第六話 萌

 フロアに響くキーボードの軽快なタイプ音と、時折交わされる穏やかな会話。栗原萌は、背筋を伸ばし、パソコンのモニターに向かっていた。肩までの長さで切り揃えられ、丁寧に巻かれたツインテールが、動きに合わせて小さく揺れる。今日のブラウスは、淡いピンク色のフリル付き。スカートは白いフレアタイプで、オフィスに春を呼び込んだような、柔らかな雰囲気を醸し出していた。身長150センチに満たない小柄な体躯と、くりくりとした大きな瞳。その外見は、誰が見ても「かわいらしい」という言葉がぴったりだった。


「萌ちゃん、この資料、コピーお願いできる?」

「はーい!」

 先輩社員の声に、萌は明るく返事をして席を立つ。小さな体でテキパキとコピー機へ向かう姿に、フロアの数人が微笑ましそうな視線を送る。萌はそれに気づかないふりをしながら、内心で小さく舌打ちをした。


(また、萌ちゃん、か……)


 入社して一年。いつまで経っても、自分は「萌ちゃん」であり、「萌たん」だった。仕事で成果を出しても、「萌ちゃん、すごいねー、頑張ったねー」と頭を撫でられる。ミスをすれば、「まあ、萌ちゃんだから仕方ないか」と、どこか許容するような空気。それは優しさのようでいて、実はずっと子供扱いされ、見下されている証拠だと、萌は感じていた。フリルやリボン、パステルカラー。自ら選んでいる服装ではあるが、それがさらに「かわいらしいだけの、無能な女の子」というイメージを補強していることもわかっていた。しかし、今更どう変えればいいのか、わからなかった。


(……むかつく)


 コピー用紙の束を抱え、デスクに戻る。隣の席の男性上司が、萌の頭にぽん、と軽く手を置いた。

「栗原さん、そのツインテール、今日も可愛いね」

「あ、ありがとうございます!」

 反射的に、満面の笑顔を作る。心の中では、その手を振り払い、汚い言葉を吐き捨てたい衝動に駆られていたが、そんなことはおくびにも出さない。それが、萌がこの社会で身につけた処世術だった。


 定時を告げるチャイムが鳴ると、萌はそそくさと帰り支度を始めた。「お先に失礼しまーす!」と、いつものように元気よく挨拶をしてオフィスを出る。しかし、まっすぐ駅へは向かわない。会社のビル裏手にある、狭い喫煙スペースへ足を向けた。


 そこは、萌だけの秘密の場所だった。人目につかず、束の間、息をつける場所。バッグから取り出したのは、可愛らしいパッケージの、ストロベリーフレーバーの煙草。細身のフィルターを唇に挟み、慣れた手つきで火をつける。深く吸い込むと、甘ったるい香りが肺を満たした。


「……ふぅ」


 白い煙が、夕暮れ時の空に溶けていく。煙と共に、日中に溜め込んだストレスや不満が、少しだけ吐き出されるような気がした。煙草を吸う姿など、職場の誰も知らないだろう。このギャップこそが、萌にとって唯一の抵抗であり、小さなプライドだった。


 煙草を揉み消し、ふと足元の植え込みに目をやった。手入れのされていない、雑草の茂る一角。その葉の上に、小さな赤い点が見えた。ナナホシテントウだ。丸い背中を忙しなく動かし、葉の上を歩いている。


 萌の表情が、一瞬だけ、すっと硬くなった。大きな瞳が、感情を失ったようにテントウムシを見据える。足元の、ストラップ付きの白いパンプス。その丸みを帯びたトゥが、わずかに持ち上がる。


(……だめ、こんなとこじゃ)


 萌は小さくかぶりを振り、再び人懐っこい笑顔を作ると、喫煙スペースを後にした。駅へと向かう足取りは軽い。しかし、その心の中には、先ほど見つけた小さな赤い点と、それを踏み潰す想像が、甘い煙草の残り香と共に、くっきりと焼き付いていた。



