貴族社会の初夜はつらい
あかいあとり
挟まりたくなんてなかった
貴族でいるのは簡単なことじゃない。
純血のお貴族さま曰く「庶民というのは性に慎みがないもの」らしいが、元・庶民の男爵令嬢かつ、どういうわけだか現・王子妃に成り上がってしまった私アリア・レーベルから言わせてもらうと、お貴族さまの方がよっぽど慎みがないと思う。
というより、すべてにおいて変態的だ。
「初夜の見届け人⁉︎」
「初夜の見届け人でございます」
またまた〜と笑い飛ばそうと思ったけれど、いつも仏頂面をしている私の侍女は、悲しいかな、いつもと変わらず大真面目だった。
どこの世界に初めての性行為を公開プレイで行う夫婦がいるというのか。
突っ込みたいけど突っ込めない。
魔力量で人生すべてが決まってしまう魔力量至上主義社会において、何より大切なのは血筋である。血筋といっても、こんな庶民感覚の私が妃になっていることから分かる通り、やんごとなき家柄という意味での血筋ではなく、魔力量が大きい者の血を引いているかどうかという意味での血筋だ。
魔力量が大きいもの同士は子を成すべきというのが国の方針であり、そこに一片の間違いもあってはならない。というわけで、お貴族さまが子を成す行為をするときには、必ず両家から数人の見届け人を出すことが貴族社会の慣例になっているらしかった。
「でもそれ、公開プレイするの、初夜だけじゃなくない?」
「もちろんでございます。そもそもとして夫婦の営みの目的は子を授かること。ご懐妊まで見届け人は外れません。初夜は皆さま揃っておふたりの営みを見守ってくださいますが、その後は侍女や侍従が夜ごと見届け人を勤めさせていただくことになるでしょう」
嫌すぎる。
見られる私はもちろん嫌だが、毎回他人の営みを見届けなくてはならない方だって大変だろう。もちろん世の中には見られて興奮する人もいるだろうし、他人の行為を覗き見るのが苦にならない人だっているだろうが、残念ながら私はそのどちらでもない。
政略結婚で決まった夫こと第二王子のルキウス様の性癖は寡聞にして存じ上げないが、生まれながらのお貴族さまというものは、皆こういう公開プレイには抵抗がないものなのだろうか。
ふう、と額を押さえて息をつき、私はふるふると頭を振った。
「でもそれ大丈夫なの? 百歩譲って私はいいよ? 剣と鞘で言ったら鞘の役目を務める側だからね。でも、殿下はそうはいかないでしょう」
平たく言えば、男性はモノが立たねば何もできない。妻たる私が手伝おうにも、こればっかりは本人の体の問題だ。露出癖がひどいと噂の今上陛下のような方なら公開プレイも大歓迎だろうが、そういう性癖でもない人間が、果たして衆目の中で問題なく事を成せるものなのだろうか。
私の心配をよそに、生真面目な侍女は「大丈夫でございます」と自信満々に頷いた。
「そのための侍従、そのための侍女でございます」
懐を探った侍女は、スッ……と何やら薄い本を取り出したかと思うと、恭しく私へ差し出してきた。
「なにこれ」
「指南書でございます」
指南書?
