あぶない異世界

どろ

case.1「あぶない異世界」

 空は、静かに澄んでいる。

 クリスタルなコバルトブルー。


 人工。――だからこそ、美しい。


 ガラスの尖塔が天を裂き、合間を縫うようにリニアトレインが走る。

 階層をなぞるように、街が空へと重なっていく……。

 まさにファンタスティックな未来都市そのもの。


 階層型港湾都市「ルミナス・ハーバー」。

 最上層の「プロメレイド」は、「星脈エネルギー」がもたらす空前の好景気に沸き立っていた。


 人間、エルフ、ドワーフ……。

 多様な種族が集まる文化の中心地。


 街を彩る立体ホログラムは、くうに咲く言葉の花。

 色彩鮮やかに「欲せよ」とささやき、「勝て」と瞬く。


 種族の違いは、意匠の一部。

 誰もが最新モードをビシッとキメてストリートを闊歩する。

 人々の瞳は、未来への渇望で燃えている。


 希望でも野望でもない。

 飽く事のない欲望。

 ただ、止まれぬもの。


 「星脈エネルギー」は夢を現実にする技術だ。

 黄金の熱狂ゴールドラッシュが、今日も街に降り積もっていく。

 これは決してバブルではない、はずだ。


* * *


 プロメレイドの外れ、海を見下ろすオープンカフェ。

 知る人ぞ知るクールなスポット。

 午後の気怠い陽光が二つのグラスを照らしていた。


「いやー、グレイトだねぇ、この眺めは」


 ライダースジャケットを着崩した伊達男が、グラスを軽やかに掲げた。


 ――彼の名はエイジ。


 グラスの中身はブルーのエナジードリンク・カクテル。

 イケてる連中に話題のハイソなテイスト。


「まさに成功サクセスしたヤツらのステージって感じ? ま、俺たちには関係ないけどさ。しがない衛兵サマには、ね」


 軽口を叩きながら、エイジは向かいに座る男を見た。


「フーッ……」


 男は煙を細く吐き出した。


 ――彼の名はゼロ。


 ガンメタリックのスーツに身を包み、シックなダンディズムを漂わせている。


 ゼロの指には、この世界では珍しい紙巻き煙草が挟まれていた。

 ゆらりと立ち上る紫煙から、クールでアダルトな香りが漂う。


「ハリボテの楽園さ。さて、いつまでもつことやら……」


 ゼロの視線が、眼下に広がるゴージャスな街並みを冷ややかに射抜く。


 声には、普段のクールさとは少し違う、微かな翳りもあった。

 まるで、この眩い光景の先に、来るべきエンディングを見ているかのような。


(……チッ、まーた始まったぜ、ゼロのシリアス・モード)


 エイジは内心で肩をすくめ、軽薄な口調で捲し立てた。


「よっ! ゼロちゃんのクール気取り! いいじゃねえか、未来さきの事なんて!」


 エイジは、椅子にふんぞり返ったまま、自分の胸元をポンポンと叩く。


「この若い身体ボディで、もう一花咲かせられるんだ? このトレンディな街でよォ! あの薄汚れたドブ川みたいな世界とはワケが違うんだって!」


 エイジは悪戯っぽく笑うと、今度はジャケットの上からでも分かるほど鍛え上げられた二の腕に力を込めてみせた。


 異世界に転生して手に入れた、全盛期の肉体。


 有り余るエネルギーとフィジカルが満ちている。

 これぞ、ヤング・パワー。


 ……そうだ、あの世界とは違う。


 バブルで鳴らした俺たちが、老いぼれ、窓際族と揶揄され、時代のスピードについていけず……。

 挙句の果てにチンケな事件でした、あの世界とは。


 ここは、輝いている!

 エネルギーとマネーが支配する、エキサイティングなステージ。

 狂乱のバブル、黄金の時代。


 俺たちはこの世界で、再び……、時代の主役ヒーローになる!


 その時だった。


 ――ガギャァァァンッ!!