 週末の午後。萌は、お気に入りのカフェでミルクティーを飲んでいた。窓から差し込む柔らかな日差しが、彼女の明るい茶色のツインテールをキラキラと照らしている。今日の足元は、昨日買ったばかりの新しい靴。ベビーピンク色の、エナメル素材のストラップ付きパンプス。つま先は丸みを帯びたラウンドトゥで、5センチほどの太めのヒールが、可愛らしさの中に少しだけ安定感を与えていた。白いレースがあしらわれた、くるぶし丈のソックスとの組み合わせは、萌のガーリーなスタイルを完璧に仕上げていた。


 カフェを出て、近くの公園を散歩する。芝生の上を、新しいパンプスの感触を確かめるように、ゆっくりと歩く。エナメルの表面が、太陽の光を反射して艶やかに光る。ストラップが足首をきゅっと固定し、歩くたびに太めのヒールが芝生に軽く沈む。


(うん、かわいい)


 自分の足元を見て、萌は満足げに微笑んだ。この靴なら、きっと誰もが「萌ちゃんらしいね」と言うだろう。その想像は、少しだけ誇らしいような、それでいて、やはり少しだけうんざりするような、複雑な気持ちを呼び起こした。


 ベンチに腰を下ろし、スマートフォンを取り出す。SNSをチェックし、友人たちの楽しそうな投稿を眺めていると、ふと、視界の端で何かが動いた。黄色と黒の鮮やかな模様。アゲハチョウだった。ひらひらと優雅に舞い、萌のすぐ足元、白いパンプスの数センチ手前の地面に、ふわりと舞い降りた。翅をゆっくりと開閉させている。


 萌は息を飲んだ。心臓が、とくん、と小さく跳ねる。周囲を見渡す。散歩する老人、遊んでいる子供たち。誰も、萌の足元には注目していない。


(……今なら)


 衝動が、じわじわと湧き上がってくる。日頃のストレス、満たされない承認欲求、自分を子供扱いする世界への反発。それらが渾然一体となり、目の前の無防備な生き物へと向けられる。


 萌はゆっくりと、音を立てないように、右足を上げた。ベビーピンクのパンプスが、チョウの真上に持ち上げられる。ラウンドトゥの丸い影が、鮮やかな翅を覆う。


 パサリ。


 乾いた、儚い音がした。靴底に伝わる感触は、ほとんど抵抗のない、脆いものだった。まるで、薄い紙を踏んだような。萌はそのまま、ぐっ、と体重をかけた。靴底のパターン――確か、小さなハートがいくつも刻まれていたはずだ――が、チョウの体を地面に押し付ける。


 足を上げると、そこには無惨な残骸があった。黄色と黒の鱗粉が飛び散り、翅はバラバラになって、もはや元の形を留めていない。パンプスの靴底、白いレースのソックスには、幸い汚れは付着していないように見えた。しかし、靴底のハートの凹凸には、微かな鱗粉が付着しているかもしれない。


 罪悪感は、ほとんど感じなかった。代わりに、胸の奥がすっとするような、奇妙な解放感があった。自分が、この小さな美しい生き物の運命を支配したのだという、歪んだ満足感。日頃、誰かにコントロールされ、「かわいい」という檻に閉じ込められている自分が、ほんの一瞬だけ、絶対的な強者になれたような気がした。


 萌はバッグからティッシュを取り出し、念のため、パンプスの底を軽く拭った。何事もなかったかのように立ち上がり、再び歩き出す。その顔には、先ほどまでの複雑な表情はなく、ただ、いつもの人懐っこい、可愛らしい笑顔が浮かんでいた。しかし、その笑顔の下で、彼女は知ってしまったのだ。パステルカラーの靴底で、命を砕くことの、甘美な味を。



 最初の罪は、習慣への扉を開いた。栗原萌にとって、小さな生き物を踏み潰す行為は、甘いフレーバー煙草と同じように、日々のストレスを解消するための、なくてはならない「儀式」となっていった。


