第18話 姫ヒロインは撮られたい
昼休みの教室――
メシを済ませて、北大路としゃべっていると。
「衛司、最近姫川さんと仲良いよね?」
「いや、特には」
ドガンッと、もの凄い轟音が響いた。
「ちょ、ちょっとちょっと、衛司くん!?」
近くの席で友人たちに囲まれていた姫川が、椅子ごとコケている。
危ないな。
「こ、こっち来て」
「え?」
姫川は俺の腕を掴んで立ち上がらせ、教室の隅に引っ張っていく。
「そ、そりゃ、誤解されないように気を遣ってくれてるのはわかるけど、そこまで否定しなくても」
「俺が気を遣う……?」
「あ、素であたしと特に仲良いと思ってない反応だ、これ」
ああ、そうか。
クラスの姫君なんだから、特定の男子と仲が良いと困るんだったな。
最近、姫川からの距離の詰め方がバグってるもんだから忘れてた。
姫川は、なぜか北大路のところまで歩いて行くと。
「北大路くん……」
「え、僕?」
「衛司くん、きちんと教育しといて。親友なんでしょ?」
「衛司は普通なようで変わってるからねえ。しかも昔からこれだから、なにか言って変わるようなタイプじゃないんだよ」
「よくわからんが、おまえたち俺の悪口言ってる?」
「衛司、悪口を気にするの?」
「悪く言われるところがあるなら、改善しないといけないだろ」
「え~、そんなこと思うんだ、衛司くん……」
「確実に、姫川は俺になにか思うところがあるようだな」
この前、姫川家に行って寝るまで見守ってやったのに。
またパンツを思い切り晒してきたり、ただ寝かしつけるだけでは終わらなくて大変だったし。
「岸くん」
「ん?」
俺のところに、黒髪ショートカット、長身の小森メイが近づいてきた。
「ダメだよぉ、サシャちゃんに迷惑かけたら」
「俺が迷惑をかけてるように見えるのか」
「んー? まあ、岸くんは物理的な迷惑をかける人じゃないけど」
「精神的な迷惑はかけると言いたげだな、メイ」
「ううん、私には最高だよ、岸くんの存在は」
「最高?」
「この前もらったサシャちゃんの笑顔の写真、最高だった! ほら、今も待ち受けにして、プリントアウトもしちゃった。ポスターとタペストリーとアクスタにするのってどうしたらいいのかな?」
「専門店じゃないか」
ポスターは百歩譲っていいとして、タペストリーとアクスタ?
メイは姫川のファンというより信者では?
「あ、小森さん、あたしの写真使ってくれてるの?」
「う、うん、ごめん、毎日はかどって――じゃない、スマホで使わせてもらってる」
姫川が、メイが俺に見せていたスマホの画面を覗いている。
「ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな。あ、よかったらあたしの写真、撮る?」
「いいんですか!?」
なんで敬語なんだよ。
「あたしなんかでよければ、いくらでもどうぞ」
「うわああああ、もっとカメラいい機種にしとけばよかったぁ!」
そんなことを叫びながら、メイが姫川にスマホを向けてパシャパシャ撮っている。
さすがは姫、撮られ慣れているようで、ピースしたり机に座ってみせたり、どこのモデルさんかというくらいポーズを決めている。
「サシャちゃん、私たちもいい?」
「今日は動画撮りたい!」
「俺も俺も!」
周りから他のクラスメイトたちも集まってきて。
姫川の周りの机をどけて、クラスメイトたちが彼女を取り囲むようにした。
「やだなあ、恥ずかしい。あ、男子はローアングルは禁止だからね。ダメだぞ♡」
「ぎゃーっ、サシャちゃん可愛いーっ!」
「ローアングルなんて恐れ多い!」
「どんなアングルから撮っても最高すぎる! 可愛さの天才か!」
「…………」
姫川の周りに集まった十数人のクラスメイトたちは、彼女を撮りまくっている。
ローアングルでスマホを向けている女子もいるが、さすがにスカートの下は撮っていない。
「凄い人気だよねえ、姫川さん」
北大路が寄ってきて、苦笑いしている。
こいつは姫川の写真には興味がないようで、スマホを構えていない。
「こういうの見たことあるな。なんか、夏だか冬だかのイベントで……」
「ああ、コミケでコスプレイヤーを囲んで撮ってるよね」
「そう、それだ」
姫川はいつもの制服姿だし、ここにいる連中は毎日姫川を見てるだろうに。
わざわざ写真を撮ってどうするんだ?