 けたたましい破壊音。

 続いて、耳障りなセキュリティーアラームが鳴り響いた。


 アンニュイな午後の空気を、無慈悲にブレイクする、ドラマティックな瞬間。


「「!」」


 二人の表情が瞬時に変わった。

 刑事デカの顔。


「ジャンク屋のタレコミも、たまには当たるじゃん?」

「お前の競馬予想よりは信頼できるな」


「まーたその話かよ。まだ言う?」

「一生言う」


 タンッ!!


 二人は同時に椅子を蹴った。

 身を翻し、テラスを囲む洒落た手すりを軽々と飛び越える。

 数メートルの高さから、コンクリートの歩道へ躊躇なく跳んだ。


 強化された俺たちの肉体に、衝撃などノープロブレム!


 そのままアスファルトを蹴る。

 ダッシュ!

 華麗なるランディング。

 スタイリッシュな足音がストリートにビートを刻む。


 視線の先、高級宝飾店「ジュエル・ド・レーヴ」の前に、人だかりができていた。

 割れたショーウィンドウ。

 眩しく散ったイミテーション。

 鳴りやまぬセキュリティアラーム。


 店から、黒ずくめの集団が飛び出してきた。

 物々しいフルフェイスのヘルメット、ボディアーマー。

 手にはエネルギー銃を構えている。

 明らかに軍用スペック。

 プロの犯行を思わせるハイテク・ウェポン。


「止まれ!」


 エイジが叫ぶ。

 だが、返事代わりに、賊たちは店先のカスタム・エナジーバイクに跨がった。

 流線型、重武装。

 違法改造されたモンスターマシンたち。


 キュルルルル……!


 エナジーエンジン特有の甲高い起動音。

 アスファルトを焦がすタイヤの悲鳴。


 賊のマシンは、一瞬でトップスピードへ。

 プロメレイドのスカイウェイ、煌びやかな摩天楼の谷間を、稲妻のように駆け抜けていく。


 自動運転の高級車両が慌てて回避する。

 歩道を闊歩していたエグゼクティブが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 秩序と虚飾で塗り固められた摩天楼は、一瞬でパニックの坩堝へダイヴした。


「逃がすかよ!」


 エイジとゼロが手首の通信機コム・デバイスをタップする。


「「コール! マイ・スイート・マシン!」」


 転送システムトランスポートの起動サイン。

 次の瞬間、二人の背後の空間が歪んだ。

 ショッキングピンクの閃光が走り、二台のエナジーバイクが実体化する。


 ゼロの愛機「ダンディ・ホーク」

 エイジの愛機「セクシー・マキシマム」


 八十年代の美学と異世界テクノロジーが融合した、ホットでクールな愛しき獣ビーストマシンたち。

 

 ゼロとエイジは流れるような動作でバイクに跨る。

 エンジン点火、イグニッション!!


 ヴォォォォン!!


 力強い咆哮が、バブルシティの空気を震わせる。


「行くぜ、ゼロ!!」

了解ラジャーだ」


 二台のバイクが、弾かれるようにスタートした。

 巻き起こるウィンド。

 二人の髪を、ジャケットの裾を、そして刑事デカソウルを、ワイルドに撫で上げていく。


 ヘルメット?

 そんなものはナンセンス。

 俺たちのスタイルじゃない。


 レッツゴー、バブルシティ!!

 今夜も眠らせないぜ!


 賊のバイクが残したエネルギーの残滓を追い、疾走する二匹の野獣ビースト


 スカイウェイは、極上のローラーコースター。

 アップダウン、タイトコーナー。

 眼下には、ミニチュアの楽園。

 スリルとスピードが、二人の野生ワイルドを呼び覚ます。


「ヒュ~ウ! 速いじゃねえか、連中!」


 エイジが陽気に吠える。

 風を切る音が、ダイレクトに鼓膜を叩く。


 前方を走る賊のバイクが、エネルギー弾を乱射してきた。

 シアンブルーの光弾が、空気を裂いて迫る。


「おっと!」


 ゼロは巧みなハンドリングで、バイクをスライドさせる。

 ヒラリ、ヒラリ。まさにデンジャラスダンス。

 光弾はアスファルトに着弾し、派手なスパークを散らした。


 前方の交差点を、自動運転のリニアバスが悠々と横切ろうとしている。


 エイジは不敵に笑い、止まる気など更々ない。

 バイクを鋭角にバンクさせ、そのままバスの側面に沿うように、グラインド!


