていない。聞くなら、自分で聞けと言われている。

話の切欠になれば、と言う事なのだろう。

アドニスはアルスが王女と、既に気づいているかもしれないが……打ち明けたら仲良くなれるだろうか?


「そしてなんと、男子は喜んでね、今日から、王都の巫女さんと紅玉鳥が、一緒に訓練に入ります! 今日は四人ですが、明日からもっと大勢来てくれます。こちらの方達も、今度、交代で来る方達にも、集団戦の訓練は初めての方もいるので、これから皆で一緒に強くなっていく感じです。仲良くしてね! 皆様、じゃあ……えっと、どうしましょう。ミンツィアさん、小さい子からでいいですか?」

リゼラは手前の、青い巫女服の女性に尋ねた。


「ええ。私は見守り役ですから」

ミンツィアと呼ばれた大人の巫女が頷いた。

年齢は三十歳くらい……真ん中で分けた薄茶色の長髪を、後ろで一つに結んでいる。落ち着いた印象の女性だ。

彼女は赤では無く、青いドレスの上に、青いケープを羽織っている。

これはストラヴェルの国色で、青い巫女服と青いケープはここ、王城でしか見られない。巫女は基本、赤い衣装だが、首都ではその国の色を身に着ける。セラ国は緑だし、ヒュリス国は紫だ。


「じゃあ――左のモニカさんから、簡単にお名前と、パートナーの紹介を」


三人の巫女は、アルス達よりも若く、十一、十二歳くらいに見えた。皆、若い紅玉鳥を『巫女のエガケ』にとまらせている。エガケは茶色の皮でできていて、紅玉鳥の爪で、服や肌が傷つかないように、手袋の上に付けて使う。鷹用の物と違って、手の甲と指先、手首だけ覆うお洒落なデザインだ。

紅玉鳥は『精霊動物(フィーノ)』と呼ばれる生き物で、見た目は重そうだが、実際はあまり重くないし、爪も整えてあるので、手袋だけでも十分だ。エガケは巫女の印、という意味合いが強い。

皆、見習い用の、赤いドレスを着ていて――とても可愛らしい。

『アメル』が着ていた赤いケープは確か、見習いを卒業したらもらえるはずだ。

こうして、ついでに若い巫女も鍛える方針らしい。


「はじめまして。モニカ・ル・チェーバーと申します。十二歳です。こちらは紅玉鳥のアミィです。頑張りますので、よろしくお願い致します……!」

モニカはまっすぐな茶髪の少女で、頭の左右に赤いリボンをつけていた。腕を維持したまま、スカートを摘まんで礼をする。緊張しているようだがはっきり喋った。最後は笑顔を見せた。大きな栗色の瞳が、とても愛らしい。

――「よろしくお願いします!」と男子達が色めき立つが、小さい子は可愛いので、女子も嬉しそうに拍手をした。アルスも勿論嬉しい。巫女は皆の憧れなのだ。


二番目の少女はきれいな金髪を二つに分けて三つ編みにしている。瞳は琥珀色だった。大人しそうな少女で、囁くような可愛い声で喋った。

「……エリザベッタ・サイロウです……。十一歳です。長いので、できればエリザと呼んで下さい。あ……エリザベッタでも、どちらでも大丈夫です。紅玉鳥の名前はイーナスです。よろしくお願い致します」

こちらも「よろしくねー」と言われて拍手される。候補生達はとても緩い雰囲気だが、リゼラも拍手しているのでそうなる。


三番目の少女は淡い紫の巻き毛の少女で、髪は後ろで一つにまとめていた。

瞳は濃い灰色。白い肌にそばかすが散っている。可愛い少女だが、この国では少し、珍しい顔立ちに思える。

「ソーニャ・アレンブラです。十一歳です。紅玉鳥の名前はパトラクトです。パトラと呼んでます。結界実習は初めてです。よろしくお願いします」

皆がよろしくお願いします、と言って拍手の後、ミンツィアが再び、口を開いた。


「ミンツィア・ナータです。今日は、見守り役として参りました。私は見学のみですので、あとはこの子達に聞いて下さい。もし、この子達で分からない事がありましたら、私が答えますね。――霊力切れの際は、私が引き継ぎます。三人とも、がんばって下さいね」

