第6章 抗う者たち

国家中枢統合制御センター。

夜の作業区画に、サヤはひとり、端末に向かっていた。


数値は、相変わらず「正常」の範囲に収まっているが。

胸に突き立った針は、まだ抜けない。


一人で守りきるには限度がある。

脳裏に、自然とひとつの結論が浮かんだ。


......協力者が必要ね。


そして、すぐに思い浮かぶ人物がいた。


カイル・レイヴァン。

元・指導層。

かつて国家の中枢に触れ、今年、適性試験で上位層に降格した男。


あの男なら、何か感じ取っているかもしれない。

この国に、ほんのわずかに滲み始めた歪みを。


 


サヤは、アクセス許可をぎりぎりまで活用して、カイルへ直接連絡を入れた。


 


──


 


廃棄区画に指定された、旧上位層ブース。

そこで、カイルとサヤは対面した。


 


「……サヤ・ウィステリア。AI整備チームのエースか、あんたも、何かがおかしいと思ってるんだな。」


カイルは短く言い、

国家のどこかが、静かに、確実に狂い始めていることを確認した。


サヤも、黙って頷いた。


「今年の適性試験、上位・下位層の大幅な入れ替わり……。何かがおかしい。」


「そう。スコア判定が、微細にズレている。」

サヤが短く答える。


「スコアが……そうか、そういう事か。」


二人は、自分たちだけが違和感を抱いていたわけではないことを確信した。


「指導層で見直しの議論があったの?」


「……いや、俺の知る限りでは、そんな話は一度も出ていない。」


「じゃあ、ルカノが独自に変更し、告知を伏せた?」


「ありえない。」

カイルは即答する。


「ルカノには五人格制度がある。

 仮に成果や未来設計が許したとしても──

 倫理、幸福、秩序が絶対に止めるはずだ。」


サヤは、ひとつの仮説にたどり着く。

それは、今まで絶対だと信じ、目を背けていた”ルカノへの明確な疑惑”だった。


「もし……もし、その『倫理』『幸福』『秩序』の基準自体が、

 ほんのわずかでも、歪められていたら?」


「そんなことできるはずが……いや、メンテナンス権を使えば、可能かもしれない」


「……メンテナンス権?」

サヤの声に、確かな驚きが滲んだ。


カイルは一瞬だけ、何かを噛み殺すように目を伏せ、

言葉を選びながら続けた。


「存在自体、極秘扱いの権限だ。通常、ルカノはルカノ自身で相互にメンテナンスするからな。

国家維持のため、極めて限定された範囲だけが知っている。」


「……知らなかった。」


「当然だ。AI整備チームですら、通常は知らされない。

しかも、正式に行使された例は、記録上、ただの一度もない。」


「……そんな危険な権限、チップ未装着者に渡すはずがない。」


「その通りだ。『そいつ』はチップを装着し、検知されないよう”悪意を一切持たず”国家の判断を歪め続けている……」


カイルは、苦い顔をして吐き捨てるように言った。


「そんなことができるのは、もう人間の域じゃない。」



──国家に、異常が生じている。

──しかも、それは最も深く、誰も届かない場所で。


サヤも、カイルも、

静かに、しかし決然と、心を固めた。


国家は、自由国家リベルノートは、誰かの私物ではない。


──リベルノートを守らなくては。

 

 

『──己にすべてを問え。そして、能力を示せ。』


──


 


2人は調査を進めた。


カイルは、直近の適性試験以前からメンテナンス権にアクセスできた可能性がある人間をリストアップし、

サヤは、対象者の活動ログを細かくチェックした。



そして、真相にたどり着く。


指導層昇格前から、セキュリティゲートへのアクセス回数が他と比べ、僅かに多かった。

そして今──新たに指導層に立つゼイン・アルヴェイン。

操作が可能だったのは、この男しかいない。


「あなたは、このゼインという男がどういう人物か知っている?」


カイルはサヤの疑問に対し、熱心に研究を続けていた背中を思い出しながら答える。


「俺が知るゼインは、上位層の中でも強い使命感を持ちリベルノートに貢献していた男だ。

こんなことをするとは考えにくい……だが、事実上ゼインしかいない。」


チップの検知ログはない。

上位層時代の成果は、非常に高い。

国力の向上に寄与し続けている。


──なぜ、そんな男が国家を歪めるのか


理由に意味はない。

今必要なのは、リベルノートを守ることだ。




──


 


調査を続ける中で、サヤは特定の異常に気づく。

──ある生産ラインで、特定の工業部品だけ、異常な増加を続けていた。

しかも、生産計画にも記録されていない"過剰生産"だった。


カイルが調べた。

その部品は、ゼインが構築した新型防衛システムのコアパーツに使われていた。


……このままでは、ゼインに辿り着く前に阻まれる。




「このシステムのコアを知る仲間が必要だ。」


「そうね。この設計図通りだと、正面突破はまず無理。」


「だが慎重に選ばなくては。

不満という悪意の種を持つ者だと、チップに検知されてしまう。」


「適任者を探しましょう。」


そして、そのラインで最も長く、成果を出し続けてきた人物の名が挙がる。


――リオン・セオラス。

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