 火花が散る!

 乗客の悲鳴。窓ガラス越しの驚愕の表情。


「ゼロ! 援護カバーを頼む!」

「はいよ」


 ゼロはセクシー・ホークにマウントされたエネルギーガンを引き抜いた。

 手放し運転のまま、両手持ちで冷静に照準を合わせる。


 シュバァッ!


 ゼロの放ったエネルギー弾が、正確に賊のリアタイヤを捉えた。

 バイクはスピンし、火を噴きながらガードレールに激突。


「ナイスショット!!」


「まだるっこしい。次だ」


 二人のコンビネーションは完璧パーフェクト

 エイジが前衛でかく乱し、ゼロが後方から精密射撃で仕留める。

 伝説の刑事デカコンビの技は、異世界でも健在だ。


 追いつ追われつのチェイスは続く。

 空中回廊から、リニアトレインの高架下へ。

 ビル建設現場、鉄骨の足場が見えた。


「フッ……!」


 ゼロはダンディ・ホークを加速させ、鉄骨の足場をジャンプ台代わりに翔んだ。

 大胆不敵なエアリアル・ジャンプ!


 闇夜に浮かぶ、ガンメタリックボディ。

 反射するホログラムの光が、まるでスポットライト。


 ガシャァッァァン!!!


 そのまま高級ブティックが立ち並ぶアーケードのクリスタル天井をブチ抜いた!

 砕け散るガラスのシャワー。

 オートクチュールのドレスを着たマネキンが夜空に舞う。


 ラグジュアリーとアナーキーの融合。

 芸術的な破壊の美学。


「失礼。ちょっとばかし散らかっちまった」


 アーケードにランディングしたゼロは軽口ひとつ。

 そのまま何事もなかったかのようにアクセルをふかし、ホログラム広告の間をすり抜けていく。


 行く先々で上がる悲鳴と、割れるガラス。

 バブルの日常が、非日常のアクションステージへと変貌する。


 再びスカイウェイ。

 エイジの追跡から必死に逃げる賊のバイク。

 オイルを撒き、スモークを焚き、あらゆる妨害工作を仕掛けてくる。

 だが、エイジは、それをことごとく突破していく。


「そろそろ、お開きフィナーレといこうぜ!」


 エイジはセクシー・マキシマムのブースターを点火。

 一気に加速!

 凄まじい推進音とともに賊のバイクに肉薄!


「く、来るんじゃねえ!」


「ニイサン。夜遊びにしては派手じゃないの?」


 エイジはしばし並走し、賊に一声かけると、そのまま一気に追い抜いた。


 バキッ!


 飛び降りざまに回し蹴り!


「……ぐあッ!!」


 賊の身体が宙を舞い、バイクから放り出される。


 ガシャァン!

 鉄の塊が無様に転がり大破した。

 派手な火花と共にスモークが空へ昇る。


 スタンッ!


 着地したエイジは、すぐさま通信機を操作し、愛機を転送収納する。


「Good Night!」


 投げキッスで愛機に別れを告げると、裾をなびかせ、獲物へと歩を進める。


 カチャ――ン。


 ハンドカフが、賊の手首に冷たく噛みついた。


「パーティタイムはお開きだ。そろそろお勤めパートタイムの時間だぜ」


 残るはリーダー格の一台のみ!


* * *


「……撒いたか?」


 後方に響く手下バイクの爆発音に、ほっと息をついたリーダー格だったが――


 ――ギュキュキュ!!


 アーケードを突き抜け、ショートカットしたゼロのダンディ・ホークが前方の横道から飛び出してきた!


 キキィ!!


