転移エルフ 異世界から日本に転移してきたのだが・・・?
六六-B
第1話エルフ、花南市に立つ……?
潮風が頬を撫で、海の匂いが鼻腔をくすぐる。
波の音が遠くで響き、金色の長い髪がそよぐ。
男は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「海……? いや、森ではないな」
碧眼を開くと、そこは見知らぬ世界だった。
足元は石のような硬い地面、だが石ではない。
灰色の、まるで魔法で固められたような道だ。
辺りには四角い建物が並び、色とりどりの看板が目に入る。
遠くに海がきらめき、巨大な鉄の船が浮かんでいる。
空には白い鳥が「カー」と鳴きながら飛ぶ。男は首を傾げた。
「ここは……エデンではない?」
男の名は、アエリノールとカルエヴァンの息子、ヴェルティラス・サリオス・ルナリエット・エスメリオン。
齢1000年のハイエルフだ。
物静かな声はどこか浮世離れし、色白の肌、鋭く整った顔立ち、金髪碧眼の美貌は、まるで絵画から抜け出したよう。
エデンの森で剣術、魔術、弓術を極め、静かに生きてきた。
ついさっきまで、新魔法の研究に没頭していた。
空間を操る禁術の実験中、魔力の奔流に飲み込まれ……気がつけばここにいた。
「転移……? 失敗したのか?」
緑のローブと革製のチュニックはそのままだったが、腰に下げていた剣と弓は消えている。
代わりに、ポーチには魔術の触媒となる草花の種が残っていた。
「剣がない……? ふむ、だが、種は残っているな」
種を握りしめ、辺りを見回す。
建物の上部には、ガラスらしき透明な板がはめ込まれ、奇妙な光が漏れている。
道を走るのは、馬車ではなく、鉄の箱のような物体。
まるでゴーレムだ。男は眉をひそめた。
「この世界……何とも奇妙だ……?」
その時、背後から声がした。
「おい、そこの金髪の兄ちゃん! 道の真ん中で突っ立ってると邪魔だぞ!」
振り返ると、日に焼けた顔の老人が、奇妙な二輪の鉄の乗り物にまたがってこちらを見ていた。
作業着姿で、額に汗が光る。男は一礼し、丁寧に答えた。
「失礼した。私はアエリノールとカルエヴァンの息子、ヴェルティラス・サリオス・ルナリエット・エスメリオン。森の守り人だ。そなた、この地を何と呼ぶ?」
老人は目を丸くし、耳に手を当てた。
「はぁ? なんて? モリ……ヒト? 森の守り人? ハハッ、変わった名前だな! ここは花南市だよ、兄ちゃん。観光客か?」
どうやら、長い名前は聞き取れなかったらしい。
1000年生きてきたハイエルフにとって、名前など些細なものだ。
「モリヒト……? ふむ、この地は花南市か。私は観光ではなく、転移してきたのだ。この世界の仕組みを知りたい」
「転移!? ハハハ、兄ちゃん、面白いこと言うね! しょうがねえなぁ、ちょっとついてきな。腹減ってるだろ? 俺は源さん、よろしくな!」
源さんは豪快に笑い、二輪の乗り物を押しながら歩き出した。
男は一瞬考え、従うことにした。この老人、悪い人間ではなさそうだ。
花南市、最初の食事
源さんに連れられてたどり着いたのは、こぢんまりした食事処。
看板には「海鮮丼」と書かれ、店内には地元の人間たちがひしめいていた。
