第15話 そろそろ伊織はエルマ達の心配はしなくていいと思う
15 そろそろ伊織はエルマ達の心配はしなくていいと思う
「――神居弥砂さん。
こちらも余り、手荒い真似はしたくないんだ。
これ以上、無関係な人間を巻き込むのはやめたまえ。
店の迷惑になるから、外で話をつけようじゃないか。
でないと、どうなるかは想像に難くないだろう?」
「――め、夢露をどうしたというのですっ?
夢露に手を出すのは、やめて!
夢露が一体、何をしたと言うの――っ?」
「………」
〝いや。あんたが逃げ出したから、夢露さんは危険な目に遭っているんだよ〟とは流石に伊織も言わない。
伊織としては、どうした物かと思い悩むだけだ。
この場合、この店の店長はどうする?
ただ、答えが分かり切っているその問いに応えたのは、エルマではなかった。
――阿増絶阿が、手を上げたのだ。
「あー、もう面倒くさい!
私がこの連中を片付けちゃってもいいよね、蛇処君?」
「それは構いませんが――」
「――構わないのかよっ?」
「人死に沙汰はなしでお願いしますよ、絶阿さん」
「おーけー、おーけー」
「………」
もしかしてこの連中、人殺しさえしなければ、何をしても許されると思っている?
これはそうとしか思えない、軽いノリだ。
「ほう?
この娘から、大体の事情は聴いたのだろう?
だと言うのに、我々に逆らう?
それはとんだ愚か者だ。
愚か者を躾けるには、多少、手荒い真似をする事も必要――ゴフっ?」
彼が皆まで言う前に、絶阿のパンチが彼の顔面にヒットしていた。
無論、阿増絶阿のパンチを食らって、無事で済む人類など稀有だ。
彼はその稀有は方ではなく、普遍的な属性に位置していた。
普通に卒倒した彼を横切りながら、絶阿は店から出る。
窓を挟んで一連の事態を見ていた残りの組員は、一斉に銃を取る。
〝アレ? ここって安全大国日本だよねぇ?〟と伊織が考えている間に、事は済んだ。
阿増絶阿は文字通り、彼等を秒殺したのだ。
いや。
誰も殺してはいないが、絶阿が彼等を倒したのは事実だ。
店に戻ってきた絶阿は、鼻で笑う。
「どんなもんだい。
私にかかれば、こんな物さ。
暴力団と言えど、物の数ではない」
「………」
伊織は絶阿が、宇宙さえも消せる能力者だと知らない。
よって伊織としては〝これが当然〟と言う絶阿に、少なからず驚きを覚える。
〝流石はエルマと同じ人種〟だと思い、感心するのと同時に、大いに呆れた。
「待て。
この世には、法という物があるのだ。
むやみやたらに、暴力に訴えるのはよくない。
きみ達はもっとスマートな方法で、物事を解決できないのかね?」
「はぁ。
私と組んで、裏の仕事に励もうとしていた人がよく言いますね?
確かスパイから暗殺まで手広くやろうとか、言っていませんでしたっけ?」
「………」
エルマがぐうの音も出ない事を言うと、伊織は確かに口ごもる。
その間にエルマは件の彼を、文字通り叩き起こした。
顔を何度か平手で殴られた彼は、普通に目を覚ます。
「――はっ?
な、何だっ?
きさまら、どういうつもりだっ?
俺達、花山田組に喧嘩を売る気か――っ?」
「ほう?
売れば買うと?
ですが、あなたの自慢の兵隊達は、どうも全滅した様ですよ?」
「な、にっ?」
彼が、窓の外を見る。
そこには地面に倒れ伏す、十九名の男女が居た。
まさか武装した武闘派集団である自分達が、喫茶店の関係者に全滅させられた?
そんなバカな事が、あり得る?
彼としては、最早混乱するばかりだ。
「……え?
あんた達、何なの?
もしかして二.五次元人?
漫画の世界の住人?
だから常識とかないの……?」
「いえ。
そういう事ではなく、私としては弥砂さん達から手を引いてほしいだけです。
大人しく引き下がるなら、私達としてもこれ以上手荒な真似はしません。
お互い大人になって、共存共栄といこうではありませんか」
「………」
エルマがそう謳うと、彼は当然とも言えるカードを切る。
「……なら、払うべき物を払ってもらおうか?
