第53話 ホアンとデメトリオ、廃される

 デメトリオとホアンの処遇は、一国の王と王子という身分にしては拍子抜けするほどあっけなく決まった。


 カナルを従えて民衆の前に現れたエリアスの姿は、それほどまでに人心をつかんだのだ。


 まさに伝説の征服王を彷彿とさせる少年と聖獣の燦然たる輝きは、誰もがひれ伏さずにはいられないほど強烈な印象を残した。


 英雄の寵臣を先祖に持つバレンシア城伯クロエがエリアスに味方していたこともあり、また王位を奪取される側であるデメトリオとホアンの積み重なった不人気も手伝って、政権の交代はいともたやすく進んだ。


 いつになく一致団結した臣下たちの働きにより、デメトリオは予定を早めて譲位することが、ホアンは王位継承権を失い廃太子となることが決定した。


「そんなことは許さんぞ!」


 デメトリオは怒り心頭で主張したが、ラウルはもちろん聞き入れなかった。


「あなたが許さなくとも関係ない」


「は……?」


 ラウルにけんもほろろに斬って捨てられて、デメトリオは泡を食った。


「あなたの許しなど必要ない」


 かつて氷の参謀と呼ばれた異名を体現するような凍えた目で、ラウルは冷たく言い放つ。


「わ、私が征服王フェルナンドの子孫として、いかにこの国を思い、身命をとして尽くしてきたことか! 私の長年の功績をなんと心得──」


「──新王の即位に異論ある者、先王と廃太子に味方せんと思う者があれば今ここで名乗り出よ」


 そう諸官に向けて呼びかけたのはクロエだった。


「遠慮はいらぬ。先王のために命を捧げたいと願う忠義の者は進み出よ。己の正義と良心に照らし、仕えるべきと信じる主君を守るがいい」


 しかし名乗りを上げる者も、動こうとする者すらいない。クロエは薄く苦笑した。


「なるほど、先王陛下。あなたの"長年の功績"とやらは実に正当に評価されているようだ」


「くうっ……!」


 デメトリオはギリギリと奥歯を噛んだ。


 自業自得というべきか、日ごろの行いの結果というべきが、それだけ不満と不安と不信を積み重ねてきたせいというべきか。デメトリオやホアンがいくらわめこうと、彼らを支持しようとする忠義者はいなかった。


「──国王陛下。改めてごあいさつ申し上げます。宮中伯の座を預かっておりますソレルと申します」


 ソレル宮中伯は改めて名乗り、エリアスに向かってうやうやしく礼を取った。


「陛下。臣下一同、これよりあなたに忠誠を誓います──」


 背後に付き従う部下たちもみなソレル宮中伯に倣い、一斉に頭を垂れた。


 そこに見苦しく割って入る声がある。デメトリオだ。


「待て! エリアスは王孫であるぞ! エリアス、おまえは帝王教育も受けてはいないだろう? 私が祖父としておまえを導いてやろう!」


 デメトリオは自身がエリアスの祖父だと声高に主張したが、エリアスの目はますます氷点下にまで冷え込んだ。


 デメトリオも一度は譲ると決めたはずの玉座にしがみつこうと無駄な抵抗を続けていたが、ホアンもまた往生際悪く逆らい続けた。


「僕は王子で、父上は国王だぞ! なぜ廃されなくてはいけないんだ!」


「──"君主も法の支配を受けねばならぬとの原理を確立したのは征服王フェルナンドである。君主は主権を有するが、その権限は法規によって規制され、民の権利は保護される"」


「な、なんだ、それは……?」


 さらっと暗唱したエリアスをぽかんと見つめて、ホアンは目を点にした。


「法学の基本中の基本だよ。僕は一歳の時から知ってる」


 エリアスは淡々と、デメトリオとホアンから実権を剥奪し、かわりに遠方にある離宮の一つを与えると告げた。


 数代前の王が気まぐれで建造したものの、辺鄙さと不便さからほとんど使われることなく打ち捨てられた離宮。二人はそこで半永久的に蟄居ちっきょするということだ。


「民の権利を守るためならば、君主であっても法規の支配を受けなくてはならない。──法の大原則だ」


 この言葉が、エリアスが実父とかわした最後の会話となった。

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