第2話 姫ヒロイン、塩対応してみた

「あはははっ、そんなのウソウソ! あたしだって、もう騙されないんだから」

「…………」


 姫川紗沙さしゃが笑っている。

 亜麻色のロングヘアに、ほっそりとしたスタイル。

 イエローのセーターの胸元は大きく盛り上がり、ミニスカートから伸びる脚は細く長い。


 姫川は、ウチのクラスで一番可愛い女子――らしい。

 教卓前の席で、友人の女子たちに囲まれて笑っている。


「あー、サシャちゃん可愛い!」

「姫がいるクラスになれてラッキーだよなあ」

「でも付き合えるわけじゃねぇし。逆に生殺しっつーか」

「いやいや、サシャちゃんと毎日同じ教室にいられるだけで最高でしょ」

 俺の周りには、男の友人どもがいる。


 こいつらは毎日、飽きもせずに姫川をネタに盛り上がっている。

 男子の中には、姫川を“姫”などと呼んでいる奴らもいるのだ。

 苗字と彼女のキャラから取ったあだ名なのだろう。


 別に姫川本人にも隠していなくて、“姫”と呼ばれたら彼女も普通に返事をしている。

 そんなあだ名を受け入れているとは、姫川もなかなかツラの皮が厚い。


「おい、衛司えいじ。おまえ、話聞いてんのか?」

「聞き流してる。たいした話じゃないだろ」

「つまんねー奴だな。女子の話より面白い話なんかないだろ」

「友達ですらない女子の話でよく盛り上がれるな」

 嫌味を言っているわけではなく、心底不思議だった。


「自分のカノジョとか友達だったら話のネタにしづらいだろ。わかってねぇなー」

「そうそう、“みんなの姫”だからこそ話が盛り上が――」


「なになに、もしかしてあたしの話、してる?」


「「「「うわっ!!!!!!!!」」」」

 突然、ひょこっと友人たちの間に割り込むようにして。

 姫川紗沙が笑顔で入り込んできている。

 四人の我が友人たちが一斉に驚きの声を上げた。


「あ、ああ、ごめん。ただ、その、サシャちゃん可愛いなって」

「そ、そうそう。それに姫、良い匂いするし!」

「なに、匂いって。ちょっとキモいね」


 姫川はニーッと笑って、なぜか俺の机に手をついてきた。

 友人たちは憧れの姫が近づいてきてくれたのに、なぜか距離を空けている。

 合法的に近づけたんだから、可愛い顔なり良い匂いなりを堪能しろよ。


「でも、きしくんもあたしのこと話してたの?」

「ん?」

 岸くん、というのは俺のことだ。

 岸衛司。

 気さくな姫君は俺のような下々の名前までご存じらしい。


「ちょっと嬉しいな。岸くんって塩対応だもんね。掃除当番のとき、『ああ』『うん』しか言ってくれないし。ねぇ?」

「……そうだっけか」

 俺は美化委員をやらされており、週イチで校庭や屋上などの掃除を担当している。


 美化委員は各クラス二名。

 俺が周りに押しつけられて美化委員になってから、なぜか姫川も同じく美化委員になった。

 今は週イチで、姫川と掃除で顔を合わせているのだ。


「おいおい、サシャちゃんにも素っ気ないのかよ。岸、おまえ何様だ?」

「姫と同じ委員会ってだけで人生の運を使い果たしたまであるだろ」

「いや、サシャちゃん、こいつも照れてんのよ」

「待て、おまえら適当なこと言うな」


 偉そうにしているわけでもなく、ましてや美人に照れるような可愛げなどない。

 俺はただ――


「あはは、もっと照れさせちゃおうかな?」

「…………」

 姫川は俺の肩に手を置き、屈んで顔をずいっと寄せてくる。

 ついでに、大きな胸のふくらみが俺の腕に当たり、むにゅっと潰れている。

 近くで見るとますます綺麗な顔だ。

 制服の上から見る以上に胸も大きく、スタイルも良いらしい――が。


「おい、離れろ」

「わっ!」


 俺が肩に置かれた姫川の手を掴んで引き剥がすと、彼女は驚いた顔をした。

 周りの友人たちはもっとびっくりしている。

 それでも俺はかまわず、彼女の驚いた顔を睨むように見る。


「……ひゃんっ♡」


「ん?」

「あ、ううん。なにも言ってないよ」

 なんか、姫川が変な声を出したような?

