40 忘れたい/忘れていた大雨のあの日

父親が、静かに言った。


「あの日。朝陽が。激しく言い合ったんだよ。お前は夕雨さんの活躍に苛立ってて……そんな話を、友達や、事故現場に居た人がちらっと漏らしていたことがある」


実家の窓を、強い雨が打ちつける。

ときおりピカッピカッと光り、雷鳴も聞こえる。

断片的な記憶が、朝陽の中に戻ってきた。


映像のように鮮やかに――。



場面は変わり、夕雨の部屋。

薄暗い照明の下、夕雨は映画『ジュリー&ジュリア』を見ていた。

テレビの中では、カップルが激しく口論している。


気づけば、そのカップルの顔が、自分と朝陽に変わっていた。

まるで記憶の中の再生だった。


――「あほらし。お前の評価なんて、偽物ばっかりだよ。上っ面だけの」


――「どういう意味?何が気に入らないの?」


険悪な部屋の外では、大雨が降り、雷鳴が轟いている。


――「コネで取り上げてもらって何が嬉しいの?お前なんか、顔がいいだけの客寄せパンダだよ。」


――「それは……あんまりだよ」


静かに言い返した夕雨に、朝陽はさらに怒りを募らせ、手にしていた新聞を床に叩きつけ、部屋を飛び出した。


しばらくすると、外が騒がしくなり、夕雨はあわてて外に出た。



――螺旋階段の下、朝陽が倒れていた。



降り止まない大雨の音も、絶えず聞こえる雷の音も、何も聞こえなくなった。

叫ぶ声も出なかった。

世界が、止まったようだった。



そして再び、朝陽の実家。


父親は続けた。


「朝陽が退院して、復学できて、進級して。朝陽が回復していくと、手紙は少しずつ減っていったよ。」


母が言った。


「でもまた最近増えたのよ。」

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