最終章 リベルノートの選択

「この奥にゼインがいる。」

最後のゲートを睨み、カイルは全員に告げる。


3人は決意を秘めた眼で頷く。


「行こう。リベルノートを取り戻しに。」


――最後のゲートが――今、開く




──国家管理棟・最上階。


その最終フロアに立ち入ったカイル達は、

制御卓の前にいるゼインと目が合う。


......皴一つない、指導層の制服。


そんな場違いな感想を、カイルは抱く。

それは、ゼインの持つ愛国心、その誇りの象徴であった。


「ここに、何の用だ」

「カイル・レイヴァン。指導層ですらない貴様は、ここに立ち入る権利はない。

 即刻、立ち去るがいい。」

ゼインが鋭く言い放つ。


「話をしに来た。」

「ルカノの判定基準が、歪められている。」

カイルの返答を聞き、ゼインは冷たく笑う。


「能力を認められなかった者が、何を吠える。」

「国家の選択に、落伍者の泣き言など不要だ。」


「このデータを見なさい。」

サヤは資料を強く握りしめ、机に叩きつけるように置いた。


「明らかに、前回の国家適性試験の直前から

 ルカノの閾値が変わっていっている。」


「それがどうした。」

「定められた方針のもと、成果を刻み続けるのが貴様らの役目だ。

 サヤ・ウィステリア。」


「その”方針”をお前ひとりが決めているのが問題だ。」

リオンが低く唸るように告げる。


刹那――


「問題、だと?」

「国家に寄生するだけのダニが、正義を語るな!!!」

ゼインの激昂で、フロアの空気が震える。


「もういい。貴様らとの会話なぞ、何の成果にも繋がらん。」

肩で荒く息をしながら、なおも表情だけは崩さずに、ゼインは冷酷に


「ルカノ、銃の使用と――殺人の許可を」


リベルノートで許されるはずがない行為を――口にした。


【指導層:ゼイン・アルヴェインの銃の使用及び殺人の許可判定】

【倫理:却下。リベルノートの憲章に反する】

【成果:部分的承認。銃の使用は承認。殺人は国力低下に繋がる】

【幸福:承認。不穏分子の排除は国民全体の幸福に寄与する】

【秩序:却下。リベルノートの憲章に反する】

【未来設計:却下。リベルノートの憲章に反する】


【最終判定:却下】


「ルカノ。貴様もまだ進化しきれていないのか。」

ゼインは苦虫を嚙み潰したようにこぼす。


――そう、カイル達の仮説通り、ルカノは蝕まれている。

ゼインにとって都合がいい決定になるように、少しずつ。

本来、武装や殺人は何があろうと、一部であろうと承認などされるはずがない――


「ゼイン・アルヴェイン。あなたの考えは全てが間違っているとは思えません。」

ジンがゆっくりと口を開く。


「国家を導こうとするのも、自由。」

「仕組みに手を加えるのも、力ある者の自由。」

ゼインは怪訝そうにジンを見る。


「でも……それは、誰のための自由ですか?」

ジンはゼインの目を見据え、問う。


「そんなもの、国家の未来のために決まっている。」

「リベルノートを飛躍させ、強くすることこそが、私の使命だ。」

ゼインは迷うことなく即答する。


「あなたは、本当は……」

「――認められたかっただけじゃないんですか?」

「リベルノートに。この世界に。自分自身を。」

「僕も以前はそうでした。だからわかります。」

ジンの静かな問いかけに、ゼインの瞳が揺らぐ。


「違う!!!」

「私は、進化を願って……国家のために――」


「違わない。」

「だから防衛システムを構築した。自分の力を誇示するために。」

「だからルカノを改ざんした。自分の価値観だけが認められるように。」


カイルは目を閉じ、黙してジンの言葉を聞いていた。

その顔には後悔の色が浮かんでいた。

......俺がゼインの思想に気づけていたら、止められたのかもしれない。


サヤはわずかに目を見開いたまま、ジンを見つめる。

冷静な眼差しの奥に、今までにない温かいものが揺れていた。

......答えを、自分自身で見つけたのね。


リオンはゼインを睨みつけたまま動かない。

だが、固く握られていた拳は、今は力が抜けている。

――それは、自らの存在を脅かした者への怒りを超えた、同情によるものだった。




――ゼインは俯いたまま顔を上げない。

何を思い、何を感じているか……それは誰にもわからない。


意を決したジンは最後の言葉を紡ぐ。

「あなたがしてきたことは、ただの独裁――支配だ。」


「支配――」

「私は――支配していたのか。」

「私は――私が愛したリベルノートを――汚していたのか。」


突如、ゼインの端末から警告音が鳴り響く。

制御スクリーンにアラートが赤く点滅する。


【悪意検知――対象者:指導層:ゼイン・アルヴェイン】


それが、リベルノートの答えだった。




――




その後、検知アラートによりルカノの指示のもと

指導層全員が国家管理棟・最上階に集う。

ことの顛末が4人から語られる。


ルカノのロールバック機能により、国家適性試験前の状態に戻すことが

満場一致で決定した。


――あの日の、まだ歪められていなかったリベルノートへ、中枢ごと巻き戻す。


リベルノートは、守られた。


だが、それは完成ではない。

これからも問われ続けるだろう。


成果とは何か。

自由とは何か。


答えは誰も与えてはくれない。

だからこそ、歩み続けるしかない。


『──自由のもと、成果を刻み、己にすべてを問え。そして、能力を示せ。』

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