第8章 選び取る自由

──夜。

ジン・クロフォードは、薄暗い自室で端末を開いていた。


いつも通り、日課の能力開発プログラムをこなすはずだった。

論理演習、リスク管理、国家戦略理論。

積み上げた成貨で買った、高ランクの教材。


だが、指先が止まる。


全ては上位層になるため。――その先は?


 


ふと、あの日の講義を思い出す。

サヤ・ウィステリア。

鋭い眼差しで壇上に立ち、静かに言い放った言葉。


──自由のもと、成果を刻み、己にすべてを問い、そして能力を示しなさい。


 


ジンは、その理念を「より高い階層に昇るための教え」だと思っていた。

結果を出すこと。

能力を身につけること。

誰よりも速く、誰よりも正確に。

そして、認められ上位層に行くこと。


それが、自由だと――信じていた。




だが。




彼女の持つ自由は浅いものではなかった。

真の自由には――大きな重圧と責任がのしかかる。


......このままで、あの境地に辿り着けるのか。


ジンは眼を閉じ、深く息を吐く。

混乱する思考を押し殺し、今すべきことに集中しようとする。


 


その時だった。

端末が短く、鋭い通知音を鳴らした。

 

【上位層2名からの招集:至急:旧第3棟 休憩区画】




――上位層から、直通の呼び出し。


ジンは迷うことなく身支度を整える。


この迷いが、晴れるかもしれない。




――




──旧第3棟・休憩区画。

カイルとサヤ、リオンが待つ中、ジンは静かに姿を現した。


「お久しぶりね、ジン・クロフォードさん。」

サヤが一歩前に出る。


「……サヤ・ウィステリア。」

ジンは短く答えた。


かすかに、だが確かな敬意を込めて。


「先日は、貴重な講義をありがとうございました。」

ジンが、静かに頭を下げる。


「あなたの姿勢、講義中から印象に残っていたわ。」

「だけど今は、浮かない顔をしてる。どうしたの?」


ジンは一度だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。

静かな声で、しかし確かな意志を滲ませる。


「……迷いがあります。」

「でも、答えは自分で見つけます。」


「その答えも、責任を持つのは自分自身ですから。」


サヤはそれを聞いて、ほんのわずかに微笑んだ。




一拍置いて、カイルが話に入った。


「早速だが、本題に入らせてもらいたい。」

「リベルノートの"成果"を、歪める者がいる。」


ジンは一瞬だけ眉を動かすが、何も言わない。

ただ、真っ直ぐにカイルを見据えた。


淡々と続ける。

「ルカノの判定基準が、歪められている。

国家そのものを変えようと企む者がいる。」


「──ゼイン・アルヴェイン。」

カイルが名を告げる。




「俺たちは、奴から国家を取り戻さなくてはいけない。

国家は、リベルノートは誰かの私物ではない。」


「……それ、悪い事ですか?」

ジンの返答に、場の空気が凍る。


「国家を導こうとするのも、自由だと思うんです。」

「仕組みに手を加えるのも、力ある者の自由かもしれない。」

ジンは、ためらいなく言葉を重ねた。


「……もし、ゼインが責任や重圧を一身に背負い

この国を強くするために動いているのだとしたら。」

「それは、自由の行使そのものかもしれない。」




サヤも、カイルも、リオンも沈黙する。

「俺は、そういう自由も、否定しません。」

「強者が、自由に世界を創る。それもまた、一つの生き方だ。」


リオンが低く、ぼそりと呟く。


「……なら、お前はここで俺たちを止めるか?」


静かな問いかけに、ジンはわずかに目を伏せた。

拳を握りしめ、沈黙する。


──強者が、自由に世界を作る。

──力を持つ者が、結果を導く。

それもまた、確かに「自由」のひとつだ。


もしかしたら、ゼインが作る世界では

自分が望む答えが”与えられる”かもしれない。


ジンの胸に、わずかな迷いがよぎる。


だが──


......果たしてそれは真の自由なのだろうか。




ジンがここまで積み上げてきたものは、

誰かひとりの基準で選別され、与えられるためのものではなかった。


自ら選び、自らの力で掴み取るためにあったはずだ。


ジンは静かに顔を上げた。

その瞳に、迷いはなかった。


「……僕は、僕自身の自由を選びます。」


力強く言い放つ。


「歪んだ基準で与えられる自由なんて、いらない。」

「僕は、真の自由がある世界を、守る。」


リオンが静かに組んでいた腕をほどく。

サヤも、ジンの目をしっかり見据え、頷いた。

カイルはジンに一言だけ告げる。


「歓迎する。」




――




それぞれの理由を胸に、

それぞれの「信念」を胸に、


今──四人の意思が重なった。


『──自由のもと、成果を刻み、己にすべてを問え。そして、能力を示せ。』




3人をそれぞれ見ながらカイルが言う。


「行こう。」


──リベルノートの、未来のために。

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