第32話 エリアス、逡巡する
孫のあざとい謝罪を前に、祖父たちはあっという間に陥落したが、母のアスセナだけは表情を硬くした。
「エリアス、ちょっといらっしゃい」
アスセナはエリアスを手招きし、別室で二人きりになった。無断で領地を出たことを叱り、どれほど心配していたかを伝えると、エリアスも素直にうなずいて母に詫びる。
アスセナは心配そうにエリアスをのぞき込んだ。
「……あなたが何かを悩んでいるように見えるの。エリアス、何かあったの……?」
「……」
エリアスは黙ってうつむいた。
──金の髪は王族の色。カナルを狙って襲ってきたならず者たちはそう言っていた。
王家はこの国で最も身分の高い一族。エリアスの父親が本当に王族ならば名誉のはずだ。
それなのに母は父と結婚しなかった。祖父は栄誉ある宮中での官職を辞した。エリアスの父親はそうまでして関わりたくない男なのだ。
(僕の……父上は……)
本当は母に尋ねたかった。自分の父親は誰なのか。自分はいったい誰の子なのか。
けれど聞けなかった。エリアスは子供だが、母や祖父が父について語らないのは相応の理由があってのことだと、気付かずにいられるほど愚かではなかった。
「……母上」
ただ言葉を絞り出すだけで、喉の奥が締めつけられるように痛い。エリアスはぎゅっと手のひらをにぎりしめて、絞り出すように尋ねた。
「……母上は……ベルトランに来る前、悲しい思いをしたの……?」
いつも優しくて穏やかな母の内側には、自分の知らない壮絶な過去がある。
自分の出生より何よりも、エリアスにはそのことが辛くて仕方なかった。
「エリアス……」
アスセナは息を飲んだが、なぜそんなことを聞くのかとは問わなかった。エリアスの震える手を取って、静かに言った。
「エリアス。本当に悲しかったことは、決して消えないの」
「……本当に……悲しかったこと……」
「ええ。本物の苦しみは誰とも分かち合えない。負った傷は癒えないかもしれない。それでも側にいる人に支えられ、助けられて生きていくの」
誰かが自分のために怒ってくれたり、涙してくれること以上に、心が救われることはないのだ──とアスセナは語った。
「以前、お父様が言ってくれたことがあるの。私が生きているだけでいいと」
かつてアスセナが絶望の底に沈んでいた時、父のラウルは言っていた。──私にとっておまえよりも大事なものはない、と。
『優秀でなくていい。立派でなくてかまわない。私はおまえがいてくれるだけでいいんだ』
刻まれた傷は治せない。本物の苦痛は乗り越えられない。悲しかったことが悲しかったことでなくなる日は永遠に来ない。
けれど父が寄り添ってくれた事実が、アスセナに前を向かせてくれた。父がしてくれたように我が子に愛情を注ごうと、そう決意させてくれた。
「あなたの強さも、賢さも、全部私の誇りよ。エリアス」
──でも、とアスセナはかぶりを振った。
「強くなくても、賢くなくても、あなたは私の大切な宝物」
優しく頭を撫でると、エリアスの金の髪がまぶしく光を弾く。
これまで幾度もこの髪色を変えようと試みたが、どんな染め粉を使っても純金の色は少しも褪せなかった。
余りにも鮮やかな金無垢の輝き。この目立つ髪のために、エリアスはこの先の人生で悩むかもしれない。苦しむ時が来るのかもしれない。
けれど、何があっても忘れずにいてほしい。
「あなたを産んだことを後悔したことは一度もないわ。エリアス、私の愛しい子」
エリアスを見つめるアスセナの笑顔は、消えない痛みを抱えているからこそ、心を打つほど美しかった。まるで不純物を内包しているからこそ価値の高い
「……うん……!」
母の無償の愛に包まれながら、エリアスはそっとうなずいた。
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