✦✦Episode.34 伝説の四騎士✦✦

✦ ✦ ✦Episode.34 伝説の四騎士






✦ ✦ ✦






(おかしいわ……どれだけ調べても、新しい情報が何一つ出てこないなんて)


 シエルが、この学園に入学してから、約半年。 リースは彼女の情報を片っ端からかき集めて調べていた。 しかし、彼女の事が記載されている物は、すべて同じ内容になっていた。 長く務めた職員数名に問いかけてみたが、皆同じように「彼女は入学式当日・・・・・から、姿を現さなかった・・・・・・・。」と口々に言うのだ。

 リースは一人、頭を抱えていた。 何度も個人書に目を通して、口に出して読み返す。



「シエル…ルシルフィア……精霊の目の持ち主……属性…光……」

「精霊の目…? 確か、同じ目を持った人が、昔…学園に通っていたような……」


 リースは、「ハッ!!」と声を上げ、ガタンと椅子から立ち上がった。 手が震え始め、冷や汗が頬を伝う。 かつて、この学園に通い、彼女と同じように、“精霊の目”を持つ者がいた。


「それは…その名は…っ!!」


 リースはファイルを閉じて、バタバタと、ルシフェル学園の玄関ホールへ向かって走り出した。 ロビーの中央、そこには…壁に飾られた、巨大な肖像画。 それを見て、リースはゴクリと、のどを鳴らした。 胸の中の疑問は、まるでパズルのピースがはまり込んだかのように、ストンと音を立て、腑に落ちていった。 


「やっぱり、似ている!! 新聖神しんせいしん…“ローネ・シルファルト”様と“ハクト・ルミナス”様に!!」

「シルファルト様は、精霊の目・・・・を持ち、ルミナス様は…癒しの光・・・・を持つ者! 毎日これを見ていたのに、今頃気が付いたなんて…!」


 かつて、彼らはこの学園に通っていた。 しかし、ある事情からこの学園を去り…その後、新しい神、“新聖神(王)”として、現在この地を治めている。 シエルの目は、彼と瓜二つで、両親共に、同じ髪の色をしている。 


(皇族の姫として、その存在を明かせなかった…?)

(確信があるわけじゃない……でも……彼らに子供が産まれたのは、17年前…! シエルさんと、同じ歳だわ!)


 彼女に割り当てられた、特級クラスの個室。 放置されていたとは思えないほど、埃一つない、綺麗な部屋。 新聖神の神子ともなれば、14歳という若さで、入学が承認されていたのも当然の結果と言える。 何よりも、この半年間の彼女の成績は、常にトップクラスだった。 


(魔法の力だけじゃない。 彼女の礼儀作法も、一般人と思えないほど完璧なものだった)


――リースの頭の中で…すべてが、点と線でつながった。


(しかし、なぜ行方不明になって、今頃また姿を現したのか…? それだけがどうにも引っかかるわ)


 外はもう日が落ちて、暗くなっていた。 夕食の時間は終わり、間もなく消灯の音楽が鳴り始める頃だった。 リースは、シエルのいる寮に向かい、静かに歩き出した。 



✦ ✦ ✦



 シエルは、制服を脱ぐと、いつもの通りベットの端に置いていた。 個室にあるシャワーでその身体を清め、椅子に座りながら、濡れた髪をタオルで乾かしている最中、コンコンと、ドアがノックされる音が響いた。

 先程まで読んでいた、両親からの手紙をそっとテーブルの端に寄せ、ドアの方へ向かっていく。


「はい…?」

(こんな遅くに誰かしら…?)

「シエルさん、リース・アイリスよ。 開けてもらえるかしら?」

「まぁ、リースさん? どうぞ」


 リースはドアを見つめて、思いきり息を吸い深く呼吸をした。 カチャリとドアが開き、シエルは、ドアから顔をのぞかせた。


「こんばんは…夜遅い時間にごめんなさい」

「いえ、何の御用でしょうか?」

「とても大切な話があるの。 中で話したいけど、いいかしら?」

「はい、大丈夫です。 どうぞ」


 シエルはリースを部屋の中へ招き入れると、二人で奥にあった椅子に腰かけた。 テーブルの上に、黄色い小さな花が飾られているのを目にして、リースはじっとその花を見つめた。


「これは…ツワブキの花?」

「えぇ、ティオン君が持ってきてくれたんです」

「ティオン? 編入生の子ね」

「えぇ。 素敵な方ですよ」


 シエルはにっこりとリースに笑いかけた。 彼女の瞳は、確かに肖像画に描かれた人物と、同じ光を放っていた。


(間違いない。 シルファルト様と、同じ目をしている……)