子供巫女が「はい!」と答える。


アルスは少し心配になった。

確か、三点結界の維持は、普通の巫女なら、十分から二十分程度と言っていたが。子供に任せて大丈夫なのだろうか。

……王城の巫女はクロスティア騎士団と共に戦う事が多いと言っていたから、きっと、鍛練は厳しいのだろう。


「巫女志望の方や、巫女のお仕事が気になる方がいましたら、後で面談を致します。授業の後に、お声かけください。巫女は楽しいですよ。通常、幼い時から鍛練しますが、騎士候補生の場合は、中途でも採用していますので、お気軽に」

ミンツィアはちゃっかり勧誘している。


……先程、嫁ぐ決意を固めたところだが……アルスは巫女もちょっと良いな、と思ってやっぱり大変そうかも、と思った。ぐらぐらに揺れている。


聖女は巫女のような物だから、祝詞は覚えているのだが、アルスは紅玉鳥を持っていない。

王宮にいる蘭玉鳥の管理は王妃がしているし。立ち入りは禁止だ。

嫁ぐまでの間なら、巫女を目指せるかもしれない……?


(――だめだめ、私は精霊騎士になるんだから! それに体を動かす方が好きだから、巫女は向いてないわ! 全部、まだ、これからよ)


■ ■ ■


――今日は初めて『精霊剣』を作り出して、実際に扱う授業だ。

一時はどうなることかと思ったが、プラグの感覚は順調に回復し、無事、授業に参加する事ができた。羽を失った影響は、今の所、特にない。

ただ少し、霊力の調整が下手になった気がする。


「じゃあ、みんな少しずつ離れて、まずは、精霊を出さずにプレートに収めた状態で。持って。どんな武器か楽しみね。結界は、十分ずつしかできないからそこは注意よ。とりあえず、隣の人と手合わせで――適当に組んでくれる?」

プラグの近くで、リゼラが言った。

――リゼラは周囲を見回っているので、プラグの近くにいるのは偶々だ。


「うーん……難しいわ……」

アルスはプラグのすぐ横にいたのだが、先程から腕を組みずっと唸っている。

プラグは少し迷ったが、声を掛けてみた。

「アルス、組むか?」

「えっ?」

アルスがこちらを向いた。考え事をしていて、聞いていなかったらしい。

「誰かと組んで、十分、勝負だって」

するとアルスが周囲を見回した。他も手近な者と組んでいる。シオウはアドニスと組むらしい。アドニスから声を掛けていた。ペイトはナージャと、ゼラトはフィニーと組んだ。

「え、ええと、――あ、もう決まってる。いいわよ」

アルスは他に組みたい者がいたのかもしれないが、頷いてくれた。


「では先に手順を説明します」

リゼラが言った。リゼラや他の隊士達も、結界の中に入るらしい。

プラグ達は三人の巫女が作った、三角形の中にいる。

五十八人もいるので、場所節約のため、精霊達は全てプレートの中だ。

場所は宿舎の中庭を使っているので、巫女三人でぎりぎり見えて収まるか……と言った具合だ。

初回はまとめて説明するらしいが――そのうち、事務クラスは精霊剣の訓練自体が無くなると言っていた。

「まず、今日はプレートを手に持った状態で基本の『抜剣(ガルド)』をやります。そんなに難しく無いから、軽く手合わせもしようかな。あ、でも精霊が実体化した状態からは、ちょっと『同調(シーラ)』にコツがいるので、明日。慣れてからね」

