銃声、そして――
新年は訪れなかった。
年越しそばを食べて別れ、一時間もした頃、赤いものをいっぱい床に零し、一緒に赤黒いタコ脚まで口から出し、死を懇願する妹の前に立つ。例年通りに大晦日を過ぎたはずなのに、妹の部屋から信じられない絶叫とビチャビチャって音が聞こえてきて、慌てて駆け込むと、もう手遅れになっていたのだ。
僕は小型拳銃を握っている。
父は日本で唯一、警察が常時武装するこの卍田市において、元は警視正、現在は特別顧問の地位におり、拳銃を自宅に置くことが許されている。
好都合だった。最悪なまでに。
最悪の事態に陥ったのだ。たった一人の妹が救いようのない悲劇に見舞われている。
というのに、これはもう救えないと分かった途端、父の部屋を漁り、机の引き出しからこれを見つけて戻ってきた。
妹が血反吐を吐きながら「コロシテ……ウッテ……」と望むから、見つけられるところにあって良かったと小さな
娘が今際の際というのに、父は年越しで残業中。このおっさんいつも家にいるな、と呆れる時もあれば、こういう時もある。母はとっくに他界しているため、妹の生死は僕に委ねられた。
母は
反面、悲しみが胸の内から湧き立つように込み上げてくる。
できる。撃てる。残弾を確認し、撃鉄を起こし、額を狙う銃口が一切震えていないことから分かる。僕とは人を撃てる奴だったんだ。
この閃きはどの未来にも繋がらない。自分のこれからが、在砂の人生が終わってしまうことが、ただ悲しかった。
――高校、楽しみにしてたのに。
銃声、刻まれる。
「ア……リガト……オニイ…………アリガトウ……」
頬を伝う涙は鮮血だから美しかった。
息も忘れていた。ひたすら妹が自由になるために、僕は……。
銃声よりも心臓の暴れる音がやかましく、僕の頭こそ破裂してしまいそうだった。慟哭してあげられない僕の代わりに叫んでいたのかもしれない。そう思う頃、在砂の人生を台無しにしたタコ野郎は、宿主が逝くと共に消失した。
「生まれてこなければ良かった」
どれに、何に、誰に対しての言葉なのか分からず。それでも唐突に漏れたその言葉が、僕自身の奥深くに沁み込んでいく感覚があった。
在砂が死んでも僕は生きていく。しかし、僕の時間はここで止まってしまった。中三のくせに僕より断然大人びていて、それでも時折、甘えん坊に化けるような妹だった。無害で無実な少女を、この馬鹿は救えず、綺麗であるべき散り様すら惨いままにして送ったのだ。
眠り、目が覚めれば過去。だけど、昨日は今日なのだから、いつまで経っても後悔を引き剥がせず、何て人生は悲しいんだろうと俯く、冴えない奴に成り果てた。
悲劇から三か月。在砂が一人で始末できなかったように、どうやら僕も自力で元いた場所へ心を戻すのは難しそうだから、その時が来るまでここを彷徨い続けることにしている。
保健室の魔女から招待を受けるまで。情けない僕の背中を叩く衝撃が訪れるまで。海岸で、新たな願いと出逢うまで。
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