第2話 少女

〈sideルーク〉




「さてじゃあ死んどいてくれや」




 そう言ってシーザーは僕に向かって体験を振り下ろそうとする。それに僕は腰が抜けてしまって地面に倒れこんでしまう。




「それはよくないよ~」




 それを止めるマーガレット。その言葉に僕は期待してしまうが⋯⋯。




「剣に返り血が付いたらどうするの~。それでばれたっていう人の話は何度も聞いてるよ~」




 その期待はあっさりと裏切られる。それと、返り血の確認なんていちいちやるはずもないだろうが。そういえばマーガレットは本を読むのも好きだったか。おそらく創作の中でそんなシーンを見たのだろう。




「⋯⋯それもそうだな。だったら、デイビット、岩を持ってこい」




 そう言われて大きめの岩をデイビットは持ってくる。デイビットはシーザーの取り巻きのようなやつで、とにかくシーザーの言葉通りに従う。理由はと言われても分からないが⋯⋯。




「さて、これで殴ればいいだろ」




 岩を片手にマーガレットにそう問いかける。




「う~ん?多分大丈夫じゃない?」




 関係ないだろ!返り血は飛ぶよ!とそんなことを思っている場合ではないのだが、心の中でそんな突込みをしていた。未だ、腰は抜けたまま立ち上がることもできていないのに。




「それならもういいな!」




 そう言って、シーザーは僕に向かって岩を振り下ろす。脳が揺れて、意識が遠のいていく。力も入らず倒れこむ僕。頭から感じる生温かな液体が僕に命の危険を訴えてくる。だが、僕はそれに応えることはできずに意識を失ってしまった。






 そうして、僕は目覚めた。体を持ち上げ辺りを見渡してみるとシーザーたちはいなくなっていた。代わりにそこにいたのは、金色の髪を腰のあたりまで伸ばした美しい少女だった。そして、その少女は僕に向かってこう言った。




「おはようございます。マスター」




 その言葉に僕は混乱することしかできなかった。死んだと思ったら目の前に僕のことをマスターと呼ぶ少女がいた。なんて理解できる人はいるのだろうか。


 まず、僕がなぜ生きているのかも分からないし、この少女が誰なのかも分からない。マスターと呼ばれる理由も不明だ。




「どうかしましたか?」




 僕がそんな風に混乱していると少女がそう問いかけてくる。何か答えようとするが、うまく言葉にできない。思わず周りを見回す。そこで割れた瓶が落ちていることに気づいた。僕が鞄の中に入れていたポーションだ。ポーションは傷を治す作用があるアイテムで、そして何かの拍子に割れて僕に中身がかかって頭の傷を塞いだのだろう。


 幸運としか言えないような状況で助かっていたのだろう。シーザーたちがいないことから察するに、シーザーたちが僕を置いて行ってからポーションは僕にかかったのだろう。




「⋯⋯申し訳ございません」




 僕が割れたポーション瓶を見ていると少女がそう言葉を発した。何に謝っているのだろう。




「こちらに向かう際に気づかずに飛ばしてしまいまして⋯⋯」




 そう言ってうつむく少女。つまり僕はこの少女に助けられたということだろうか。それなら謝られる理由がないのだが⋯⋯。




「大切なものだったら申し訳ないです」




 その言葉に僕は驚愕した。この言い方から察するに少女はポーションを知らないのだ。この世界ではポーションは一般的に普及しているし、特段高価というわけでもない。そのため、一本くらいなら家に保存して軽い傷に使うことが多いのだ。それを知らないというのは異常だとしか言えない。冒険者となればなおさらだ。少なくともダンジョンに入るような人間が知らないはずもない。この時僕は、この少女に疑いのまなざしを向けていた。


 しかし、そんなことを少女は気にした様子もなかった。




「⋯⋯」




 ただ黙って僕を見ている。


 ⋯⋯それからしばらく見つめあって、この状況に耐えきれなくなった僕は口を開いた。




「君は誰?」




 とりあえず、相手の名前を知らないと会話しにくいだろう。そう考えた僕はそんな質問を投げかけた。




「⋯⋯フィールだと思います」




 ⋯⋯フィールという名前なんだな。最後についてきた言葉を無視し僕はそう納得する。ここで疑問を増やしていくときりがなくなっていく気がした。




「なぜ僕をマスターと呼ぶの?」




 次に聞いたのは、僕がなぜマスターと呼ばれるのかについてだった。マスターという呼び方はご主人様などの主従関係を表す代名詞の一つだ。少なくとも僕の知っている範囲ではこれ以外の意味は知らない。




「⋯⋯マスターはマスターなのです」




 帰ってきた回答は理由になっていなかった。この少女にとって僕イコールマスターという常識があるのだろう。接しにくいから切実にその常識を破棄してほしい。




「⋯⋯はぁ。だったら、僕はなぜマスターなの?」




 思わずため息をつきつつ、言い方を変えて聞いてみる。




「⋯⋯貴方はマスターだからです。そこに理由はありません」




 結局、回答は変わらないか⋯⋯。そう結論付けた僕は、話を変える。




「だったら、あの瓶が何か知らないの?」




 ポーション瓶を指さしながらに言う。




「⋯⋯申し訳ないのですが、分かりません」




 フィールはそう言ってうつむく。




「⋯⋯そうですか」




 僕はそう言って、少しため息をつく。今のところ、この少女が一体何者なのか見当もつかない。




「⋯⋯だったら君はどこから来たの?」




 この質問にフィールは、自分が来たほうを指さしながら、




「あちらからです」




と言った。⋯⋯どこかかみ合わない返答に思わず僕は再度ため息をついてしまうのだった。

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