リゼラが言って、自分のプレートを取り出した。


「えー、まず、精霊剣は、聖域か、結界の中でしか作れません。手に持って、集中して、『ル・ガルド・ディアセス』と言えば大丈夫です。剣の形状や、イメージは精霊に聞きましたよね? その形を頭に浮かべて唱えてね!」

前日の宿題として、剣の形状を絵に描いてもらって、確認しておくように、と言われていた。

プラグは『ナダ=エルタ』に話を聞いて紙に絵を描いてもらった。

細身の長剣で、刃は氷のように透き通っている。柄飾には氷の結晶が半放射状に並んでいる。刃は真っ直ぐで癖もなく、装飾も邪魔にはならない。扱いやすそうな剣だった。ナダ=エルタと、アルスのウル=アアヤは絵が上手かったが、コル=ナーダは描く気がないし、イル=ナーダは下手だった。確かに、炎を纏った剣は描きにくいだろう。シオウは唸りながら、自分で絵を描いて、こんな感じか? と尋ねていた。


『ナダ=エルタ』

彼女は水一族『削氷(さくひょう)』の精霊で、最近生まれたばかりの新精霊だという。

……その為、プラグの正体は知らないはずだ。

始めはプラグに対して少し怯えている様子があったが、一週間経って普通に会話ができるようになっていた。

彼女は雪のように真っ白な肌に、水色の髪、水色の瞳を持ち、髪を高い位置で二つに結んだ、人の子のような髪型をしている。

髪の先は切りそろえられていて、両頰に水色の菱形縦模様がある。水一族の模様はは大抵、涙のような細長い逆三角形が多いので、これは少し珍しい。『氷』は水の属霊だが、他に『吹雪』『あわ雪』などもいて、彼女達もそれぞれ模様が違うから、『雪』や『氷』の個性なのだろう。

服装は、古風な白ドレスでは無く、水色の――どちらかと言えば今風の――メイドが着ているような、パニエ入りのエプロンドレスを着ている。ドレスの丈は短くて、膝が隠れる程度。そしてなんと、彼女は氷の靴を履いている。形はハイヒール。足にはレースのリボンを巻いている。プラグはこんな精霊もいるのだな、と驚いた。靴を履く精霊は珍しいし、メイドの制服でも、この丈は見たことが無い。斬新だが、これはこれで可愛らしい。


料理が趣味らしいので「ラ=ヴィアとは気が合いそうだ」と言ったら固まってしまった。

プラグに対して、何か言いたげにしていたので「正直に話そうか?」と言ったら、凄い勢いで首を振られて逃げられた。


(きちんと、話した方がいいんだが……上手く同調できたら、だな)


プラグは先日、頭と背中の『羽』を失ってしまった。

……もう二度と、飛ぶことはできないし、クロスティアに戻っても傷が治ることは無い。


人に戻ったプラグは、起き上がった瞬間に、ベッドから転げ落ちた。

壁にぶつかるし、派手に転ぶし、目は回るし。まっすぐ歩けなかったのだ。

一日、城の教会で練習したら何とか慣れたのだが、他にどんな影響があるか分からない。


今のプラグは……下手したら、抜剣や、同調ができないかもしれない。

その場合は精霊騎士になるのはきっぱり諦めて、ここも辞めて、巫女になると決めている。

これはリズにも話してあって、その場合は『アメル』をリズの専属巫女として雇ってくれるという。

リズは責任を感じているようだったが。魔霊を浄化できたのだ。羽だけで済んで、得をした気分だ。もともと、ほとんど使っていなかったので、無くても困る事は……ない、と思う。


「つぎに、剣の形を頭に浮かべて。プレートに霊力を注ぐイメージで。これは『気合い』で十分です。理屈は全くいらないわ。プレートから作る場合は、プレートの性能がいいので、勝手に霊力を吸ってくれます。ただし、霊力の量は個人差があるので、霊力が足りないと、形が上手く出来ないこともあります。何回か試してみてください」

