2-4
「あれ。拓海、こんなところに珍しいな」
不意にかけられた声に振り向いてみる。太陽が向こう側からやってきていた。
太陽の光に透かしたら太陽が現れるなんて、まさに名前の通りだなと思う。
「今日も詩音ちゃんと一緒なのか。なんだ、おまえらやっぱり付き合っているのか?」
太陽はずけずけと僕達の関係についてきいてきていた。
「いや、違うよ」
「そうでーす」
僕が違うと答えると同時に、詩音が太陽の言葉を肯定していた。
いや、付き合ってないよね。そうしたらきっと楽しいとは思うけども、まだそういう関係じゃないよね。驚いて僕は詩音の方へと顔を向ける。
「いや、どっちだよ」
あきれた様子の太陽の答えに、すぐに詩音が言葉を返す。
「それは秘密。きっとまたこんど会う時には、はっきりしているんじゃないかな。ねっ、拓海くん」
くすくすと笑いながら告げる詩音に思わず溜め息をもらす。
「あのね」
「なんだ。もう尻に敷かれているのか。まぁ、でもうらやましいよ」
「そういうんじゃないからっ」
笑いながら告げる太陽に慌てて否定する。
でもたぶん本当はそういうことなんだろうとは思う。詩音と一緒にいられたなら嬉しいと今は思っていた。詩音は僕をからかっているだけなのかもしれないけれど、きっと詩音も同じように感じてくれているんじゃないかとも思う。
「いいからいいから。それじゃ、邪魔しても悪いし、俺もこれから部活あるし、またこんどゆっくり話聞かせてくれな」
太陽は軽く手を振って、すぐに学校の方へと向かって行く。僕は溜め息まじりにその背中を見送ることしか出来なかった。
しかし太陽のせいで余計に意識してしまったじゃないか。詩音は詩音で、変なこと言うし。僕はいったいどうしたらいいんだよ。声には出さずにつぶやくと、もういちど深く息を吐き出す。
「いつかないつかな。いつ言われるのかなぁ」
詩音は何を言いたいのか、にこやかに僕に手を差し出していた。
やっぱりこれは告白をしろと促しているのだろうか。いや、さすがに早すぎないか。
いや早すぎはしないのか。もしも詩音が七年前から同じ気持ちだったとしたのなら、むしろ時間をかけすぎていたのかもしれない。
いろいろと心の中で葛藤をしながらも、でもやっぱり今日気持ちを告げるべきなんだろうなと思い直す。
今日かつて隠した宝物を見つけたのなら、僕の気持ちを詩音に伝えよう。たぶん僕はそうするべきなのだと思う。心の中で誓うと、僕はゆっくりと詩音へと告げる。
「宝物、見つけたら、かな」
「そっかぁ。じゃあ、がんばって探さないとね」
詩音は少しだけ早足になって、先を急ぎ始める。慌てて僕もその後ろを追いかけていた。
しばらく歩くと海辺の公園が見えてくる。
この公園からそれなりに進んだところに、少し小高く崖のようになっている場所があった。そこに確かくじら岩と呼ばれている岩があったと思う。たぶんその近くが宝物を隠した場所じゃないかと目星をつけていた。
「この公園は素敵なところだよね」
砂浜のすぐそばに遊歩道があって、その手前にいくつかの遊具も見える。
散歩ルートとしても、こどもの遊び場としても、この辺に住む人達の憩いの場所となっている。
少し奥の方で大道芸の練習をしている少年の姿が見えた。彼がここで練習をしている姿は何度か見かけたことがある。ほとんど毎日いるんじゃないだろうか。ほんとこの暑いのにがんばるなぁとは思う。
「あ、向こうにキッチンカーでてるね。ホットドッグだって」
詩音がキッチンカーをみかけて、そちらに向かっていた。すぐに声をあげて僕を呼びかける。この辺は公園の外もふくめていくつかお店が点在している場所だ。
「みてみて。ホットドッグなのにハムとか挟んでるよ。おもしろーい」
物珍しそうにメニューを眺めていた。太めのハムを挟んだホットドッグはこの店の名物だ。
考えてみればホットドッグといえば、普通はフランクフルトを挟んでいるものかもしれない。でも僕は小さな頃からよくみかけていたから、ハムのホットドッグを不思議には思っていなかった。普段と違う視点に面白いなと感じていた。
「食べてみる?」
「うんっ。楽しみー」
ホットドッグを注文して、しばらく待つと焼きたてほかほかで提供されてくる。
ぱりっと焼けたコッペパンの間に、刻んだキャベツとこんがりと焼かれた肉厚のハムが挟まれているホットドッグはとても美味しそうだ。どうみてもハムなのに品名はソーセージと書かれているのがまた不思議に思う。
「いただきます」
詩音と二人でホットドッグを口にする。少しだけ焦げたパンからは甘い小麦の香りが口の中から抜けていく。そのすぐ後にシャキシャキのキャベツの食感と甘みが追従してきたかと思うと、そこから連続してすぐにハムの濃厚な肉のうまみが溢れて口いっぱいに広がっていた。
「おいしーい」
詩音が満足げに声を上げていた。
ハムなのか、ソーセージなのかはわからないけれど、この焼きたての燻製肉の香りが鼻腔をくすぐると、わずかに含まれた辛子が食欲を刺激する。コールスローのような味付けがされているキャベツの甘みがすぐに口の中のハムの脂を流して、またすぐ次が食べたくなる。
