桁溢

長万部 三郎太

65536

『大場風呂』という名前の珍しい魚屋がある。


その店は代々銭湯を経営していたが、時代に合わせて経営方針を変え、今では鮮魚を扱う店となっている。その名残もあって『大場風呂』の看板を今も掲げているのだ。


店の生い立ちがそうであるように、この魚屋にはとてもユニークな特徴があった。

通常、イワシは一尾100円だが、七尾セットの笊に入ったものは500円で販売されていた。まとめて買うと二尾ぶんお得というわけだ。


そこに目つけた厄介な客がいた。

店番に若いバイトが出ている隙を狙って、こんな因縁をつけてきたのだ。


「なぁ、この笊にあるイワシのうち無料の二尾を譲ってくれ」


「二尾ですと200円になります」


「いやいや、この七尾のうち二尾は無料だろう?

 そのマイナスぶんを俺にくれと言っているんだ」


店先の騒ぎを聞きつけ、もう一人のバイトが慌てて仲裁に入る。

2人のバイトと、厄介な客。


ひとしきり押し問答が続いたが、このくだらない長丁場に呆れた2人のバイトはあきらめ顔でこう伝えた。


「お客さんの言いたいことは理解できました」


「へへっ、じゃあ0円で二尾頂こうか」


「マイナスぶんをお譲りします。


 ですが0円ではありません。65536円になります」





(オーバーフローシリーズ『桁溢』 おわり)

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桁溢 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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