リゼラが言った。


精霊剣自体は、ラ=ヴィアを使った事もあるし、アメルを使った事もある。あとはティアスも使ったし、プラグ自身も、ティアスに使ってもらった事がある。

――強い精霊ほど、『創造(アトゥーラ)』で消費する霊力が増えるので、その後の強度を保つのが難しくなる。


リゼラの説明では、大体、剣を維持出来るのは、クロスティア騎士団の騎士でも、三十分から一時間程度だという。

リズは二時間は余裕らしいので、これは才能だろう。


「――という感じで、どんどん霊力を消費していくので、最初は十分で。私達でも、だいたい三十分から、長くて四、五十分が限界だから、そういう物だと思っていて。三十分が最初の目標かしら。軽く手合わせして、感じが分かったら『ル・レーナ』と唱えて下さい。これが解除の言葉です。これを言わないと、霊力が尽きるまで消えないので注意よ。そうだわ。戦う時は、喉を守るように! プレートは全部、起動の言葉を言わないと使えないから」

リゼラが何気なく、大切な事を言った。


……特に、火一族と戦う時は、注意が必要だ。

これは手を挙げて意見したいくらいだと思ったが……ここでは不自然だ。後で、シオウとアルスに伝えるかと思っていると。


コリントが「あ」と言って手を挙げた。

「特に、声ってのは、火の精霊と戦う時な。あれ、喉が焼けて、声が出ない事がある。そう言うときは、水で蒸気を発生させるとか、盾もまあ、なんとか役に立つ。後は、仲間に治療のプレートを使ってもらう。一旦下がって。喉を指差せば通じる筈だ」

コリントの言葉に、リゼラが笑った。

「ああ! そうそう。それ大事! ありがとう。霊力は『創造(アトゥーラ)』の時が一番、大変で、維持するも一苦労なんだけど――『作る時』の負担を軽くする方法もあって、これが精霊との『同調(シーラ)』です」


精霊剣は『創造(アトゥーラ)』の瞬間に、一番霊力を消費し、その後も使用時間に比例して霊力を消費していく。

『創造』の際、霊力の消費を助けるのが精霊との『同調』だ。

精霊と手の平を合わせて『ル・ガルド』と唱えることにより、精霊が霊力を肩代わりしてくれるので、負担が少なく『創造』できる。

これは手の平で無くても、頰でも、指先でも、額でもどこでも構わない。どこかに触れていればいい。仲が良いほど簡単に『創造』できる。

――疲れるだけなので、プレートから作る方が珍しいのだ。

やるとすれば、緊急時くらいか。相手が攻撃してきて、精霊を出す時間も無いときはプレートから作る。霊力を使った分不利になるので、間合いを取って精霊を呼ぶ方がいい。


つまり精霊を実体化した状態で剣を作り、『創造』に使う霊力を節約して、あとは自分の霊力を剣に吸わせて――消費と言ったが、精霊が吸っているのだ――剣を維持する。これが精霊剣の仕組みだ。


「同調率は消費霊力にも関わって来るから、一応、そこも覚えておいて。仲の良い精霊だと、霊力がこぼれないから、気安め程度に使いやすいわ。容赦なく消耗はするんだけど。その程度かしら……。それより、問題は親しくない場合や、嫌われてる場合、まあ、使い物にならないわ。これは凄く重かったり、すぐ消えたりするの。使う側に凄く霊力があれば形には出来るし、振るう事もできるんだけどね。そんな無茶が出来るのはうちの総隊長くらいよ。このくらいかしら? 何か忘れてない?」

リゼラがコリントに確認した。

コリントは「ばっちり」と言って笑った。


「良かった。では、巫女さん、お願いします」

リゼラの合図で、三人の見習い巫女が、三角に離れて祝詞を唱える。

頷きあって、紅玉鳥を飛ばして――。互いを見て。


『ル・アールグラン・ル・アータゼイラ・ル・フィーラ・ラミ・ディアセス・ノラ・ゼラルート・ミーア・ナタラルカ・レシアス・クロスティア……!』

(父よ、母よ。我らの霊力と祈りで、勝負の地、クロスティアにお導き下さい……!)