 平日の帰り道。オフィスで理不尽な叱責を受けたり、セクハラまがいの「可愛いね」に愛想笑いで応えたりした後、萌はまっすぐ家に帰る気にはなれなかった。人通りの少ない路地裏、公園の隅、街路樹の根元。そこは、彼女だけの狩場だった。


 ターゲットは、その時々で見つけたもの。アスファルトの隙間を忙しなく動き回るアリの群れ。植え込みの陰で丸くなるダンゴムシ。夏の夜、街灯に集まるガやカナブン。秋には、枯れ葉に紛れたコオロギやカマキリ。


 萌は、まるで宝探しでもするように、目を凝らして獲物を探した。そして、見つけると、心が小さくときめいた。周囲に人がいないことを確認する冷静さと、早くその感触を確かめたいという衝動。


「みーつけた」


 心の中で呟きながら、彼女はゆっくりと足を上げる。履いているのは、お気に入りのパステルカラーのパンプス。ある日は、ベビーピンクのラウンドトゥ。またある日は、ややヒールの高いミントグリーンのポインテッドトゥのエナメルパンプス。白いフリルのスカートの裾が、ふわりと揺れる。


 コツン。プチッ。グシャ。


 靴のデザイン、ヒールの形状、そしてターゲットによって、音も感触も異なる。ラウンドトゥの太めのヒールは、面で押し潰すような鈍い感触。ポインテッドトゥの鋭い先端は、的確に急所を貫くような鋭利な感触。靴底に刻まれた、花やハートの可愛らしいパターンが、虫の硬い甲殻や柔らかい体にくい込み、その命を奪っていく。


 萌は、その瞬間瞬間を、五感で味わうように楽しんでいた。潰れる音、足裏に伝わる振動、時には飛び散る体液の感触。そして、行為の後、靴底に残された痕跡。


「ふふっ……こんな可愛い靴で、ごめんね?」


 時には、潰した残骸に向かって、わざと甘えた声で囁きかけることもあった。その行為には、倒錯したサディズムと、自らの可愛らしい外見と残酷な内面とのギャップを楽しむような、歪んだ自己陶酔が滲んでいた。清楚でか弱く見える自分が、実はこんなにも無慈悲な力を持っているのだということを、確かめたかったのかもしれない。


 踏み潰しの前後には、しばしば煙草を吸った。甘いストロベリーやバニラの香りが、行為の後の高揚感を落ち着かせたり、あるいは、次の獲物を探す前の精神統一になったりした。煙を吐き出しながら、萌は考える。


(どうせ、誰も本当の私なんて見ようとしない)

(可愛いだけの、お人形さんだって思ってるんでしょ?)

(でも、違う。私は……)


 言葉にならない感情が、煙と共に空へ消えていく。その虚しさを埋めるように、彼女はまた、足元の小さな命へと目を向けるのだった。パステルカラーの靴底は、甘い香りと共に、数えきれないほどの小さな罪の痕跡を刻み込みながら、アスファルトの上を歩き続けていた。



 残業で、いつもより遅くなった帰り道。オフィス街はすでに人影もまばらで、街灯だけがぼんやりと道を照らしていた。萌は少し疲れていた。今日一日、上司の機嫌が悪く、些細なことで何度も注意を受けたのだ。フラストレーションが溜まっていた。


 会社のビルを出て、いつもの喫煙スペースとは反対側の、さらに人気のない路地裏へ足を向けた。そこはゴミ置き場になっており、湿った独特の匂いがした。萌は顔をしかめたが、今は人目につかない場所が必要だった。


 バッグから煙草を取り出そうとした、その時。壁際に、大きな黒い影が蠢いているのが見えた。蛾だ。翅を広げると、手のひらに乗りそうなほどの大きさがある。おそらく、街灯に誘われて飛んできたのだろう。壁に張り付いたまま、じっとしている。


 萌の心臓が、どくん、と大きく鳴った。疲労感とフラストレーションが、一瞬にして、暗い興奮へと変わる。今日の靴は、ミントグリーンのポインテッドトゥのエナメルパンプス。ヒールは6センチで、先端が鋭く尖っている。


(……いける)


 周囲を確認する。誰もいない。萌はゆっくりと蛾に近づき、右足を上げた。狙いを定め、躊躇なく、尖ったヒールの先端を、蛾の胴体目掛けて突き刺した。


 ブチッ!