「それで……ご用と言うのは何でしょう?」


 リースは、持ってきたファイルを開くと、シエルの方へ向けて、テーブルの上に置いた。 そこには、先程までリースが読んでいた彼女の個人書が挟み込んであった。


「……シエルさん。 ここ見てちょうだい。 あなたの個人書には、普通は記載されるはずの、ご両親の名前がないの。 どうしてかしら?」

「…………ごめんなさい。 分かりません」

「あなたのご両親は、どうしているの?」

「分からないんです……手紙を頂いたけれど、本当に私の両親なのかも分からなくて……。」


 シエルは顔を曇らせて、端に寄せてあった手紙をそっと広げ、リースに渡す。 リースは手紙の内容にじっと目を通すと、唇をぎゅっと噛み締めた。


(父、ローネ 母、ハクトより。 やっぱり、思った通りじゃない……!)


 シエルは静かに俯くと、唇は震え、指先を擦り合わせていた。


「ここに来る前。 アルテラ村の、ノアさんを訪ねました。 …何故あの人を訪ねたかも、…何故ここへ来たのかも分からないの。」

「シエルさん……。」

「何か、大事なものがあったんじゃないかって、ずっと思ってるのに…分からないのっ。」


 シエルの瞳から、大粒の涙が零れ落ちると、肩を震わせて声を上げて泣き始めた。 リースは、優しくその肩に触れる。 一人でここまでやってきて、何度も心が折れそうになっていた。 それでも、諦めなかったのは、大切な何か…その手がかりを、この手でつかみたかったからだ。 甘くない現実は、日々の生活の中で、シエルの心を打ち砕いていた。


「どうしてっ…どうして思い出せないのっ…?」

「落ち着いて、取り乱すとかえって良くないわ」

「ううぅっ…。」

「深呼吸して……そう。 落ち着くのよ……」


 シエルは、リースに促され、ゆっくりと呼吸を整えていく。 沢山泣いて、疲れてしまったのか、そのままコトンと眠りについた。


(――ごめんなさい。 こんなことは、したくなかったけど…。)

「我…種族より賜りし読心の力……彼女の心を解放し、我に見せよ。」

 リースは、シエルの額に手を当てると、ぼんやりと指先からまばゆい光が現れ始め…ゆっくりと目を閉じる。

身体は指先を伝って、静かにシエルの心の中へと侵入していく。


「彼女の心の中・・・へ、“クラリアス”!!」


――シエルの心の中へ、リースが降り立った先は…見渡す限りの白い霧に包まれていた。 


(これは……雪? それに、時計の秒針の音……?)


 ゆっくりと、空から雪が舞い降りている。 時計の秒針が、カチッカチッと、時間を進めるように鳴り響いている。 

 目の前にぼんやりと、心の中のシエルが立ち尽くしていた。 彼女の足元はひび割れて、ポロポロと崩れていく。 一面真っ白な世界で、凍りついた地面の中へゆっくりと、身体が沈み始めて行く。


(彼女の心の中は、真っ白でなにも見えない。 それに、この魔方陣は一体何……?)


 彼女の頭上には、巨大な白い魔方陣が浮き上がっていた。 時折、彼女の身体から、白い光が、その魔方陣へ向かって飛んでいく。 

 シエルの身体は、既に下半分が凍り付き。 彼女は物を言わぬ人形のようになっていた。 腕に絡まりついた草は、静かに蔓をのばして、白く輝きながらその身体に絡まり合っている。


「なにこれ……これは……アイビー?」


 リースは思わず、そのアイビーに触れてみた。 微かに伝わってくる、誰かの願いの力……。


『――シエル。 必ず……』

(誰の声? 男の子のようだけど……?)

『誰だ!? シエルに、触れるな!!』


 誰かの声が叫んだかと思えば、バチンと勢いよく意識が外へ弾かれて、リースはその場で目を覚ました。


「あっ…! (追い出されちゃった……!)」

「う……うぅ……ん。」


 シエルはゆっくりと目を覚ますと、何が起こったのか分からず、慌てるようにして、その場から立ち上がった。


「えっと、ごめんなさい。 話の途中で寝てしまうなんて、私……おかしいわ!」

「大丈夫よ。……それより、あなたのご両親について、話しても良いかしら……?」

「お母様と、お父様の事……知っているのですか……?」

「――この話は、少し長いの。 けどきいてちょうだい」


 リースは、ゆっくりと……順を追うように、ある騎士達の物語を、語りだした。



✦ ✦ ✦



 かつて、この世を作り出した創造神は、この地を去っていった。 それを聞き付けた悪魔達は、この地を支配しようと押し寄せた。 神聖軍が設立されて間もなく、悪魔との戦争は次第に激しさを増していく。