 ブレーキを鳴らし、バイクを急停止させるゼロ。

 リーダー格の進路に立ち塞がり、両手でエネルギーガンを構えた。


「ナメやがって……このまま轢き殺してやるッ!」


 リーダー格はエンジンを唸らせ、猛然と急加速。

 機体の大きさ、重量、装備――全て俺が上回っている!


「…………」


 ゼロは表情を変えず、エネルギーガンのトリガーに指をかけた。


 ドズンッ。


 閃光とともに、一発。

 リーダー格のバイクのエンジン部が正確に撃ち抜かれる。


 バギャァンッ!


 エナジーエンジンが異音を上げ、車体が大きく揺れる。

 蛇行しながらスピードを失い――


 ガシャアッ!


 黒煙を引いて壁に激突。

 リーダー格はシートから投げ出され、アスファルトを転がった。


「……チェックメイトだ」


 ゼロが静かに呟き、バイクを降りる。

 エイジも合流。


「さぁて、お話聞かせてもらいましょうか」


 金属シャッターに背を預けて呻くリーダー格に詰め寄る二人。


 リーダー格のヘルメットはひび割れ、素顔があらわになっている。

 頬を流れる血、震える唇。

 だが、その瞳には狂信的な光が宿っていた。


「クク……ククク……」


 男は血の混じった唾を吐き捨て、不気味な笑みを浮かべる。


「ちょっと遅かったな、衛兵イヌども…」


「何?」


「狂ったフィエスタは、もう終わる……」


 言い終えると同時に、男は口元を歪め、何かを噛み砕いた。

 即効性の毒物。

 男の身体が激しく痙攣し、やがてぐったりと動かなくなった。


「くそッ! 自決しやがった!」


 エイジが舌打ちする。


 ゼロは冷静に、男の懐を探った。

 手のひらサイズのメモリーチップ。

 そして、一枚のメモ。


 そこには、蛇が己の尾を喰らう、「ウロボロス」の紋章。

 そして、走り書きのような文字。


「浄化作戦……?」


 エイジが眉をひそめる。


 ゼロはメモリーチップを自身のコム・デバイスに接続した。

 表示されたのは配管図。

 ルミナス・ハーバーを支える「星脈エネルギー」の複雑なパイプライン。


「まさか……!」


 ゼロの瞳に、かすかな戦慄が宿る。


 その時、けたたましいサイレンと共に、一台のパトロールカーが現場に到着した。

 慌てて飛び出してきたのは、後輩のヒロト。


「ゼ、ゼロさん! エイジさん! ご無事ですか! って、うわぁ! また派手にやりましたねぇ…」


 ヒロトは現場の惨状を見て、青ざめている。


「ヒロト! 緊急事態だ! すぐに管制センターに連絡! 中央パイプライン、特に第七セクター付近の警備を最大レベルに引き上げろ! 急げ!」


 ゼロの切迫した声に、ヒロトは戸惑いながらも頷き、通信を開始しようとした。


 しかし――。


『緊急警報! 緊急警報! 第七セクター付近にて、中央パイプラインの爆発を確認! 繰り返す! 中央パイプラインが――』


 ヒロトの通信機から、悲鳴のような管制官の声が響き渡った。


 同時に、街の空気が変わった。


 フッ…


 プロメレイドを彩っていた眩い照明やホログラム広告が、次々と光を失っていく。

 遠くで、小さなどよめきが聞こえた。

 街全体が、まるで呼吸を止めたかのように静まり返る。


 星脈エネルギーの供給が、止まったのだ。

 このバブルシティの心臓とも言えるライフラインが、断たれた。


 ルミナス・ハーバーの夜景が、急速に闇に沈んでいく。

 虚飾の光が消え、本来の夜の暗闇が街を覆い始めた。


「……マジ、かよ」


 エイジが、闇に染まる街を見下ろし、低く呟いた。


「どうやら、退屈してる暇はなさそうだ」


 ゼロが内ポケットから紙巻き煙草を取り出し、火を灯す。

 煙を一度くゆらせたあと、エイジに一箱投げた。


「本当の仕事パーティは、これからって訳か」


 赤い火が、ふたつ、闇の中で静かに揺れた。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る