と声を揃えて言った。


三羽の紅玉鳥と、地にいる巫女を起点にして、地面と上空に、白い光が走る。

空気が変わり、候補生達がざわついた。


「では、言った通り、集中して、抜剣!」

リゼラが声を張り上げた。

皆が一斉に『ル・ガルド・ディアセス!』と声を上げる。


色とりどりの、形状も様々な『精霊剣』が創造されていく。

プレートが変化する形だが、何も無い空間が歪み、精霊剣が出現する様に候補生達は目を見開いている。上位クラスの候補生は皆、難なく成功させていたが、下位クラスや事務クラスには、上手く行かずにやり直す者もいた。


「……すごい! 綺麗!」

プラグの正面で、アルスもしっかり成功させた。細身のサーベルで、刀身は緩く反っている。柄や装飾は全て銀色。多くのサーベルがそうであるように鍔から柄頭にかけて覆いがあり、指先を守る構造になっている。鍔には薄緑色のプレナイト(葡萄石)が埋め込まれていて、柄頭にはウル=アアヤのドレスを彷彿とさせる長いリボンが付いていた。


「……!」

プラグは『掠風』の剣を見て、思わず懐かしい、と言いそうになった。

プラグも少し遅れて、声を掛けた。

「よし、ナダ=エルタ。じゃあやるぞ。よろしく。ル・ガルド・ディア――」


プラグはそこでかすかに小さな、ずれのような。奇妙な感触を得た。

しかし、――セス。まで言い切ると、剣はすんなり『創造』された。


「? 今のは……?」

試しに振ってみるが問題は無い。

「うわ、プラグの、綺麗ね!」

「ああ、とてもいい剣だ」

その時、また違和感があった。精霊は剣になっても霊体として姿を現す事ができる。

ただしこれは、力のある精霊だけで、使用者に霊力の余裕がある場合だけだ。

――ナダ=エルタにはおそらくまだ無理だろう。

姿を見せて会話すると使用者が霊力を消費するので、剣でいる間、精霊は黙っている事が多い。

「ナダ=エルタ? 大丈夫か? 安定しているか?」

聞いてみても返事はなかった。アルスは周囲の精霊剣を眺めている。


シオウは『火矢』の難しそうな形状を見事に長剣に変えていた。

柄には燃える宝玉が収まり、軽く炎を纏っている。

「すごい、シオウ、なんとかなってる! あの絵で……」

アルスが言った。

「ああ、なんとかなった。たぶん火とは相性がいいんだな俺。俺は熱く無いし――。長さもいいし。使いやすそうだ」

シオウが珍しいくらい、しっかりと微笑んだ。


「よーし、こっちは、みんな出来たわね、そのままじゃあ手合わせしてみて。あ、そっとよ? そっと。軽く打ち合いからでいいわ。優しくね!」

リゼラの言葉に頷き、プラグはアルスと軽く剣を合わせ始めた。

アルスが軽い剣戟を繰り出し、プラグはそれを受けて、こちらも軽く攻める。アルスははじめおっかなびっくり、と言った様子だったが、徐々にいつも通りになってきた――いつもより早い気がする。


「プラグって、使った事あるの?」

「いや、ないな。聖域でないと使えないらしいし。カルタでも試す機会はなかった」

カルタで、プラグがやったのは結界を張る方の訓練だ。

精霊剣の存在は知っていたが、巫女は使わなかったし、そもそも使う必要があると思っていなかったのだ。

精霊剣はもともと、使える場所が限られている。

……聖域の中か、結界の中で使う、いわゆる『お遊び用』の武器なのだ。

『決闘用の武器』『試合用の武器』と言っても良い。

『決闘(ゼラルート)』は精霊達の問題を解決するために『戦の神・カレル=クロス』が存分に勝負できる場所――『結界』を設けたのが始まりらしい。


それが『魔霊』に対して効果があるとは――知らなかった。

確かに精霊剣は、精霊相手には効果がある。

――精霊には『核』があるので、殺そうと思ったら、核を攻撃しなければならないのだが、精霊を通常の剣で殺すのは難しく、霊体化されてしまえば攻撃は当たらない。同じようにプレートの攻撃も避けられる。何ならプレートに逃げ込んで終わりだ。

