2-2
「はぁ。やっぱり寂しいな」
誰もいないと思って独りごちる。
その瞬間だった。
「何が寂しいの?」
響いた声に慌てて振り返ると、いつの間にかすぐそばに凪が立っていた。斜めにのぞき込むようにして僕をみてくると、凪の三つ編みが僕の肩に触れる。
「うわ!?」
「なに。うわって。ひどいな、お化けでもいたみたいに」
「いや。そんなわけじゃないよ。誰もいないと思っていたから」
慌てて言い訳をする僕に凪がくすくすと小さな笑みをこぼす。
「一人なのに話していたのは、それこそ寂しいんじゃない?」
いつもの凪の柔らかな笑顔に、少しだけほっとする。この間、詩音といた時にみた凪はどこか不機嫌そうだったから、いつもと変わらない彼女に安心していた。
「うるさいなー。今日は部活はどうしたんだよ」
「もちろんあるよ。今日は部活の買い出しにきているの」
凪は手にもったトートバッグを示してみせる。中には麦茶やら何やらが入っていたようで、マネージャーとして買い物にきたのかもしれない。
「なるほどね。うちの学校の野球部、今年はけっこういけそうだもんな」
「うん。木村くんが入ってくれたからね。中学の時はリトルシニアで活躍してたっていうし。この夏には間に合わなかったけど、秋季大会はいいところまでいけるかも」
凪は気合いの入った様子で胸の前でガッツポーズをして見せていた。
うちは公立高校だし、部活はさほど強くもない。凪が所属しているのも一回戦負けが上等な弱小野球部だ。ただ太陽という新たなエースピッチャーを得たことで、今年は二回戦まで突破していた。残念ながら打線が整わずに負けてしまったけれど、練習次第ではもう少し先までいけるかもしれないと気合いが入っているみたいだった。
「太陽がすごいピッチャーだもんな。うちの高校にはもったいないくらい」
「うん。木村くんはすごいと思う。でもうちの野球部に拓海も入ってくれるものだって、ずっと思ってたのになぁ。うちの野球部に入って、もういちど野球やらない?」
凪は寂しそうに笑う。
その言葉にこめかみをかきながら、僕は何と答えていいものかわからなかった。
「野球はそれなりに好きだけどさ。正直僕程度のプレーヤーはどこにでもいるし、中学の時にやってて何か違うなって思ったんだよね」
中学生の時は僕も野球部に所属していた。ただ僕は三年生だから試合に出場したくらいの特に目立ったところもない選手に過ぎなくて、太陽のような目立った実力は持っていない。
高校に入って真剣に野球をするまでの情熱は僕には無かった。
凪は中学生の時は確か手芸部だったと思う。だから部活では僕とはほとんど接点はなかったけれど、凪とは部活帰りにときどき顔は合わせていたと思う。
「拓海がいると思って野球部のマネージャーになったのに、肝心の拓海がいないって、もうがっかりしたよ」
「いや、その。ごめん。でもそれ初めて聴いた」
「うん。初めて言ったからね。でもだったら文学部にでも入れば良かった。そしたら男目当てでしょなんて陰口たたかれずに済んだのに」
意地悪な口調で告げる凪は、でも笑っていて楽しそうに見えた。なんだかんだで野球部のマネージャーもやりがいがあるのかもしれない。
「そんな陰口言う奴ほっとけよ。たぶん凪のことがうらやましいんだろ」
「木村くん、もてるからね。彼目当てなんだと思う。私はぜんっぜん木村くんのことなんて、なんとも思っていないんだけどね。いい友達ではあるけど」
凪は溜め息と共にさらっと告げていたが、それを訊いてなんともいたたまれない気持ちになっていた。
太陽。お前、凪にこんなところでふられてしまうとは。ああ、脈ないな、これは。太陽のことを考えて、思わず空を見上げてしまう。
太陽が凪に気があるのは、たぶんよく見ている人なら気が付いているだろう。だから男目当てなんて陰口をたたかれているのだろうし、たぶん知らぬは本人だけというところだろう。
「いや、でも。太陽いい奴だぞ。格好いいし、野球も上手いし、それに何より気が利いて優しいだろ、あいつ」
とりあえず太陽のフォローをしてみる。少しでも凪の気が太陽に向けばいいと思ったのだけれど、凪はまったく気にした様子もなくぱたぱたと手を振っていた。
「うん。まぁ、いい人だとは思うし、確かに格好いいから、もてるのはわかるよ」
「だろだろ」
「でもまぁ、だからって別に私はなんとも思わないんだけどね」
「はー。そうかー」
すまん、太陽。僕は何もフォローしてやることが出来なかった。
でもまぁこれから太陽が活躍していく姿をみれば、凪だって考え直すかもしれないし。がんばれ太陽。僕は心の中で応援していた。
凪はそんな僕の気持ちに気が付いてか気が付かずにか、言葉を重ねていた。
「それに木村くんだって、私みたいな地味な女の子より、もっと可愛い女の子の方がいいと思うよ」
「いやいや、凪は十分可愛いって。僕の知っている女の子の中でも、かなり可愛い方だと思うけど」
「ほんと?」
急に凪は身を乗り出してきて、思わず少し後ずさる。
「いや、まぁ、嘘言っても仕方ないだろ。まぁ派手さはないかもしれないけど、凪は可愛いと思うよ」
「ふふ。ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
凪は優しそうな笑みを浮かべて、それから少しだけ頬を染めていた。
「別にお世辞じゃないけど」
「ふうん。でも、拓海は昨日の詩音さんだっけ。彼女みたいな子がいいんでしょ?」
「え、いや。その」
急に放り込まれた言葉に再び何と返していいかわからなかった。
確かに僕は詩音に惹かれているとは思う。でも決して彼女の外見に惹かれた訳では無いと思う。
彼女の明るさと朗らかさ、一緒にいて楽しくなる気持ちが僕の心を彼女に向けているのだと思う。
でもそれをいま凪に言うのは何か違うような気もする。だから僕はそれ以上に何も答えられなかった。
「ま、いいや。そういえば今日は詩音さんと一緒じゃないんだね」
「あ、うん。何か用事があるみたいでさ。明日会うことになってる」
「そっか。ま、楽しんでね。私は明日も部活だよ」
凪は少しだけつまらなさそうに声を漏らすと、そろそろ行かないとねと別れを告げる。
やや歩き出した先で振り返ると、口を横に大きく広げて「いーっだ」とつぶやいてそのまま走り出していた。
こどもみたいな態度に、何だよ。何が言いたいんだよと思うものの、何となく居心地の悪さを感じて、僕もすぐにこの場を後にしていた。
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