こっちだって、慈善事業じゃないんだよ。
いや。
俺達としたら、貰える物さえ貰えればそれでいい。
万事うまくいって、人買いみたいな真似をせずに済む。
そこまで偉そうなんだから、当然借りた金は返してもらえるんだろうな?」
絶対的に不利な為、彼も必要以上に、偉ぶらない。
まず言いたい事を言って、様子を見るのが彼の方針だ。
この消極的な姿勢は、以下の様に報われた。
「成る程。
で、弥砂さんの借金とはいか程ですか?」
「それは、二千万円程だが」
「分かりました。
今直ぐ、お支払いしましょう。
ただ、それには条件があります」
エルマが机に置いてあった、例の一千万円が入った袋を手に取る。
当然、伊織は焦燥した。
「――それは、私のお金なんだけどっ?
蛇処君は私の所持金を、どうするつもりなのっ?」
しかし、やはりエルマは伊織を無視する。
「丁度、ここに一千万円あります。
でも、私はこれ以上、出費する気はありません。
何故ならあなた達は、恐らく違法な金利で弥砂さんの借金を膨らませているから。
その金利を差し引けば、恐らく弥砂さんの借金は一千万円程でしょう。
なので、私はこれ以上のお金を用意する気はないのです」
「な、に?
だがそれは、神居家も了承した事だぞ。
違法な金利であろうと、本人達もそれは認めた。
だったら、私の言い分こそが正しいだろう。
それともこの件を公にして、警察にでも頼ると言うのか?」
普通に考えたら、それが一番真っ当な方法だろう。
しかし、それには時間がかかる。
警察が捜査に乗り出し、事件を解決する頃には、椎田夢露はどうなっているか分からない。
エルマは今直ぐ、この案件を解決する必要があった。
故にエルマは、こう提案する。
「では、今から、一寸したゲームを行いましょう。
あなたがそのゲームに勝てば、私は三千万円あなたに提供します。
ですが、あなたがそのゲームに負けたなら、借金はチャラという事にする。
そう言うのは、いかがです?」
「……何だと?
またふざけた事を言い始めたな、このお嬢ちゃんは。
私がそんな話を、のむとでも?」
「ええ。
あなたは必ず、のむと思いますよ。
何しろ私は、こういう手段もとれるから」
エルマがスマホで、どこかに連絡を取る。
暫く話した後、エルマはスマホを彼に差し出す。
訝しがりながらも電話に出た彼は、唖然とした。
「……は、はい。
はい。
はい。
はい。
分かりまし、た」
スマホをエルマに返す、彼。
彼としては、意味が分からない。
エルマはこの状況を、説明するだけだ。
「花山田組は確か、羽生美組(はぶみぐみ)の系列でしたよね。
羽生美組は、いわば親会社と言える。
今その事を思い出しまして、ちょっと羽生美組の組長さんに力を貸してもらった訳です。
現にあなたは――親会社の社長の指示は断れなかったでしょう?」
「……な、何者、だ?」
理解不能な彼は、遂に眩暈さえ、覚えた。
「……あんた、本当に、何者だ?
何で羽生美隆利に……こんな圧力をかけられる?
あのイカレタ親父を意のままに操れるあんたは、誰だ……?」
いや。
答えは、分かり切っている。
羽生美隆利がイカレテいるというなら、この少女はそれ以上にイカレテいるだけだろう。
それだけの狂気が、羽生美隆利を支配しているというだけの事。
その事を察した彼は、息さえのむ。
もしかして自分は、虎の尾を踏んだのではと、初めて気づいた。
「では、ゲームを始めましょうか。
内容は単純で、ただのロシアンルーレットです。
ハンディとして私が二回連続で引き金を引くので、あなたはその後一度だけ引き金を引いて。
私が死んだら、あなたはこのスマホのボタンを押して、あなたの口座に三千万円を振り込む。
そういう事で、いいですね?」
「……ロ、ロシアンルーレット、だとっ?
まさか、あんた、今知り合った人間の為に、命を懸けると言うのかっ?