そもそも、核を守る胸は硬く、普通の剣では刃が通らない。

核のある限り、通常の剣での傷はその場ですぐ治ってしまうのだが、精霊剣の場合は……程度によるが、浅ければ一年から十年、深ければ百年くらいは、傷を受けたままになる。それが転じて魔霊に使われるとは。


精霊のプレートは、基本、破壊できない。

プレートは精霊そのもので、精霊を守る鎧とも言える。あえてやったことは無いが、精霊剣を用いても『核』を攻撃している訳では無いから、プレートには刃が通らないはずだ。破壊できるのは核の壊れた精霊を封印した、黒プレートだけではないだろうか?


プラグは魔霊退治を考えた。

(……胸を攻撃するのは、かなり難しいと思うけど)

一番固い場所を狙うのだ。霊力を込め、貫かなければ破壊できない。

……誰が精霊剣による魔霊退治を始めたのかわからないが、案外、精霊から言い出したのかもしれない。魔霊に困った人間に『これなら殺せるかもしれません』と……精霊が言いそうな事だ。


「ねえ、もっと強く打ち込んでいい? この剣、凄く軽いの!」

「ああ、いいぞ」

「ウル、良い感じよ!」

アルスが剣を振る度、風圧が彼女の剣を重くした。振る早さもいつもの倍程度になっている。意識してそれで収めているようだ。

「っと!」

プラグは彼女の才能に驚いた。普通は風の早さに振り回されるのだが、アルスは『掠風』を、無意識に使いこなしているし、霊力にも余裕がある。彼女は強い精霊騎士になるかもしれない。


「ッツ、もうだめ、はぁ、何これ早すぎ! ル・レーナ! 難しい!」

ちょうど向こうでペイトが音を上げた。他にも幾人か、解除し始めた。ゼラトとフィニーも肩で息をしていて、ゼラトが先に音を上げ、二人とも解除した。

シオウとアドニスはまだ余裕がある。

アドニスの水泡は、その名の通り泡を出して、シオウを戸惑わせている。

シオウはとりあえず、と言った様子で剣を振って火矢を放ち、一つずつ壊している。

二人とも、楽々と使いこなしていたが。

「なあ、これって……もっと広いところで、盛大にやるもんじゃないか?」

シオウが言った。

「そんな気がします。かなり危ない……? その火矢とか、沢山飛んで来たら恐いですね。当たったら大やけど、下手したら大火事ですよ。どうします?」

アドニスも頷いた。そして、二人はしばらく剣を降ろして考え、シオウが顔を上げた。

「あ。剣に能力を乗せるって言うなら、貫通力とか高まるのか? 泡なら、滑って良く刺さるとか」

「ああ、なるほど! 火なら、焼き切れる感じになるのでは? だから魔霊にも効くのかも」

「そっかも! えー、とりあえず、今は普通に使うか? 狭いし」

「そうですね、使える時間があるみたいですし。あと三分くらいですね。泡を出すと、霊力消費が激しい気がします」

「霊力って見えないけどな。確かに火を出すと疲れる。このへん、先輩のやり方を見た方がいいな」

「ですね」

次第に慣れて、結果、普通の剣として使い始めた。二人とも勘が鋭い。

プレートの攻撃はプレートで防げることが多いから――結局は霊力量と、剣技が物を言うのだ。


精霊剣は精霊により効果が付く場合があり、剣の効果はプレートとほぼ同じだ。

つまり精霊の能力がそのまま、攻撃に使えるのだ。例えば、アメルの『鏡の剣』ならば、相手の攻撃をそのまま跳ね返す事も可能だし、ラ=ヴィアの水鏡の剣は相手の攻撃を防ぎ、打ち消し、跳ね返す事ができる。それと、一振で、鏡の刃を発生させ、遠距離攻撃もできる。

