本編
第1話 見知らぬ世界へ
「ふぅ、今日も色々大変な一日だったな。時間の経つのは早いわ……」
私は
今日も居残りの残業を終え、帰宅途中だ。社屋を出て
「えっ?」
突然、静電気のようなバリバリとした違和感を覚えたかと思うと、不意に青い半透明の球状の光が私の身体を包み込む。左手に持っていたカバンがふわりと浮き上がる。
「何だ一体!?」
青い光が濃くなり私にまとわりついてくる。
「くそっ! こっちは明日の営業会議に提出する資料を作んなきゃいけなくてそれどころじゃねーんだよ! 何で私なんだよ!!」
青い光はみるみる濃さを増し、視界が奪われていく。まとわりつく光とバチバチした音に抵抗する間もなく、私の意識は遠のいていった……。
◆◆◆
「
全身の焼けつくような熱さで目を覚ました。体中から汗が噴き出す。
「くそっ! 暑くてたまらん!」
急いでネクタイを引きちぎるように外し、ワイシャツのボタンをはずして脱ぎ捨てる。ひんやりとした空気が肌に触れ、少しずつ熱が引いていく。
ハァ……、ハァ……
必死に呼吸を整えながら、火照った体温に明日の会議どころではないことに気づき始める。頭をぐるぐると巡るのはさっきの青い光と、この異常な熱だ。
大した病気も事故も経験したことがない私にとって、こんなことは初めてだ。
全身の汗が収まり、ようやく冷静さを取り戻しかけていた。ひんやりと湿った空気が肌に張り付き、私はやっと周囲の異変に気付いた。
目に映ったのは、無骨な灰色のレンガに囲まれた、広く高い空間。石の床には淡い光を放つ複雑な円形の紋様が刻まれていて、その周囲には無数の燭台が並んでいた。青白い炎が揺れ、どこか焦げたような匂いと冷たい湿気が漂っている。
まるで、何かの儀式を行った直後のようだ――。
「落ち着きましたか?」
透き通った艶のある女性の声が静寂を破った。私は顔を上げる。そこには、長い錫杖を杖代わりに支え、ほっとしたように小さく息を吐いている若い女性がいた。肩まで伸びる金色の髪が、炎の青い光に照らされてきらめいている。
彼女は古風な西洋の神官のような衣装をまとい、静かに私を見つめていた。
「ようこそ、私達の世界へ。私はエレノーラ=オーベルシュタイン。貴方を召喚した聖女です」
聖女? 冗談じゃない。これは夢だろうか。
言葉は日本語に聞こえる。彼女の唇は遠い異国の言葉を話すように動いているが、妙に耳に馴染む。不思議と意味がわかる。
「汗をかいているようですね。衣服をご用意します」
彼女は錫杖をかざすと、足元の光の紋様がわずかに揺らめき、黒いフード付きの衣が空中から現れて私の体を包み込む。
「おお…… 服を着てるぞ! これは……一体……」
「裸のままでは寒いでしょう。お気に召さなければ、別の物をご用意します」
「い、いえ! これで十分です……ありがとうございます」
触れた布は絹のように滑らかで、汗を吸い、冷えた体に心地良い。
「お気に召したようで良かったです。では、貴方のお名前をお聞かせください」
彼女はわずかに微笑み、杖に寄りかかったまま私を見つめる。
「あ…… タクト…… タクト=ヒビヤ……」
思わず、西洋風に名乗ってしまった。エレノーラは瞳を見開き、すぐに柔らかく微笑む。
「タクト様。良いお名前ですね」
そう言う彼女の声は、どこか達成感に
「神のお告げに従い、先ほど貴方をこの世界にお招きしました。詳しいことは順を追ってお話しします」
そう言うと、どこからともなく水晶の球を手元に浮かべた。
「これで貴方の資質を測ります。手をかざしてください」
促されるまま手をかざすと、球はぼんやりと光り始め、やがて緑色に染まった。
「……なるほど。そうですか……」
エレノーラの顔に一瞬、鋭い影が差す。
「これは……すごいですね」
「は? すごい?」
「お気になさらず。貴方の資質、確かに見届けました。勇者ではありませんが……貴方には膨大な魔力が宿っています」
「勇者……? 何のことだ?」
エレノーラはその場に錫杖を置き、
「どうか、この国、いえ――この世界を救ってください。……お願いします、タクト様!」
何を言っているのかすぐには飲み込めない。それでも、この地下の広間に漂う異様な冷気と、聖女と呼ばれる彼女の瞳の奥に宿る何かが、私に現実味を突きつけてくる。
「何もわからない私に、何ができるんですか……」
「心配しなくても大丈夫ですわ。私がちゃんと面倒を見ますから。どうか、私にお任せください」
その言葉を聞いたとき、冷たい石の床の感触がやけに現実的で、私の逃げ場はもうどこにもないのだと悟った。
「この後、国王陛下がお見えになります。まずはご挨拶だけでもお願いしますね」
「……わかりました」
私は深く息を吐き、もう一度広間の青い炎を見つめた。
ここが、私の新しい世界なのだ――。
――後戻りできないのなら、腐っていても仕方ない。前を向いて切り開くしかないのだ。
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このたびは本作を読んでいただき、ありがとうございます!
現実に追われて疲れ切った一人の社畜が、
異世界で何を得て、何を失い、何を選ぶのか――
タクトの隠された“資質”と聖女の真意が、次回から少しずつ明かされていきます。
これから“社畜魂”が異世界でどう化けるのか、
そして彼を待つ運命とは――
ぜひ、タクトと一緒にこの物語の続きを見届けていただけたら嬉しいです!
「面白いかも!」「続きが読みたい!」「陰ながら応援してるよ!」
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