俺もその暴挙に、巻き込む気――っ?」
「はい。
後は、あなた次第です。
ゲームを降りるなら、借金はチャラ。
と、イカサマ防止の為に、拳銃はあなたが用意して構いません。
一発だけ弾丸が入ったリボルバー式の拳銃を己のこめかみに当て、引き金を引き合う。
それを繰り返せば、何れ必ずどちらかがハズレを引くでしょう。
さっきも言った通り、私は二回連続で引き金を引きます。
あなたは一度で結構なのですが、それでも気にくわない?
なら、私が先行というハンディもつけましょうか?」
「………」
それが日常の事であるかの様に、エルマは語る。
常に死を覚悟している彼でさえ、それは狂気だと感じた。
深川伊織は、アホかと思うだけだ。
「って、蛇処君は、本当にアホだよねっ?
それなら一千万円支払って、お帰り願った方がまだマシじゃない!
だと言うのに、命を懸けるっ?
それも、絶対的に不利な形で――っ?」
「はぁ。
伊織がそこまで言うなら、私も耳を貸さずにはいられませんね。
支払いは伊織の一千万円から出す、という事になりますが――」
「――ゴメン!
分かった!
頑張って!
私は蛇処君の勝利を、陰ながら祈っているよ!」
自分の金に手を付けられては堪らないとばかりに、伊織は手の平を返す。
このやり取りを見て、彼はやはりエルマの正気を疑った。
エルマの反応は、酷薄だ。
「では、始めましょうか。
それとも、借金をチャラにしてでも、このゲームから降りる?」
「………」
彼は一間開けてから、頷いた。
「いいだろう。
先行はそちらで、二回連続で引き金を引く。
本当にそれでいいなら、ゲームを始めよう」
彼としては、先ずそれで様子を見る事が出来る。
弾倉は六つあって、二回引き金を引くという事は、それだけエルマの死の確率は高まるのだ。
エルマが生き残る確率は、三分の一。
仮にエルマがハズレを引けば、その時点で彼は三千万円もの金を得る事が叶う。
これは彼にとって絶対的に、有利な戦いなのだ。
ならば、彼としては様子見をする余裕さえあると言えた。
彼は自分の口座番号をエルマに教えて、手続きを済ませる。
リボルバー式の銃に弾を一つ込め、弾倉を回し、どこに弾が込められているか分からなくした。
彼はその拳銃を、エルマに差し出す。
彼が目を疑ったのは、その後だ。
銃をこめかみに当てたエルマは、躊躇なく二回連続で引き金を引く。
いや。
この時、蛇処エルマはそれ以上の暴挙に及ぶ。
「と、しまった。
誤って――三回引き金を引いてしまいました」
「なっ……はっ?」
その姿は、まるで玩具の拳銃を扱っているかの様だ。
仮にハズレを引いても、自分は死ぬ事など無いと言わんばばかりの態度である。
これには、彼も愕然とするしかない。
「はい。
次は、あなたの番です」
「………」
死を覚悟していた彼だが、それは気構えの話だ。
本音を言うと、彼はまだこんな所で、死にたくなどない。
エルマが三回連続で引き金を引いた事で、ハズレを引く確率は更に高まった。
彼もまた三分の一の確率で、ハズレを引きかねない状況である。
だが、この一回を乗り切れば、彼の勝利は確定だ。
残りの弾倉は、三つ。
次にエルマの番になれば、エルマは必ずハズレを引く。
今命を懸ければ、彼は三千万円もの利益を得る。
しかし、その事実を脳裏に描いた時、彼は愕然とした。
(……三千万円?
俺は今、たった三千万円の為に、命を懸けているのか――?)
普通にそう痛感した彼は、頭を抱えながら、項垂れる。
やがて彼は、結論を下した。
「――己の命を顧みない、化物、が!
……わ、分かった。
私の、負けだ。
借金は、チャラでいい」
「賢い選択です」
そう言いつつ、エルマは机に置いてあった残りの拳銃の弾を、弾倉に戻す。
安全装置をかけてから、彼にその銃を差し出した。
「では、そういう事で。
どうも、お疲れ様でした。
叶うなら――今度は普通のお客様としてご来店して頂きたい物です」
「………」
満面の笑みを見せる、蛇処エルマ。
彼はそんなエルマに――ただ恐怖を抱くしかなかった。
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