第17話 おじさんとおじさんともふもふ、孫育てをする②

 赤子にも個性がある。


 よく泣く子もいればほとんど泣かない子もるし、よく寝る子もいればなかなか寝ない子もいる。


 エリアスはよく泣いてなかなか寝ない子だった。難易度が、難易度が高い。


 昼夜の区別なく、寝たり起きたりをくりかえした一ヶ月。


 少しずつ顔も体もふっくらし出し、首も座り始めた二ヶ月。


 そして三ヶ月。エリアスは生まれた時の倍近くまで体重が増え、哺乳量も多くなった。


 世話もどんどん楽になってきた──と言いたいところだが……残念ながらそんなことはなかった。


「ふぇ……ふぇぇ……!」


 最近のエリアスは夕方になると決まってぐずり出す。それも一度泣き出すと止まらず、火がついたようにギャン泣きするのだ。


 何をしても泣きやまなくて、ラウルとオズヴァルトは途方に暮れた。


「なぜ泣いているんだ……!?」


「どうすればいいのかわからん……!」


 暑いのか、寒いのか、眠いのか、空腹なのか、満腹で苦しいのか、どこか痛いのか。


 想像してあれこれと対処してみるも、どれもこれも効果がなく、今日も連敗に連敗を重ねるラウルとオズヴァルトだった。


「旦那様、三ヶ月の壁というやつですよ」


 悩む二人に、ソフィアがそう教えてくれた。


「三ヶ月の壁……?」


 ソフィアが言うには、このくらいの月齢の赤ん坊は何をしても泣き続ける時がしばしばあるらしい。


 なぜか夕暮れの時刻になると大泣きするので、黄昏たそがれ泣きとか、コリックとか呼ばれているのだとか。


 名称がつくということは決してめずらしい話ではなく、乳児あるあるなのだ。


「そうか、三ヶ月の壁か……!」


「つまりこの壁を乗り越えれば、もっと楽になるというわけだな……!」


「甘いです旦那様」


 希望を見いだしたラウルとオズヴァルトだが、ソフィアは厳しく首を振った。


「これはほんの序の口です。生後半年を過ぎたら離乳食の壁、自分で移動するようになる八ヶ月の壁、もちろん一歳の壁もありますし、二歳のイヤイヤ期は壮絶そのもの、三歳は悪魔の時期とも言われていて……」


「壁、多っ!」


「越えても越えても壁っ!?」


 三ヶ月は壁の中でも最弱。倒してももっと強大な壁が待ち構えているらしい。試練、多すぎる。

 

「城塞王国と名高い敵国を攻めた時も、ここまで何重もの壁が立ちふさがっていたことはなかったぞ……?!」


 オズヴァルトは強面こわもての顔を愕然とさせて戦慄した。


「はぁ……先は長いな……」


 自分たちの戦いはまだ始まったばかりだと悟り、気を引き締めるラウルだった。




◇◇◇




 今日も今日とて、格闘の末にエリアスを寝かしつけた後。


 ラウルとオズヴァルトはお互いの健闘を称えあった。


「なかなかやるな……オズ」


「おまえこそな……ラウル」


 二人は長年の友人だが、今ほど互いを相棒だと実感したことはない。


 一人では手に余る子育てを共に担ってくれる同胞は、まさに戦友の名にふさわしかった。


「ラウル、揺れているぞ」


「はっ!」


 オズヴァルトに指摘されて、ラウルははっとした。


 今はエリアスを抱いていないのに、癖でついゆらゆらと揺れてしまっていた。


「オズ、おまえこそ何をポンポンしてるのだ?」


「はっ!?」


 オズヴァルトもはっとした。もうエリアスは寝ているのに、つい癖でポンポン叩いてしまっていた。


 二人ともすっかり子育てしぐさが体にしみつていると痛感した時だった。


「……ん! ふぇぇん!」


「エエエリたぁん! 今行きまちゅよぉ!」


 あっという間に目覚めたエリアスに呼ばれて、二人は子供部屋に急行した。


 いつもならもっと長く眠ってくれるはずなのに、今夜のエリアスは一段と手ごわい。


「くっ……最後の手段だ!」


 二人がかりでも歯が立たず、ラウルはついに助っ人を召喚した。


「来てくれ! カナル!」


「わんっ!」


 呼ばれたカナルが勇んで駆けてきた。エリアスに向かって、吠えるというよりまるで話しかけるかのように鳴く。


「わふっ! わふわふっ!」


 カナルが長いしっぽをメリーのようにくるくる回したり、真っ白の毛並みを小さな手に触れさせたり、全身でエリアスをあやしているうちに、エリアスの泣き声は徐々に小さくなっていった。


「わぅーん……」


 カナルが優しく鳴きながら、ふわふわの顔をエリアスのすべすべのほっぺに擦り付けると、エリアスは泣き止み、にこっと笑顔になった。


「「よくやった、カナル!!」」


 ラウルとオズヴァルトはカナルを褒め称えた。


 カナルはめすだ。母性本能なのか、エリアスを非常に可愛がってくれる。


 余りにも役に立つので、最近ではカナルなしの育児が考えられなくなってきたくらいだ。


「ああーう」


 エリアスが小さな両手を伸ばすと、カナルは自分から撫でられに寄ってきた。愛おしそうにエリアスを見つめて、一緒にころんと寝転がる。


「はぁん……! きゃんわいいぃ……!」


「エリたんとカナたんのツーショット、可愛いが過ぎるぅ……!」


 赤ちゃんともふもふ。最高に最強な組み合わせだ。このペアは天下を取れる。


「キュートでプリティぃ……!」


「ラブリーでスイートぉ……!」


 尊い光景を浴びて、ラウルとオズヴァルトは悶絶した。


 育児疲れが一瞬で吹き飛ぶようだ──と思った時だった。


──ドバァッ!


 エリアスが大量のミルクを吐いた。


 噴射と言っていいほどの見事な吐きっぷりだった。本人の服はもちろん、ベッドのシーツまで甚大な被害が及んでいる。


 エリアスはすっきりしたようでご機嫌に笑ったが、至近距離にいたカナルは頭からもろに噴射を浴びて、しょぼしょぼと肩を落とした。


「くぅーん……」


 カナルがいくら役に立っても、犬は犬。


 大惨事を前に、ラウルは吹き飛んだはずの育児疲れが熨斗のしをつけて返ってきたのを感じた。


 その後、ラウルは孫の着替えと洗濯、オズヴァルトは掃除と犬洗いに追われたのだった。 

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