プレートも使い、あるいは、規則を作り。皆で楽しむのが『決闘(ゼラルート)』だった。


(それにしても、なんだろう、この感じは)

「アルス、もうしばらく打ち込んでくれ」

「え、うん!」

「たぶん、氷が出せると思うんだが……拡散しそうだから、ちょっとここでは危ないか……? 防げそうか?」

「え。無理!! ぜったい無理! やめて!」

アルスが言って、助走を付けて、素早く重い一撃を繰り出した。

弾くとアルスがバランスを崩してしまう。

プラグは剣を横に傾け、しっかり受け止めたのだが――。


「!」

その瞬間、プラグの精霊剣が粉々に砕けた。

アルスは突っ込んで来る。風を纏った刃は刺さる早さと重さだ。

プラグは、咄嗟にアルスの精霊剣を手で弾いた。


峰を払う形で流したのだが、無傷で弾いた筈の左手は風の流れに当たり、大きく切り裂かれた。

(そうだ、掠風の効果は、こちらが本領だった……!)


「――きゃああああッ!」

プラグの腕から鮮血が散り、アルスが悲鳴を上げた。


「アルスは強くなるな」

プラグは感心していたが。眉を顰めた。左腕の肘から先が血まみれだが、これで、ちょっと痛い? 程度だ。

……痛覚が鈍くなっている。


しかし、じわじわと痛みが来たので、プラグはほっとした。

どうやらまだ、体が回復していないだけのようだ。

結界内に再びアルスのものすごく大きな声が驚いた。

「――プラグ! 大丈夫!?」

「治療を頼めるか?」

「――……ッ!」

アルスはすぐに剣を手放し、掛け寄って、うろたえながらも『治療』のプレートを使ってくれた。

血はすぐ止まり、ほっとする。


少し離れていたリゼラ・メーラも駆け寄ってきた。

「大丈夫!? 医務室に行った方がいいわ!」

プラグが左腕を確かめて首を振る。

「いや、治ったみたいです」

「ちょっと見せて……そうね、うん……治ってる。浅くて良かったわ。皆! 精霊剣は絶対に手で受けないように気を付けて! プレートと同じような効果があって、危ないから避けて! ごめん、言い忘れてた! あと、同調が上手く行かないと、こういう風に砕けたり、溶けたり、霞んだりするから注意よ! ……プラグ、一度、『ル・レーナ』で解除して、もういっかいやってみて。というか、手で受けるなんて……もう……信じられない!」

「一応、払ったんですけど……風で切れました」

「そういう問題じゃ無いのよ……いきなり実戦は不味かったかしら……はぁ。みんな、初めはそこまで動けないと思ったのに……私の失敗だわ。解除して」


「ル・レーナ――」

プラグが言うと、砕けた精霊剣が消えた。

プラグが失敗の手本になるのは初めてなので、皆が驚いて「大丈夫か?」「珍しい」等と呟いていた。

プラグはもう一度、プレートを手に持ち、意識を集中させて「ル・ガルド・ディアセス」と唱えた。

霊力が集まり、プレートが精霊剣に姿を変える。


「うーん?」

プラグが再度作った剣は、形はしっかり戻っている。が、プラグは首を傾げて、地面に軽く剣を当てた。すると、すぐに、ひびが入って先端が折れてしまった。


「これは……どうしたら?」

プラグは困惑気味リゼラに尋ねた。

「……ううん。これは……あ、他の子はそのまま続けて――貴方、精霊と仲は良いのよね? ちょっと出してくれる? ごめんね、アルスちゃんは別の誰かと練習していて」

「……はい」

リゼラに言われて、アルスは青ざめたまま頷いて、離れた。

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