閨の手解きであれば、レーベル男爵家と養子縁組を結んですぐに、淑女教育の一環として修めてある。初夜目前の花嫁を前に、今さら何を指南することがあるというのか。
訝しみつつパラパラとページをめくってみると、どうやらそれは恋物語のようだった。
男同士の。
顔を上げた私は、仏頂面の侍女を見上げて再度問いかける。
「なにこれ」
「ですから指南書でございます」
殿方同士の恋愛を描いた書物が巷の一部で流行っているとは知っている。別段特に偏見もない。私が金でときめくように、ときめきを何で得るかは人それぞれだ。
だが――。
「これ、登場人物の名前がルキウス様とセネカ殿なんだけど」
セネカはルキウス殿下の筆頭侍従の名前だ。婚約式の時にも細々と気を遣ってくれた、感じの良い青年であった覚えがある。殿下の乳兄弟だとも聞いているから、殿下の腹心であることは間違いないが――。
「なんでもかんでも恋愛に絡めるの、どうかと思うなぁ。こういう妄想は、さすがに不敬じゃない?」
「問題ございません」
「いや、さすがに――」
「大丈夫でございます」
大丈夫と言われても、これをどうしろと言うのだ。
途方に暮れる私を見つめて、侍女は力強く頷いた。
「どうかこの本をお持ちください、アリア様。初夜を乗り越えた暁には、必ずやこの指南書があなた様のお役に立つことでしょう」
そんな会話を交わしたのが、一か月前。
果たして初夜の時は来た。
王子の妻となったからには、子を作るのが私の役目。泣こうが叫ぼうが逃れられない。
覚悟を決めて初夜に挑んだ私は、大勢の人々に囲まれながら、現状ひたすら無心に天井の染みを数えていた。なぜそんなむなしいことをしているかって、そうでもしなければやっていられないからだ。
「ああっ、セネカ!」
真っ裸になった私の上には、私などよりよほど色っぽい声を上げている男がひとり。本日正式に夫婦となった私の夫、ルキウス殿下だ。
「目を閉じてはいけません、ルキウス様」
一方で、甘い囁き声を殿下に贈っているのは、妻たる私――であるはずもなく、殿下の侍従のセネカであった。低く掠れた声の艶といったら、成人男性の色気というものはこういうものかとほとほと感心するばかりである。
寝台の周りには見届け人が大勢いるが、セネカはルキウス殿下の真後ろに立っていた。服こそしっかりと着込んでいるけれど、見えない位置では手が忙しなく動いている。悩ましげな声を上げる殿下を思えばそこで何かが起きているのは間違いないが、具体的なことは、純情なる乙女たる私が考えることではないだろう。
「す、まない。アリア。痛くは、ないか」
潤んだ目を向け、殿下が私を心配そうに見つめてくる。汗ばんだ首筋に張り付いた長い黒髪が、なんとも言えず艶めかしい。
「いえ、大丈夫です。お構いなく」
こんな時まで殿下は紳士的だ。はあはあと息を荒げながらも私に気を遣ってくださるものだから、私も雰囲気を作るべく、ここはいっちょ喘ぎ声くらい上げてやろうかと思わないでもなかった。
やらないが。
演技は得意な方ではあるが、さすがに人が多すぎる。いくらなんでも羞恥が勝った。
周囲も必死に存在感を消している。聞こえてくるのは、殿下の押し殺された嬌声と、主従のささやかな会話だけ。
(なるほどね)
お貴族さまの行為というものは、思っていた以上に変態的だ。事を成させるためならなんでもする。
事の始め、やはりと言うべきか、殿下の殿下は緊張のためにお役目を果たせそうになかった。どうしたものかと悩む私が動くより早く、そそそと進み出てきたのは、できる侍従ことセネカであった。殿下に見せつけるようにセネカが白手袋を外すや否や、どういうわけか、殿下の体は一気に熱を帯びたのだ。
ベルを鳴らしながら犬にエサを与えると、そのうちエサがなくともベルの音を聞くだけで、犬はよだれを垂らすようになるという。殿下を犬に例えるなど不敬の極みではあるが、つまりは多分、そういうことだ。
いわゆる強制変則3P。そういうプレイをするなら事前に教えてほしかった。
「セネカ、もっと……」
「もちろんです、ルキウス様」
遠い目をする私の上で、殿下と従者は熱い視線を交わし合う。もういっそ私抜きでやってくれよと思わなくもないけれど、妻としての役目を果たそうと思うと、「あとはどうぞ若いおふたりで」と投げ出すわけにもいかないのがつらいところだ。
うろうろと視線をさまよわせていると、仏頂面の侍女と目が合った。
三度瞬きをした侍女は、無言で両手を上げると、手袋を外そうとする仕草を見せた。私は慌てて右手を上げて、そんな侍女をひっそり押し留める。
生粋の貴族ならまた違うのだろうが、残念ながら私は完全な異性愛者だ。彼女が私に奉仕してくれたとして、それで行為を楽しめるようになるとは思えない。それならばまだ、目の前の淫靡な光景を楽しむように努力した方が、このむなしさがマシになる可能性はゼロではない。
(……なるほどね)
だからこその指南書なのだ。
かつての侍女の言葉を遅ればせながら理解して、私は深々と頷いた。
――貴族でいるのは、本当に簡単なことじゃない。
貴族社会の初夜はつらい あかいあとり @atori_akai
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