「これならいくらでも食べられちゃうね」
詩音はよほど美味しかったのか、あっという間にぺろりと平らげていた。
「気に入ってくれたなら良かった」
「うん。これが拓海くんがいつも食べている味なのかな」
「まぁ、たまにだけどね」
たまにこの海辺の公園によったときに、お店がでていれば買うこともある。それくらいの頻度ではあるけれど、小さな頃から慣れ親しんだ味だ。
「こんなホットドッグはじめて食べたよ。美味しかった」
僕の思い出の中にある味を詩音にも味わってもらえたというのは、二人の距離をまた一つ縮められたような気がしていた。
ただ同時に胸の奥に何かがちくりと刺したような感覚を覚えた。
急に何か不安が頭の中に霧のようにかかっていく。
「うん。拓海くん、どうかしたの?」
僕が感じた不安に気が付いたのか、詩音は心配そうに僕を見つめていた。
「あ、いや何でもないよ」
僕は何かわからない不安を振り払うかのように首を振るうと、気のせいだと自分を納得させるかのように思い直す。
特に何も不安を感じることなんてないはずだった。いやもしかしたらあまりに詩音とうまく関係が進みすぎていて、それで逆に不安になってきたのかもしれない。
何せ詩音は太陽がうらやむくらいに可愛い女の子だ。そんな子が平凡な僕のことを好きになってくれるというのは、やっぱり何かおかしいのかもしれない。
たぶんその理由は七年前に一緒に遊んだから。ひよこが初めてみたものを親だと思うように、その時の記憶が詩音の中で美化されてすり込まれてしまっているのかもしれない。
そうだとしたらぼろを出さないようにしないとなぁとひっそりと誓う。
このまま仲良く一緒にいられたらいい。ずっとこんな時間を続けていたい。
僕は強く思っていた。
「そういえば、ホットドッグは食べなかったけど、ここで昔一緒に遊んだ気がするね」
詩音はあたりをきょろきょろと見回しながら、昔の記憶を思い出しているようだった。
確かに僕は詩音とこの公園で遊んだと思う。夏のこどもの遊び場所としては、この公園はもってこいだ。遊具もあれば砂浜も海もある。いろいろとやりたい放題だ。
きっとここで遊ばなかったなんてことはないだろう。
ただ僕はあまり思い出す事は出来なかった。詩音と一緒にいた記憶はあるのだけれど、何をしたのか、ほとんど思い出せない。
「そうだね。きっとここで遊んだはずだよ」
「そっかぁ。やっぱりそうだよね。二人がもういちど出会えた場所だし」
詩音と再会したのもこの海辺の公園だった。
たぶんこれからもここで思い出を作っていくのだと思う。
いろんな人が集まって、でもあまり観光客がくるような場所ではなくて。僕達地元の人間の記憶が詰まっている場所だ。
だから詩音との思い出も、ここにたくさん詰まっているはずだった。
「ここからしばらくいったところにさ、ちょっと崖みたいになっているところがあるんだけど、そこにクジラ岩って言われている大きな岩があるんだ。たぶんそのへんに宝物を隠したんだと思う」
「そうなんだ。じゃあきっとそこだね。うん、行ってみよう」
詩音はまた少し駆け足ぎみに歩き出す。すぐに僕もそれに続いていた。
「でも、こうして一緒にいられると楽しいよね」
「まぁ、確かに」
すごく楽しい。それは口には出せずに、少しだけ照れ隠しに笑う。
「また今度デートしようね。約束」
「わかった。約束」
さらりともういちど言われたデートという言葉に、僕は少しだけ胸を鳴らしていた。
こうして一緒にいるだけで、胸の鼓動はどんどん強くなっていく。
平静を装うだけで手一杯で、心の中ではかなり歓喜していたと思う。
「ちょっと言いたいこともあるしね。そのときには言えるかなぁ」
「言いたいことって、何の話」
「まだ秘密だよ。また後でね」
詩音はあははと声を漏らしながら笑みを浮かべていた。
優しい笑みは、彼女が心から楽しいと感じてくれているのだと、僕に信じさせるには十分なものだった。
一緒にいるのが本当に楽しい。
どんどん詩音に惹かれているのを、自分でも理解していた。
詩音は僕のことを意識しているだろうか。ただからかっているだけで、本当はどうとも思っていないんじゃないか。それとも僕は同じように、どきどきして本当は強がっているだけなのだろうか。わからないけれど、でもこうして一緒にいられる時間が楽しいと思う。
このまま時間が止まればいいなんて思うくらいに、かけがいのない時間だ。
だのに、同時に僕の中にえもしれない不安が広がっていく。
なぜ不安を覚えているのかもわからない。詩音は夏休みに祖母の家にきているだけだから、もしこのままうまくいったとしても、離ればなれになってしまうからだろうか。
詩音がいまどの辺に住んでいるかも、そういえば聞いたことがなかった。もしもずいぶんな遠距離恋愛になったとしても、僕は気持ちを変わらずにいられるだろうか。
そんなことが不安を感じさせているのだろうか。
覚えた気持ちの理由もわからないままに、僕達は目的の場所に向かっていた。
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