第11話
数日後の午前。
俺は大学の研究室で、平城京発掘プロジェクトの最終チェックをしていた。
今年の調査地点は、遺構密集地と噂されるエリアだ。準備は慎重すぎるくらいでちょうどいい。
「さて……バイトと関係者のリスト、確認っと……」
モニターに映し出されたメンバー一覧を見て、俺は絶句した。
橿原結月。
五條ツバキ。
山添クリス。
桜井ヒバナ。
……見間違いかと思った。いや、見間違いであってほしかった。
「おい、嘘だろ……」
俺は思わず椅子にもたれ、天井を仰いだ。
元教え子にして恋の暴走列車。 未来から来た刺客×3名(内訳:冷徹・小悪魔・殺意MAX)。
“文化財の調査”という名目で、人類未来の鍵を握る面々が集結するとは、誰が想像しただろう。
頭が痛い。 これで本当に発掘できるのか? いや、まず俺の命が無事に終わる気がしない。
俺は頭を抱えて、机に突っ伏した。
リストを見返すたびに、心の中で警報が鳴り響く。発掘現場が、修羅場になる未来しか見えない。
「……マジでどうすんだ、これ……」
そんな俺の背後から、明るい声がふわりと届いた。
「へいっ、彼氏〜。お茶、しない?」
振り返ると、アルシアがちょっとだけ頬を赤らめて、マグカップを掲げていた。
あの夜以来、彼女は何かが吹っ切れたみたいで、妙に積極的だ。そして……可愛い。
いや、知ってる。わかってる。何度も思った。でもやっぱり、可愛い。
「……なにそれ反則だろ……」
ぼそっと漏らすと、アルシアは楽しそうに笑って俺の隣に腰を下ろした。
手渡されたカフェオレは、ほんのり甘くて、彼女の優しさが溶け込んでいる気がした。
「大丈夫だよ、総一郎」
そっと、アルシアが囁く。 その声音には、不思議と安心させる力があった。
「私がついてるから」
そして彼女は、迷いなく俺に近づいてきて、唇を――軽く、でも確かに――重ねた。
「好きよ、総一郎。……私を頼っていいのよ」
一瞬、時間が止まった。
心臓が跳ねる。 視界が揺れる。 脳みそが沸騰する。
俺、爆発。
……いや、マジで煙吹いたかもしれない。
***
翌日――ついに発掘が始まった。
夏の日差しがジリジリと照りつける中、俺は額の汗を拭いながら、心の中で念仏のように唱えていた。
(……頼む。せめて何か、何かひとつでいいから成果を出させてくれ)
この発掘には、俺の未来が、大学での立場が、いやもう人生そのものがかかっている。
最低でも何かの遺構を見つけなければ、“フリーターまっしぐら”コース一直線だ。
でも――最近の俺は、おかしい。
いいことも悪いことも、“濃い”ものばかり引き寄せてる気がする。
案の定、午後になってその“嫌な予感”が現実になった。
「総一郎先生! なんか出ましたぁ〜!」
結月の明るい声が響く。
俺が何事かと近寄っていくと
ゴゴゴゴゴ……
地面が震え、乾いた土が盛り上がる。
「えっ……ゴーレム? いや、これ……埴輪?」
埋もれていたソレは、ぱっと見は確かに人型の埴輪だった。
だが、尋常じゃない。サイズがまずおかしい。三メートル超え。
そして何より――
俺が近づいた瞬間、
ゴゴゴゴゴゴ……!
埴輪が、まるで俺に呼応するように土中から立ち上がった。
「……お、おいおい……マジかよ、また超古代文明の遺産かこれ……?」
周囲のメンバーが悲鳴を上げる中、俺だけが言葉を失い、“その埴輪”と無言のまま向かい合っていた。
***
「出たわ……!」
地鳴りとともに現れた異形を前に、ツバキが顔面蒼白で叫んだ。
「大奈良帝国の主力兵器、埴輪兵だ!」
俺は耳を疑った。
「なにそのセンス……『大奈良帝国』って俺がつけたのか? 中二病か!? 未来の俺、どうかしてるだろ!」
返事があるはずもなく、異形の埴輪は土煙を上げながらゆっくりと立ち上がる。
異様にでかい。しかも、明らかに俺をロックオンしている。
「みんな、避難よ!!」
ヒバナの指示に、バイトメンバーとゼミ生たちが右往左往し始めた。
「こ、こわいぃぃぃ!!」
結月が完全に涙目で俺の背後に隠れ、
「笑えないよ……マジで……」
とクリスが乾いた声で呟く。
俺の胃がキリキリする中、アルシアがすっと隣に立った。
「総一郎」
凛とした声。 穏やかなはずの横顔が、今は騎士のように引き締まっている。
「この子、あなたの超能力に反応して目覚めたのよ。きっと……あなたの言葉なら届くはず」
俺は、ごくりと唾を飲み込み、渾身の声を張り上げた。
「ステイ!」
埴輪兵がピタリと動きを止める。
「シット!」
ゴゴゴ……と重々しく、膝をつく埴輪兵。
……効いた!?
《……ふむ。だがな総一郎……》
神棚から、どこか達観したヒヒイロカネ先生の念話が響く。
《相手は犬ではないのだ。もう少し、命令の内容を考えた方がよかろう》
「いやその前に、大奈良帝国ってネーミング……絶対見直すべきだろこれ……」
俺の未来、思った以上にダサくて怖い。
《あとな、命令ひとつで世界を動かせる者は、もう“人間”じゃないのだぞ。》
それは――人間をやめる未来だったのかもしれない。
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