「いいよ、サシャちゃんいいよー。ちょっと前屈みになってみようかー」
「メイ……」
中学時代から知ってる友人が、なんだか気持ち悪くなってる。
メイは真面目な性格だと思ってたんだがな。
真面目なメイすらキモくするほど、姫川に魅力があるってことか。
「いえーい。ちょっと踊っちゃおっかな♡」
姫川が長い手足を振って、その場で軽く踊り始めた。
大きな胸がたゆんたゆんと揺れ、スカートもひらひらして、白い太ももも見えている。
おーっ! と男子も女子も歓喜の声を上げながら、写真を続けて撮っている。
「さすが姫川さんだね。信者を喜ばせるサービスも心得てる」
「それはいいんだが……」
「なに、衛司?」
「なんでもない。ウチのクラスはみんな楽しそうでいいなと思っただけだ」
「衛司も最近楽しそうだけどね」
「え?」
「なんとなくね。いつも目が死んでたのに、ちょっと生気が感じられるよ」
「……生気なかったのか、俺」
一応、健康な男子高校生なんだけどな。
まあ、退屈しのぎはできたが……。
クラスのお姫様、こんなにハシャいでて“揺り戻し”がどうなるかな。
「疲れたよお……」
「やっぱりか」
放課後。
今日は正式な?美化委員会の活動として、俺と姫川は屋上にやってきていた。
ゴミを拾い、床をブラシでこするくらいだが、屋上はけっこう広いので二人では大変だ。
「あれだけ愛想を振りまいてりゃ、姫川じゃなくても疲れるだろうよ」
「急に撮影会になるなんて……でも、小森さんに撮らせて、他のみんなにダメとは言えないじゃん!」
姫川は涙目だ。
掃除中なので亜麻色の髪はポニーテールにして、上にはジャージを羽織っている。
「こういうラフな服装もメイが見たら喜びそうだな」
「あ、それじゃ撮って撮って。小森さんに送って」
「撮影で疲れたって言っといて」
他人を喜ばせることが姫のお喜びらしい。
俺はスマホを取り出して、姫川の姿を適当に撮っていく。
もちろん姫川はこっちを向いてポーズを決めるのはもちろん、掃除中の姿をきちんと演出している。
「いやマジでモデルになったらどうだ? タダで愛想を振りまくより、実益も兼ねていいじゃないか」
「お仕事はヤだー。お金が発生したら、責任重大になるじゃん。あたしは気軽に、無責任にみんなにチヤホヤされたいだけだもん!」
「なんてわがままな……だから姫なんだが」
「衛司くんに守ってもらえるから、身の危険もないしね」
「24時間ガードできるわけじゃないぞ。あと、刃物向けられたら俺は逃げる」
「守ってよお! あ、24時間ガード態勢は考えるべきだね。ウチに住み込む?」
「さすがに姫川に24時間付き合ったら、俺のメンタルがもたないな。無理だ」
「はっきり無理って言わないで!」
まあ、姫川も冗談で言ってるのはわかってる。
「ぐっ……でも今日は撮影で疲れたから、掃除終わったあとも付き合ってよ」
「付き合うってなにを?」
「喫茶店、ダメかなあ? この前はウチの生徒が近くにいたけど、いつもいるわけじゃないよね」
「そんなに危険はないと思うが……」
ただ、俺も予算に限りはあるからな。
そんなにしょっちゅう喫茶店でお茶できるほど優雅な身分でもない。
「疲れたから甘いのほしい……そうだ、“きしや”行こう!」
「へ? ウチの店に?」
我が家の両親は和菓子屋を経営している。
「そう。きしやのどら焼き食べたい! いい?」
「……毎度あり」
「やったーっ! 行く行くイくっ! あたしイっちゃうーっ!」
「…………」
姫川は、なぜかヒワイに聞こえる台詞を叫びながら、俺に抱きついてきた。
柔らかい胸がむにゅっと押しつけられ、髪からふわっと柔らかい香りがする。
こいつ、相変わらず無防備すぎる……。
いや、距離の詰め方がバグってるどころかゼロ距離になりつつある。
「楽しみだなあ。実は前から一緒に行きたかったんだー。これなら、もっと早くに言っとけばよかったー」
姫川は、ブラシを手に小躍りしている。
和菓子好きの姫川がそう言い出すのは時間の問題と思ってたからな。
あまり気は進まないが、姫のわがままは俺には止められない。
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