私にだけ冷たい王子様

luna - ルーナ -

01

 私の婚約者のノーアル殿下は私にだけ素っ気ない。今日も憂鬱な気分で一週間に一度の交友を深めるためのお茶会。

 王宮で開かれるお茶会は薔薇の香りに包まれて、庭園で行われる。

 話しかけても「ああ」しか言わない。他の方とは楽しそうに会話をしているのに。私と話すのも嫌なくらい嫌いなら婚約を白紙にすれば良いのに。


 無言のお茶会が始まった。

 何だろ? ノーアル殿下の肩に可愛い猫さん……? 猫さんなんだけど。猫さんとも呼べない。羽が生えているわ。もしかして、猫さんのぬいぐるみを肩に乗せているの? それは無いわよね。あら、猫さんが何かを書き始めたわ。

(今日も俺の婚約者が天使のように可愛い)

「え」

「どうしたんだ? ローズマリー」

「いいえ、何でもありませんわ」

 また、猫さんが何かを書き始めたわ。今度は何かしら?

(驚いたマリーも天使!)

「マリーって誰ですか?!」

「――え、あ、う、あ」

 ノーアル殿下は何を言っているのかわかりません。「ああ」以外の言葉を久しぶりに聞いた気がします。

 慌てたように猫さんが何かを書き始める。

(何故!? ローズマリーが俺がひっそりとマリーと呼んでいることを知っている?!)

 字が少し乱れている。そして、何故か猫さんが泣きそうになっている。私が虐めているみたいじゃないの。心が痛むわ。

「ノーアル殿下は、私の事嫌いではないですか? 私が話しかけも"ああ"以外聞いたことがありませんわ」

「嫌いなわけない」

(寧ろ、好きすぎて何を話して良いかわらないだけだ!!)

「では、私の事、好き何ですか?」

「……いや、――」

(好きじゃなく、あああ愛しているんだ)

「やっぱり、お嫌い――」

 猫さんがまた何か慌てた書き始めたわ。

(ローズマリー様、嫌いになられないで! ノーアル殿下はツンデレです)

「ツンデレ!?」

 本で読んだことありますわ。普段、ツンツンしてそっけないのに、ふたりきりになるとワンちゃんみたいにデレとなる、アレですか? だけど、デレった姿は見たことありません。そんな事を考えていると、猫さんが何かを書き始める。

(ローズマリー様の写真を眺めながら誰もいない場所でひとりでにやけています)

 猫さんに気を取られて、聞こえていなかった。だって、それは、それで、怖くありませんこと?

「愛しているんだ」

「え?」

 これでもかと言うぐらいに真っ赤に顔を染めるノーアル殿下。

「ごめんなさい。聞こえませんでしたわ」

「なっ?」

 猫さん、ノーアル殿下の心の声らしきものを伝えづけていた。

 やっぱり、そっけないけど、猫さんが文字で伝えてくるので、恥ずかしくなてくる。


 今日は珍しくお昼を一緒に食べている。

(ああ、玉子が羨ましい!)

 この玉子が食べたいってことかしら。それなら言えばいいのに。ノーアル殿下って玉子が好きだったのね、知らなかったわ。

 玉子を勧めようとしたら、猫さんの文字を見て固まった。

(栄誉分となり、血となり、肉となり、マリーとひとつになれる)

 意味が解らない。怖すぎる。澄ました顔をしてなに恐ろしいことを考えているのよ。貴方の頭の中どうなって……頭の中だったわ。

(小鳥か。口が小さい。かじり跡も小さいリスが食べたようだ)

 いいえ。大口開けて食べたら怒られるからよ、はたしないと。

(あの唇に噛み付いたらどんな味がするだろうか)

 痛いし、やめて。血の味しかしないと思うわ。

(潤んだ瞳で睨まれるのもいいな)

 ……。変態なのかしら。睨むより殴るわよ。

 猫さんの動きが途中で止まったわ。どうしたのだろう。観察していると、紙と筆を投げ怒り出した。紙と筆は消えているし、何を書いたのか解らないけど、ノーアル殿下に猫パンチをしている。可愛い。本当に何を考えたのかしら、気になる。

「……虫か?」

 いいえ。貴方に取り憑いている猫さんです。

 猫さんが片手で祓われて、コロコロと転がるように飛んでいきそうだったので片手を上げてキャッチをした。

「ん? どうした?」

「いいえ、何でもありませんわ」

「そうか?」

「ええ」

 手のひらを見てみると瞳を潤んだ猫さんがいた。怖かっただね。

 あら、だけど、猫さんは、お仕事を始めた。一所懸命にノーアル殿下の心の中を伝える、この猫さんはノーアル殿下とどんな繋がりがあるのだろう。

(次は何を食べるんだ)

 食べづらい。

「ノーアル殿下」

「どうした?」

「そんなに見られたら食べづらいですわ」

「ああ、そうか。そうだよな」

 これで少しは静かになるかしら。

(怒った姿も天使は可愛い。かわいい。かわいい。かわいい。かわいいぞ!! 可愛いすぎる! 俺の天使!! 天使マリーが可愛い)

 殿下の頭の中を止めるより、猫さんを止まるべきかしら。


 お昼に一緒に帰る約束をしたけど、囲まれているから無理そうね、と諦めよとしたけど、猫さんが私に気づいた。

 猫さんの行動に興味を持った私はそのまま見守ることにした。最近は楽しみでもある。

 お昼の時間に学習したのか、今回はノーアル殿下の髪の毛を引っ張っている。たぶん、私がいる事を伝えようとしているのだと思うけど、……一所懸命、髪の毛を張っている猫さんが可愛い。

 あ、転がったわ。……髪の毛が抜けたのかしら。ここからじゃ解らないけど、とっても焦って慌てているわ。可愛いけど。もし、髪の毛だとして、戻そうとしても戻らないわ。諦めなさい。中に押し込めよとしないで、私を笑い死にさせる気ですか。笑いを堪えるのに必死なんですが。

 くるりと振り返り。

 あら、こっちに来るわ。

 猫さんの手にはノーアル殿下の髪の毛が2、3本。

 ……やっぱり、髪の毛が抜けたのね。

 潤んだ瞳で見つめられても、そんなものいらないわ。捨てなさい。

 見つめないで。見つめないで。お願いだから見つめないで。そんな顔で見つめられた私が降りるしか無いじゃない。

 私は欲しくないノーアル殿下の髪の毛を猫さんか受け取った。

 猫さんは、嬉しそうに頷いて、また、ノーアル殿下の方へ飛んでいた。

 また、ノーアル殿下の髪の毛を張っているけど、抜けないよね? 要らないわよ。

 また、コロコロと転がって、戻らないと解った猫さんは一直線にノーアル殿下の髪の毛を私に持ってきた。瞳をうるうるせて見つめる猫さん。確信犯かしらね。

 要らないけど受け取るしか道はない。

 私に気づいたノーアル殿下はやっぱり顔は無表情のまま。猫さんによると、嬉しいらしい。

 文字ではなく大きなハートマークがいつくも書かれていた。この猫さん、何者なのかしら。

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