 俺の塩対応に驚いたにしては、おかしな反応じゃないか?


「それよりさ、岸くん」

「んん?」

「あたしのお祖父ちゃんってすっごい真面目でさ。学校の校長先生やってたんだよね」

「急に、なんの話だ?」


「お笑いとか大嫌いで、お笑い番組で芸人見てるとき、完全に無表情なんだよ。あのときのお祖父ちゃんの目に似てる。異次元の生物を見てるみたいな……」

「…………」

 俺の目、そんな感じなのか。

 客観的な意見をいただけたことに感謝するべきか?


「でもあれ、クラスメイトに向ける目じゃないと思うんだよね」

「……悪かった。言い方がよくなかったな。急に触られたからびっくりしたんだ」

 一応、フォローしておこう。


 クラスで人気の女子を敵に回すと、学校生活が不自由になりかねない。

 余計なリスクは背負わない、それが平和に生きる秘訣だ。


「俺、無愛想なトコあるんだ。気にしないでくれ」

「そ、そうなんだ。ごめんね、あたしのほうこそ」

 姫川は気を取り直したようで、ぺろっと舌を出した。

 友人たちはそっちのあざとい仕草に気を取られて、俺への驚きは忘れてくれたようだ。


「あ、話の邪魔してごめんね。ごゆっくり」

 姫川はそう言うと、教卓前の自分に席に戻っていった。


「うおー、やっぱサシャちゃん可愛い!」

「姫とお話しちゃったよ!」

「マジで良い匂いした……これだけでメシ三杯はイケる」


 まあ、こいつらも喜んでいるようでよかった。キモいが。

 俺をほったらかして友人たちはまだ姫川の話で盛り上がっている。

 さっき俺が姫川の手を掴んだことは忘れたようだ。助かった。


「はは、見てたぞ。衛司は恋愛に興味ないもんな。マジで」

「マジなんだよなあ、残念なことに」

 こっちに来て話しかけてきたのは、眼鏡の優男――北大路きたおおじだ。

 こいつとは中学からの付き合いで、まあ親友と言っていい間柄だ。


「衛司、意外とモテるのに、もったいない」

「モテる?」

「中学んときに何回か、高校に入ってからも告られてるだろ?」

「モテるってほどでもないだろ」


「あのな、衛司。普通の男子は、そんなに告られるもんじゃないよ。なんなら、一度も告られずに人生を終える人だっていると思うぞ」

「生涯の話にまで広がるのか」

 まだ高校一年、人生の終わりを想像したこともない。


「おっと、俺、ちょっと飲み物買ってくる。北大路、なんかいるか?」

「いや、僕はいいよ。水筒あるからね」


 北大路が手を横に振り、俺は立ち上がって教室を出て行く。

 まだ俺の友人どもは姫川の話で盛り上がっている。


 ついでに、その姫川もまだきゃあきゃあと友人たちと騒いでいる。

 姫川はなにが楽しいのか、その場でぴょんぴょん跳びはねていて、短すぎるスカートの裾が大きく揺れている。

 今にもパンツが見えそうで、何人かの男子がこっそり見ているのもわかった。

 姫川、わかってて跳びはねてるんじゃないのか?


「あはははは!」

 めっちゃ笑ってるな、姫川……。


 クラスの連中も、あのお姫様が笑ってるだけで大喜びだ。

 みんな楽しそうでけっこうなことだ。

 俺は学校が楽しいなんて、まったく思わないけどな。

 あの姫川紗沙だって――


 クラスのアイドルなんて、顔と身体と愛想が良いだけでなにも面白くない。


 まだ高一の半分が終わったところ、あと二年半も高校生活が続くなんて考えただけで気が滅入る。

 高校生活は――退屈すぎる。

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