原案
@mejiro_saginomiya
彼女の話(一)
彼女と初めて出会ったのは2年前のことになる。平日の夜に国道沿いのファミリーレストランで一人ぬぼーっとしていたら、急に目の前に現れ
「一緒に暮らしてくれませんか」
と私に向かって言ったのである。ろくな奴ではない。直感的にそう思った。そもそも、女が初対面の男に同居を持ちかけるなど聞いたことがない。あるとすれば、男がよっぽど女のタイプだったか、あるいは女がマルチの勧誘をしていたかどちらかだろう。
私は別に特段誰かに好まれるような顔ではなかったし(悲しい!)、マルチ商法にも興味はなかった。世の中には興味本位でそういったセミナーや『勉強会』に潜入しては、そこにいる人間の愚かさと、ひいては自分の賢さを確かめようとする人間がいるが、私にはそれほどの度胸はない。そういえば同級生のタグチ君は大学入学後1時間(おそらく国内最速と思われる)で、『株式投資をうまくやってくれるAIが入ったUSBを50万で買う』と言ういかにもなネズミ講に捕まっていたが今は何をしているのだろうか。男性ホルモン全開のギンギンの目で、
「ムラタ、お前も早くこっち側に来いよな、早い人は大学入学前に動いてんねんで。お前、ここで動かんとどんどんおいてかれんで」
などと得意げに語ってきていたのをよく覚えている。
と、そこで、私がタグチ君の現在に気を取られて一向に返事を返さなかったのが気になったのか、
「あの、一緒に暮らして欲しいのですが。」
と、いつの間にか私の目の前の席に腰掛けていた彼女が聞いてきた。すっかりタグチ君に夢中になっていた私はそこで我に帰り、目の前にいた女性と向き合うことにした。
第一印象、と言うものを捉えるのが非常に難しかった。大きな垂れ目と柔らかそうな眉毛からなる顔の上半分は人懐こい犬のようであったが、顔前の空気を切り裂きそうな鋭く高い鼻と薄い唇からなる下半分は理性の具現化といった風であった。それらはチグハグなようで調和が取れていて、時間が経つごとに美しさが見るものの目に染み込んできそうであった。
なかなか私が応えないので、彼女はもう一度問いただそうかというそぶりを見せた。私はそれを牽制するように、彼女に話しかけた。
「その、急なことでびっくりしているのですが、何か事情があるのですか?」
「同棲という物に興味がありまして。」
「同棲というと、カップルがやるあれですか?」
「あれです。」
「なぜ私と?」
「思いついた時一番近くにいた男性だったので。」
「えっと、同棲って普通付き合ってると異性とする物だと思うのですが...てか普通に危なくないですか?初対面の男って」
「危ないんですか?」
「ええ、一般的には。」
「一般的にはということは、あなたは危ないとは限らない。」
「まあ。」
「なら問題はありません。私は人を見る目があります。あなたには同棲の才能がある。」
なるほど、ヤバい奴だったか。私は一目惚れやマルチ商法という可能性ばかりに気を取られ、目の前の女が極端に頭のイかれた人間であるという第3の可能性を忘れていた。しかし、少なくともマルチや美人局といった類のヤバさについては心配する必要は無くなった。これは暴力的なヤバさではない。奇妙で奇怪で西尾維新的なヤバさなのだ。そう思った瞬間、私はこの人と同棲しようと決めた。この人がどこから来てどこへ行くのか知りたくなったのだ。
「わかりました。同棲しましょう。」
自分でもびっくりするくらいにつるんと言葉が滑り落ちた。しかし彼女は私が同棲を受け入れたことに特段驚くでもなく、そんなことは初めから決まっていたというふうにゆっくりと頷くだけであった。仕方ないので、私から話を進めることにした。
「それで、なんとお呼びすれば?」
「名前は特にないですね。呼びたいように呼んでください。」
そうきたか。しかしこの場で呼び名を決めるのは何か違う気がする。もっとこの人間の形を捉えてから、それをバチんと表す名前をつけてやらねばならない。少なくともこの時点では宇宙人としか言いようがない彼女に名前をつけることなどできない。そんなことを考えながら、私はゆっくりと席を立った。
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