エピローグ

新学期。


朝の奈良を歩く俺の前に、鹿王(ろくおう)が現れた。


「あっ、鹿王……おはようございます」


思わず敬礼しそうになる俺に、鹿王は無言で振り返り、コツコツと蹄を鳴らしながら歩き出す。


まるで「着いて来い」と言わんばかりの態度だ。


俺はためらうことなく、その後を追った。


やがて辿り着いたのは、大学構内の裏手にある木陰。


そこに、どこか懐かしさを感じさせる外国人女性が立ち尽くしていた。


困った様子で、辺りを見渡している。


「お困りですか?」


自然と声が出た。


「すいません、道に迷ってしまって……ここどこなんでしょう?」


柔らかく笑う彼女の顔に、胸がざわつく。


「どこに行きます? 良かったら、送りますよ。 日本語、お上手ですね」


「はい。 アニメで覚えました」


にっこりと微笑むその横顔に、胸がドクンと鳴った。


「俺は長屋総一郎といいます。 貴女の名前、聞いてもいいですか?」


「あっ、ごめんなさい。 申し遅れました。 私、アルシア・ロウランと申します。 アメリカから来ました留学生です」


——時が止まった気がした。


風が吹き抜ける。 


鹿王が静かに去っていく。


まるで、役目を終えた案内人のように。


俺はそっと心の中でつぶやいた。 (……今まで、導いてくれてありがとう)


「アルシアさんか。 いい名前ですね」


思わず、自然に言葉がこぼれた。


そして、心が先に動いていた。


「良かったら……へい! 彼女! お茶しない?」


一瞬の沈黙。


だが——


「ええ、喜んで」


彼女は、満面の笑みで答えた。


また、始まる。


今度は、奇跡ではなく、日常として。


何の超能力も、超科学もない。


ただ、ふたりで一緒にいる、この世界での新しい物語が。



——おしまい。

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冴えない考古学者だけど、古代遺物拾ったら歴史から消えた王女と、未来人に追われることになりました@奈良 久留間猫次郎 @kuruma-cat

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