異体

雛形 絢尊

第1話

「406号室がまだ終わってないので

よろしくお願いしますね」

ホテルの客室清掃を始めてから

1ヶ月が経過した頃、ようやく作業的にも慣れてきて、それなりのやりがいも

見つけることができるようになった。

シーツを丁寧に折りたたみながら米田がいう。

30代前半の女性、髪を後ろに結び清楚な化粧をしている。

「分かりました。あ、ついでに米田さん、

404号室、フリードリンクの水が一本足りませんでした」

彼女はあ!というように反応し、ありがとねという。私もよろしくお願いしますと声をかけた。

「私、補充してくる」と丁寧に畳んだシーツをまとめて置いた場所に置き、

彼女の後ろ姿を見送った。

私も必要な道具と掃除機を持ち、

406号室に足を進める。

嫌な予感というものを感じたのは

それが初めてである。

406と書かれた黒い扉の前で念のためにノックをして呼びかける。

2回音が聴こえた後、

「失礼いたします」と声をかけるが応答はない。

その銀色のドアノブに手をかけ、それを押しながら扉を開けた。

再び失礼しますと声を出す。

細長い部屋の入り口を経て重たいその掃除機を持ち上げる。

大抵の場合、この時点でゴミが散乱してあったり、シーツが乱れて置いたままだったりする。

しかしながらそんな様子もなく、清掃を行った後のように綺麗なままであった。

私は右耳につけたインカムで彼女に確認を取ろうとする。

ボタンを押しながら、私は彼女にこう言った。

「米田さん、どうぞ」

10秒ほど経った後に彼女の声が聞こえ始める。

『米田です。どうかされましたか?』

「すいません、確認をとりたくて。

406号室って、もうお掃除されましたか?」

『いえ、私はしてないですけど』

「そうですか。とても綺麗だったので」

『そう言ったお客様もいらっしゃいますよね、ご報告ありがとうございます』

思えば何回か、綺麗に部屋を出られた人たちの部屋を見てきた。とはいえ類を見ない、かなり丁重に清掃された部屋は未だかつて見たことがなかった。

「こちらこそありがとうございます。作業の手を止めてしまい申し訳ございませんでした」

『とんでもない』

私はその部屋の周囲を見渡すように確認し、異変を捉えるかのように見続ける。

異変というものはないのだが、異変と見られるものが一つあることに気がついた。

膨れ上がった、布団の中身である。

思えば奇妙に膨れ上がる

それに違和感を抱いたのだ。

心拍数が自ずと上がり始めるほどに

緊張感が入り乱れる。

布団を捲り上げた途端、音が消えた。


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