男は入口のガラス戸に驚き、指でつついてみた。
「これは……ガラス? だが、こんな薄く均一なものはエデンにはない……?」
「おい、モリヒト、ボケッとすんな! 入るぞ!」
源さんに促され、店内に足を踏み入れる。
源さんが頼んでくれた「マグロ丼」を前に、男は奇妙な木の棒を渡された。
二本の細い棒。フォークでもスプーンでもない。
「これは……? 武器か?」
「ハハ、武器じゃねえよ! 箸だ、箸! こうやって持って、食うんだ!」
源さんが器用に箸を動かして見せる。
男は真剣に観察し、試してみた。だが、箸は指の間で滑り、マグロが丼からポロリと落ちる。
「む……この箸、扱いが難しい……?」
店内の客がクスクス笑い、源さんは腹を抱えた。
「しょうがねえなぁ、モリヒト、慣れるまで手で食ってもいいぞ!」
男は一瞬考え、手でマグロを口に運んだ。瞬間、碧眼がキラリと光る。
「なんと……! この味わい、まるで海そのものだ! 素晴らしい!」
「だろ? 花南のマグロは絶品だ! 気に入ったなら、イカ刺しも頼んでやるよ!」
源さんは上機嫌で追加注文。
男は、1000年の知識を総動員し、魚の生態や海の循環について語り始めた。
客が「なんだこのイケメン、魚にマジ語りしてんぞ」とざわつく中、ふと窓の外を見た。
そこに、小さなスズメが止まっていた。男は微笑み、心の中で呼びかけた。
「お前、この地の住人か?」
スズメがピョコッと首を振って答えた。
「よぉ、新顔! 俺はファルケン、静かなる翼のファルケンだ。
この街、悪くねえぜ。で、お前、なんでそんなキラキラした見た目してんだ?」
このスズメ、ただ者ではない。動物と会話できるハイエルフもただ者ではないが。
「私は森の守り人だ。転移してきた。この世界、興味深いな」
「転移!? マジかよ、そりゃすげえ! まあ、花南は平和だから、ゆっくり楽しめよ。ほら、あの食事処の魚、最高だろ?」
ファルケンの言葉に、男は小さく笑った。スズメなのに妙に人間臭い。気に入った。
市役所と「森野森人」の誕生
食事の後、源さんは「転移してきたなら、まず住民登録だ!」と男を市役所に連れて行った。
建物は石のような素材でできているが、表面が不自然に滑らかだ。男は壁を触り、首を傾げた。
「この素材……石か? だが、こんな均一なものは……?」
「モリヒト、ボケッとすんな! コンクリートだよ、コンクリート! 入るぞ!」
コンクリート? 奇妙な名だ。
建物の中は、ガラスの窓と、魔法のような光を発する天井。
エデンの城とはまるで異なる。
窓口にいたのは、眼鏡をかけた若い女性、夢野フミ。
彼女は書類を整理しながら、ぼーっと窓の外を眺めていた。
そこに、源さんと男が現れる。
「よお、フミちゃん! この兄ちゃん、転移してきたってんで、住民登録頼むぜ!」
「転移!? 源さん、また変な冗談……って、うわっ!?」
フミが男を見た瞬間、目がキラキラと輝いた。
金髪碧眼、緑のローブに身を包んだエルフのような美貌。
彼女の脳内で、異世界小説の主人公が爆誕する。
(こ、この人……! エルフ!? ハイエルフ!? 森の守護者で、1000年の時を生き抜いた孤高の剣士……! これは推せる!)
