第37話 素直に
〈sideルーク〉
あれから、どれだけの時間がたっただろう。何人の屍が積み重ねられただろう。しかし、依然として僕の目の前には化け物が鎮座していた。複数の目で僕をにらみつけてくる。積み重なる屍は確実に、着実に、僕の精神を追い詰めていく。痛みなんてものにはもう慣れてしまった。
「すてーい!」
突然そんな声が聞こえてきたかと思えば、僕の頭に衝撃が走る。
「精神に異常をきたしているかもしれません。医師の受診を勧めます」
「誰のせいだと⋯⋯」
フィーアにしばかれたおかげで、正気を取り戻した僕は他人事なフィーアの言葉に愚痴をこぼす。ちなみに、積み上げられた屍は全部僕です。
「まあまあ、魔物を相手にする訓練も必要だからさ!」
「あんな魔物がいてたまるか!」
おっと、口が乱れてしまった。だがまあ、精神を崩壊まで追い詰め、生き返るとはいえ、夢の中とはいえ何人もの僕の命を奪ってきたフィーアに切れてしまうのは当然だろう。
「おお、すごい恨みですな⋯⋯」
それが自分に向けられていると自覚しているのだろうかこの少女は。
「私にとっては何の脅威でもないしね」
まあ、フィールと互角以上の実力を持つフィーアにとって、僕からの呪いなんて何でもないんだろうけど。
「フィーアっていったい何者?」
フィール並みの実力をもっていて、同じ姿をした存在。今改めて考えてみると謎な存在だ。
「君が想像する最強かなぁ?多分」
僕にとっての最強のイメージがフィールだったからフィールの姿をしていると。まあ、フィーアに何者かと聞いたところで、夢の人物に何者かと聞いているようなもので具体的な答えが返ってくるようなものではないんだろうけど。
「なんで、こんな性格なのか」
「お?もう一体追加が欲しいか?」
「いりません!」
とんでもない提案である。僕という屍が二倍積み上げられることになってしまう。
「まあ、流石にそこまではしないけどっと」
フィーアはそう言いつつ、手を軽く振る。すると、周囲に魔法陣が浮かび上がり、僕を殺し続けた魔物に火、水、風、土など様々な何かが飛んでいく。
そうして、僕の因縁の相手は一瞬にしてその姿を塵に変えた。つまり、つまりフィーアは、あの化け物以上の化け物⋯⋯。体が思わず震えてくる。あれと毎夜戦わないといけないのか⋯⋯。
「別に、他の魔物でもいいけど?代わりに百くらい一気に出すよ?」
ひどくないですかね?
「自業自得でしょう」
「まあ、それはともかく、どんな相手でも出せるの?」
「君か私にある程度の知識があれば、だけどね」
「なるほど。だったら、出してほしい相手がいるんだけど⋯⋯」
そうして、フィーアに僕が戦いたい相手を告げるのだった。
「分かった。⋯⋯君が何をしようとしているのかは分かるけど、いくら君でも相当難しいよ」
「上等だよ」
もう二度と後悔がないように、できることはしないといけないから。
そうして、それから僕は目を覚ました。
「おはようございます」
「おはよ」
夢の中でも訓練していたわけだけど、案外休むことはできているようで疲労感はない。感じていなかっただけで、ダンジョンから帰ったばかりの時は相当に疲労がたまっていたんだろうな。思っていたよりも体が軽くなっていた。
「お疲れだったみたいですね」
僕が、軽く体を伸ばしているとフィールがそんな声をかけてきた。
「だね。案外疲れがたまってたみたい」
「いきなりあんなことをやったんです。慣れないことをしたら疲れるのは当然かと」
「次はあんな状態にはならないと思うよ」
あの時は、他人との感覚がつながるという体が想像すらしていないような行動をしたから起こったのだろう。というか、考えられることはそれくらいしか思い浮かばない。
フィーアに会ったことも理由の一つなのかもしれないが、彼女は僕の最強像だと言っていたから、あの時生まれた存在ではないだろう。それに心の中で会う、それだけで消耗するとはさすがに考えにくい。
「一応、どこか安全な場所で試しておいたほうがいいかもしれませんね」
「それはそうかもね。必ず倒れないって言えるわけでもないし」
大丈夫だとは思うけど、根拠があるわけでもない。一度、あの技についてはどういう技なのかもう少し調べておいたほうがいいだろう。フィーアが言っていたフィール以外に使えない理由も分かるかもしれないし。
「それでは、次の街はどこにするんですか?」
「えっとね⋯⋯」
ここから近いダンジョンのある街はどこになるっけ?僕は頭に地図を浮かべて考える。
「ここから一番近い行っていないダンジョンはレグルにあるダンジョンだったかな?」
僕らの目的は、フィールの体を集めることだ。フィールはずっと昔に、体をバラバラにされて各ダンジョンに封印された。フィールを封印するためにダンジョンを作ったというほうが正しいか。
ともかく、そんなダンジョンをめぐってフィールの体を集めて戻そうという僕の考えから始まった旅だ。
「次はそこに行く予定ですか?」
「そうなるね」
とはいえ、今までと違ってここからレグルの街まではかなりの距離がある。おそらく、今回の道のりは数週間はかかると思ったほうがいいだろう。とはいえ、フィールがいないとすれば数か月はかかる道なのだけど。
「じゃあ、軽く準備してから出ようか」
フィールがいれば基本、衣食住には困らない。⋯⋯衣は無理かも。
ともかく、肉も道中で狩れば得られるし、飲み水も魔法で出すことができる。魔法使うとのどを潤す以上の消耗をするような気がするのだけど、フィール曰く、一から作っているわけでもないからそこまで消耗はないらしい。まあ、仮に魔法で作ることができなくても、空間収納から出せば数か月、下手をすれば数年は生き延びられるだけの水はあるらしい。いつ汲んできたのだろう。
だから、僕らに基本準備する必要のあるものはない。持っていくとしても、数日分の衣服と調味料くらいだろう。後者はなくても問題ない。というか、塩以外は基本僕ら以外の冒険者は持って旅はしちゃいない。
「ですね。なら、軽く街を見て回ってから出ましょうか」
「そうだね。じゃあ、そろそろ宿屋を出ようか」
僕はそう言って立ち上がる。
「あ、そういえば言おうと思ってたことがありました」
「何?」
「マスターはもう私についてくるだけの力はつけましたよ」
「そっか。ありがとう」
その言葉を今度は素直に飲み込むことができたのだった。
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