 鈍い音が響き、ヒールが硬い外骨格を貫通する感触が伝わる。蛾の体が痙攣し、壁からずり落ちる。萌はさらに、落ちた蛾を踏みつけた。ぐりぐりと、パンプスの底で押し潰す。靴底の細かな溝が、鱗粉と体液にまみれた残骸を捉える。


 その時だった。


「……栗原さん?」


 聞き慣れた、しかし感情の読めない声が、路地の入り口から聞こえた。萌は、凍りついたように動きを止めた。恐る恐る振り返ると、そこには、同じ部署の先輩社員、佐伯が立っていた。彼はいつも無表情で、何を考えているのか分かりにくい、少し影のある男性だった。手には、コンビニの袋を提げている。おそらく、彼も残業帰りなのだろう。


 佐伯さんの視線は、萌の顔と、その足元、そして壁際の惨状を、ゆっくりと往復した。


「あ……さえき、さん……お疲れ様です……」

 萌は、顔が真っ赤になるのを感じながら、必死で笑顔を作った。何か言い訳をしなければ。虫が苦手で、思わず、とか。しかし、言葉が出てこない。


 佐伯さんは、何も言わなかった。ただ、無表情のまま、萌の足元を一瞥し、そして、ふっと視線を逸らすと、「…お疲れ様」とだけ呟き、萌の横を通り過ぎて路地の奥へと歩いて行った。


(見られた……!)


 萌は、その場に立ち尽くした。最悪だ。会社の人間に、この秘密の、醜い姿を見られてしまった。明日から、どんな顔をして彼に会えばいい? 軽蔑されるだろうか。それとも、気味悪がられる?


 翌日、萌は怯えながら出社した。しかし、佐伯さんの態度は、いつもとほとんど変わらなかった。無表情で、淡々と仕事をこなしている。ただ、ほんの少しだけ、以前よりも萌に視線を送る回数が増えたような気がした。そして、時折、その視線が、何かを探るような、意味深な色を帯びているように感じられた。


 数日後の給湯室。萌がお茶を入れていると、佐伯さんがやってきた。

「栗原さん」

「は、はい!」

「この前の帰り、何か落とし物でも探してたの? あの路地裏で」

 核心を突くような、それでいて、どこか探るような口調。萌は心臓が跳ね上がり、動揺を隠せなかった。

「え? あ、いえ! な、なんでもないです! ちょっと、探し物、というか……あはは」

 しどろもどろになりながら、必死で笑顔を作る。佐伯さんは、そんな萌の様子をじっと見ていたが、やがて、ふっと微かに口元を緩めた。それは、嘲笑でもなく、同情でもなく、ただ、何かを理解したような、不思議な笑みだった。

「そう。ならいいんだけど」

 それだけ言うと、彼は自分のマグカップを持って、給湯室を出て行った。


 萌は、その場に立ち尽くした。バレている。おそらく、確信されている。しかし、彼はそれを誰にも言わないし、責めることもしない。なぜ?