 怪我を負い、傷つく者達……その事に胸を痛めたルシフェルは、少しでも知恵と力の持つ者達を育て上げようと、この学園を設立させた。

 しかし、それをよく思わない者達………秘密裏に結成されたという、神反軍もまた、彼らを仇なす敵となった。


――悪魔との戦いは、何日も、何年も続いていた。

 そして――ある時、この学園に通っていた生徒が学園を飛び出して、旅に出た。 その後、四人の騎士として戦いに参加し…彼らの勝利によって、この戦いは幕を下ろす事となる……。


「彼らの名は……」


――大地を潤し、枯れた野を蘇らせた、水の使い手であり、黒い翼を持つ男の天使。 …コクト・ノクティア。

 灼熱の炎を纏い、悪を焼き払った、燃える瞳を持つ女の天使、リアノ・アルテスタ。

 彼らの後方を支援するように、動いていたのが、精霊の力と共に大地を駆け巡り、風と共に戦った、男の天使……ローネ・シルファルト。 

 光を宿し、癒しの力で、傷ついた者達を治療し続けた女の天使。 ハクト・ルミナス。


「彼ら四騎士の登場によって、世界は大きく動き、そして……神聖軍と共に戦い、世界に平和が訪れたのよ」

「ま……まって、黒い翼……? 本当に居るの? 黒い翼の天使が!」


 シエルは震える手で、ポーチの中から、黒い羽を取り出し、それを握りしめた。 リースは驚いて、その羽をじっと見据えた。


「黒い、羽? それを……どこで?」

「いつの間にか、持っていたんです! 何故か分からないのに、私にとって大切なものだって感じるんですっ……!」


 リースはじっと黒い羽を見つめた。 今の四騎士達の物を想像してみたところで、その羽の大きさは一回り小さい物だった。


「おかしいわ。 前に見た物より、少し小さい。 恐らくそれは、コクト様の物ではないわね」

「そんな……やっと、手がかりを見つけられると思ったのに……」


 シエルは、しょんぼりすると、そっと羽をポーチの中へ仕舞いこむ。 リースは深く考え込んでいた。


(コクト様より、小さい羽……子供が居てもおかしくない歳だけど、聞いた事がない。 それに…ローネ様とハクト様以外の話は、この所、全く聞くことがないわ)

(――まるで、この地に存在しなくなったかのように…すっかり二人の事が忘れ去られている気がする)

「とりあえず、今日はこの辺にして……明日、学園の玄関ホールに一度立ち寄りなさい。 その時、また続きを話しましょう。」

「分かりました…」


 リースは、パタンとファイルを閉じた。 両親からの手紙をそっとシエルに手渡すと、静かに椅子から立ち上がる。 疑問に思っていた謎が、一つ減たと思えば、新たな疑問が増えて行く。

――この黒い羽は一体誰の物なのか? 

 もしも、コクト様の子共と推測すれば、その子は今、どこにいるのか? シエルさんの探している大切な物。それが、その子だというのか…? コクト様と、リアノ様…。二人は、なぜ忘れ去られたように、その行く末を耳にしないのか…。


(今は、一つ謎が解けただけでも良しとしましょうか)

「シエルさん」

「はいっ」

「明日は、皆が待ち望んでいた舞踏会よ。 ドレスを着て一日中踊るの。 …ダンスに酔いしれるのも、もほどほどにね」


 リースはパチンと片目を閉じてウインクをすると、シエルの部屋を後にした。 舞踏会は、年に数回行われる。 途中で入って来た彼女にとっては、初めての舞踏会。 素敵な人がすぐに見つかる場合もあるし、一人寂しく踊る相手を待つ場合もある。

 舞踏会で心が繋がった二人は、庭園の建物中、愛を誓い合う――


(ロマンチックだこと。 でも…私の思い人はもう。 空の彼方へ逝ってしまった)


 学園で噂される七不思議の一つ、 告白に失敗した子が、暴れた植物に絡まれ、井戸の中に連れ去られていった。 噂話を耳にするたびに、リースの心は痛んでいく。


(七不思議なんかじゃない。 彼はちゃんと、存在していたのよ。……リグルス・・・・)


 学生時代の大切な彼。 自分の目の前で起きた、あまりに悲惨な出来事。 その事実は、学園の計らいによって隠蔽された。 それは、学生時代のリースを守る為でもあった。

 そして、それを耳にした生徒たちの中で、噂話として広まっていき、とうとう学園の七不思議として、今もなお未来に語り継がれている。

 愛した人は死に、そしてその亡骸を見る事は叶わなかった。 彼を供養できなかった悲しさと、悔しさは永遠に心に残っている。


(だからこそ、シエルさんには幸せになってもらいたい…)


 リースは振り返ると、シエルの部屋の扉から漏れ出た光が、パチッと消えて行くのを目にして……静かに自分の部屋へと歩いていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る