第4話 生首

〈sideルーク〉




 ⋯⋯この少女はいったい何者なのだろう?ダンジョンに思い入れがあるわけでもないようだし⋯⋯。


 フィールの返答を聞き僕はそんなことを考えていた。常識のなさからダンジョンから出たことがあるようには思えない。だというのに、ダンジョンから出ることに躊躇う様子もない。




「どうしました?」




 僕が困惑している様子を見てか、フィールがそう声をかけてきた。首をかしげている様子は絵になる。君のせいで困ってるんだよ、とも言えず何か情報は引き出せないかと質問をしてみることにした。




「いや、外に出たことはあるのかなって?」




 そう聞いた僕だが、主語もなく唐突な質問ということもあって、変な流れの会話に聞こえることに言った後で気づく。




「⋯⋯私ですか?多分あると思いますが⋯⋯。覚えてないですね」




 幸いにも意味は通じたようでそう返答があった。覚えてないか⋯⋯。つまり、このダンジョン内で記憶喪失になったと。だから、常識が欠如しているのか。




「記憶喪失ってこと?」




 本人から聞かずに、断定するのも悪いと思った僕はそう聞いてみる。




「⋯⋯記憶喪失に近いとは思いますが、厳密には違います。私には記憶がないというだけです」




 少し考えて、フィールはそんな予想外の回答をした。正直僕には違いが分からないのだが、何か違うのだろうか。




「えっとですね⋯⋯」




 分かってない様子の僕を見てか、何とか説明しようとしている様子のフィール。そして、ふと思い浮かんだように。




「こうすれば、分かりやすいですかね」




 そう言った瞬間、フィールの体が煙に包まれた。先ほどまでは真の姿ではなかったのだ、とでも言いだしそうな演出だが、それはそれほど的外れな予想ではない。


 煙が晴れそこにあったのは、フィールの生首だった。生気を感じる生首という、生理的嫌悪を覚えそうな見た目でフィールは話し出す。




「私は頭だけなんですよ。だから、他にもいろいろと分裂してまして、どこが分裂しているのかまでは分かりませんが、記憶はどこかに分裂していったみたいですね」




 していったみたいって⋯⋯。他人事みたいにそう言うフィールに白い目を向ける僕だがフィールからしてみれば、記憶がないわけだから、分裂したときの自分なんて別人のようなものかと考えて、その目を向けるのをやめる。


 それに、生首に白い目を向ける絵面はシュールなものだろう。




「⋯⋯まあ、そういうわけで私には記憶がないわけです」




 そう言って、また煙に包まれるフィール。次の瞬間、生首状態ではなくちゃんと体のあるフィールの姿がった。一応言っておくが、服は着た状態だ。


しかし、疑問がないわけではない。




「さっきの魔物はどうやって殴ったんだ?」




 本体が頭なのなら、先ほどのボスを殴るといったことはできないはずだ。




「この体は実体がないわけではないので」




 そう言って、フィールは床に転がる石を手に取った。




「なるほど?」




 なぜ実体があるのかは分からないが、とりあえずそう相槌を打っておく。




「まあ、魔法の一種と思っていただければ。魔力は消費するので」




 魔法だとすれば局所的な場面でしか使えない魔法だな。


 しかし、常時魔力を消費するとなると、すぐに魔力が底を尽きそうな気がするが⋯⋯。




「魔力は足りるのか?」




「足りますよ。自然回復のほうが早いくらいです」




 事も無げにそう答えるフィール。力だけじゃなく、魔力も規格外か⋯⋯。


 さすがに魔法に疎い僕にも、彼女が異常だということくらいは分かる。そもそも魔力を使い続けるなんて聞いたこともない。人間は魔力をエネルギーにしているとか、とんでも仮設は聞いたことがあるが、それも真実ではないだろう。


 それに、魔力で実態を創ると聞くだけでどれだけのエネルギーが必要にしか思えない。




「⋯⋯私が異常なのは分かってますよ。⋯⋯なんとなくですが」




 僕の心を読むように、フィールは言った。後半の一言が不穏だが、記憶喪失のようなものになっているのだから仕方ないだろう。




「はぁ⋯⋯。分かったよ。とりあえずダンジョンから出よう」




 僕は嘆息しつつそう言った。ここで放置していくわけにはいかないだろう。それに、この常識のなさだと誰かに騙されかねない。




「分かりました。よろしくお願いします。マスター」




「⋯⋯そのマスター呼びはどうにかならない?」




 マスターとずっと呼ばれると、僕が変人に見られかねない。それに、僕はマスターと呼ばれるほどできた存在ではないし。実家から逃げて冒険者をしているような人なのだから。




「マスターはマスターですので」




 堂々とそう言い張るフィール。譲るつもりは全くないようだ。




「⋯⋯それも理由は忘れてるの?」




 何か理由が分かればなんとかなるかもしれないと、そう考えての質問だったが。




「⋯⋯初めて見たから?」




 帰ってきたのはそんな回答だった。雛の刷り込みかな?そんなことを思ったが、そうなるとどうしようもない。


 もし、魔物を最初に見たのなら魔物にマスター呼びをしていたのだろうか。それはそれで不審者として報告されかねないな。そんなどうでもいいことを考えつつ、ずっと放置されているダンジョンの出口に目を向けるのだった。

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