 佐伯さんとの間に生まれた、奇妙な緊張感。見られているかもしれないという意識は、萌の踏み潰し行為への衝動を、抑制するどころか、むしろ増幅させた。彼に見られているかもしれないと思うと、いつもより大胆になれた。より大きな獲物を求め、より無慈悲に踏みつける。それは、新たなスリルであり、同時に、底なし沼へと引きずり込まれるような、危険な予感を伴っていた。佐伯さんの無表情の裏に隠されたもの、そして、自分自身の心の闇。萌は、その両方から、もう目を逸らすことができなくなっていた。



 会社の歓送迎会。狭い居酒屋の座敷は、熱気とアルコールの匂いでむせ返っていた。萌は、注がれるままに甘いカクテルを飲み、周囲の喧騒に合わせて笑っていた。しかし、心はここにあらず、だった。隣の席では、上司がいつものように「萌ちゃんは可愛いなあ」と繰り返している。向かいの席には、佐伯さんが黙ってビールを飲んでいた。時折、目が合うが、彼はすぐに視線を逸らした。


(早く帰りたい……)


 二次会を断り、萌は一人で店を出た。夜風が火照った頬に心地よい。少し飲みすぎたせいか、足元がふらつく。千鳥足で、夜道を歩く。街灯が、雨上がりの濡れたアスファルトをぼんやりと照らし出していた。


 その時、視界の隅に、ぬらりとした黒いものが動いた。立ち止まってよく見ると、それは大きなナメクジだった。雨に誘われて出てきたのだろう。ゆっくりと、しかし確実に、アスファルトの上を這っている。


 萌は、その黒く、ぬめった塊を見つめた。酔いと、日頃の鬱憤と、そして、あの佐伯さんの不可解な視線への意識が、ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が、胸の奥から込み上げてくる。


(……きもちわるい)


 それは、ナメクジに対してか、それとも自分自身に対してか、わからなかった。ただ、目の前のそれを、消し去ってしまいたいという強い衝動に駆られた。


 今日の靴は、お気に入りのベビーピンクのエナメルパンプス。ポインテッドトゥの、少し大人びたデザイン。萌は、ふらつく足取りでナメクジに近づき、ゆっくりと右足を上げた。尖ったつま先が、街灯の光を鈍く反射する。


 狙いを定め、ゆっくりと、しかし容赦なく、つま先をナメクジの上に下ろした。


 ぐちゅり。


 鈍く、湿った音が響いた。靴底に、形容しがたい不快な感触が伝わる。粘液が、パンプスのエナメル素材に、ねっとりとまとわりつく。柔らかい体を、靴底の細かな溝が捉え、押し潰していく。


 萌の口元に、恍惚とした笑みが浮かんだ。酔いのせいか、それとも別の何かのせいか。彼女は、まるでダンスでも踊るかのように、何度も、何度も、踵で、つま先で、ナメクジの残骸を踏みつけた。ピンク色のパンプスが、黒い粘液と体液で汚れていくのも構わずに。可愛らしいツインテールが、乱暴な動きに合わせて揺れている。


 ふと、萌は背後に人の気配を感じた。酔いが少し醒める。ゆっくりと振り返ると、少し離れた場所に、佐伯さんが立っていた。いつからそこにいたのだろうか。彼は、手ぶらで、ただ静かに、萌の行為を見ていた。


 その目は、以前のような探るような色ではなく、軽蔑でもなく、興味でもなく、ただ、どこまでも深い、虚無的な色を帯びていた。まるで、世界のすべてを諦観しているかのような。


 萌は、動きを止めた。パンプスについた汚れを気にする様子もなく、ただ呆然と立ち尽くす。可愛らしい笑顔も、おどけた仕草もない。パステルカラーの仮面が剥がれ落ち、その下に隠されていた、どす黒い本性が、街灯の下に無防備に晒されていた。


 佐伯さんは、何も言わなかった。萌も、何も言えなかった。二人の間に、言葉はない。ただ、夜の静寂と、アスファルトに残された無惨な染みと、そして、互いの心の闇だけが、そこには存在していた。


 萌の物語は、この先どう転がっていくのだろうか。彼女は、この衝動と共に生きていくのか。それとも。佐伯さんとの奇妙な関係は、どうなるのか。明確な答えはない。ただ、パステルカラーの靴底に刻まれた罪は、もう消えることはないだろう。萌は、その事実を噛み締めながら、濡れたアスファルトの上に、立ち尽くしていた。

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