フミの妄想が暴走する中、男は丁寧に頭を下げた。
「私はアエリノールとカルエヴァンの息子、ヴェルティラス・サリオス・ルナリエット・エスメリオン。森の守り人だ。そなた、書類の管理人か?」
「ふぇっ!? え、えっと、名前、長っ!? はい、私、夢野フミ、よろしくです! 転移って……?」
フミの声は上ずり、顔は真っ赤。男は首を傾げた。
「転移だ。エデンからこの花南市に。詳細は……まあ、複雑だ」
「エデン!? うわ、めっちゃ異世界! 推せる!」
フミは心の中で叫びながら、書類をガタガタ落とした。源さんが笑いながらフォローする。
「しょうがねえなぁ、フミちゃん、落ち着けよ! 兄ちゃん、名前は長いから、モリヒトでいいよな? 森野森人で登録しとこうぜ!」
「森野……森人? ふむ、それで構わぬ」
こうして、男は正式に「森野森人」として花南市の住民になった。
フミは書類を処理しながら、チラチラとモリヒトを盗み見。
彼女の推し認定は、もはや確定だった。
花屋での新生活
源さんのツテで、モリヒトは地元の花屋「花の風」で働くことになった。
店主は穏やかな中年女性で、モリヒトの植物への愛を感じ取ったのか、即採用してくれた。
「モリヒトさん、見た目はまるで外国の貴族なのに、植物への愛は本物ね! よろしくね!」
モリヒトは微笑んだ。エデンでは森を守るのが使命だった。
この世界でも、植物と共に生きるのは悪くない。
仕事は簡単だった。
花に水をやり、剪定し、客に売る。
だが、モリヒトの能力が発揮されるのは、植物と心を通わせる時だ。
萎れかけたバラに手を当てると、みるみる花びらが鮮やかになり、店主は目を丸くした。
「モリヒトさん、まるで魔法みたい!」
「魔法ではない。植物との対話だ……?」
店主は笑って流したが、モリヒトの心は軽くなった。この世界でも、彼の力は役に立つらしい。
VRMMORPGの誘い
花屋での仕事が軌道に乗り始めたある日、フミと彼女の幼馴染・朝野漁(リョウ)が店にやってきた。
リョウは漁師の若者で、明るい笑顔がトレードマーク。モリヒトを見ると、気さくに話しかけてきた。
「よお、モリヒトさん! 花屋、めっちゃ評判いいっすね! さすが森の守り人!」
「リョウ……? そなたの笑顔は海のようだ。良い気質だな」
「ハハ、そりゃどうも! なあ、実はさ、フミちゃんと一緒にVRMMORPGやってみねえ?」
「VR……MMORPG? それは何か?」
モリヒトの問いに、フミが目を輝かせて説明する。
「ファイナルラストエデンフィナーレNEXT2、略してN2! 世界的に大人気のゲームで、異世界を冒険できるんです! ステータスとかスキルとか、エルフとか……その、モリヒトさんにぴったりかと!」
「エデン……?」
モリヒトの眉がピクリと動いた。エデン。それは彼の故郷の名だ。
興味を引かれた彼は、二人に連れられてリョウの家へ。
そこには、奇妙な頭部装着型の装置が準備されていた。
モリヒトはそれを見て、警戒心を隠せなかった。
「この装置……魔道具か? 頭に装着するとは、魂を抜く呪いではないのか……?」
「ハハ、モリヒトさん、めっちゃ警戒してるじゃん! ただのVRギアだよ、安心して!」
リョウの笑顔に押され、モリヒトは渋々装着した。
N2、衝撃の再会
装置が起動し、意識が仮想世界へ飛ぶ。
モリヒトの目の前に広がったのは、緑豊かな森と、遠くにそびえる山脈。
ステータスウィンドウが浮かび、剣術、魔術、弓術のスキルが表示される。彼は息をのんだ。
「これは……エデンそのものだ!」
ステータスを確認すると、職業は「ハイエルフ・森の守護者」。
スキルもエデンでの能力がそのまま反映されている。モリヒトは、懐かしさと興奮に胸を高鳴らせた。
チュートリアルエリアで、さっそく森を探索。
すると、NPCのウサギが話しかけてきた。
「おい、そこのエルフ! この森、最近ゴブリンがウロついてんだ。ちょっと退治してくれよ」
モリヒトは真剣な顔で答えた。
「ゴブリン……? 森を荒らす者か。許さん」
「いや、気合い入りすぎだろ! チュートリアルだぞ、軽くやれよ!」
ウサギのツッコミに、フミが爆笑。リョウも声を上げた。
「モリヒトさん、マジすぎ! こんなこと言わせんなよモリヒトさぁん!」
モリヒトは首を傾げた。
「軽く……? 森を守るのに、軽さなど不要だ」
こうして、モリヒトのN2ライフが始まった。
ゲーム内の森を守るため、ゴブリンを一撃で倒し、NPCに「やりすぎだろ!」と突っ込まれる彼。
フミは「推せる!」と叫び、リョウはツッコミのたびに「こんなこと言わせんなよモリヒトさぁん!」を繰り出す。花南市の日常と、N2の冒険が、モリヒトの新たな生活を彩っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます