✦✦Episode.26 過ぎた日々 ✦✦
✦ ✦ ✦Episode.26 過ぎた日々
✦ ✦ ✦
クロトが自分の意思でこの先を進むと決めてから――半年の時が過ぎた。 塔の外――荒廃して砂になった地面を踏み、ふたりの男が持つ剣と剣が、擦れ合い、キィィンと 高い金属音を奏でている。
この場所は、光など一筋も入らないと思っていたが――以外にも、どこからか漏れている光が地を照らしている。
「まだまだだな、もっと腰を落とせ!敵にやられるぞ!」
「くっ!!」
「違う、構えはそうじゃない……こうだ!」
「まだだっ……!」
額から全身まで汗を流しながら、素早い相手の動きについて行き……相手の隙をついて剣を振り上げた――つもりだった。 クロトの攻撃は、颯爽とかわされ、代わりに上から振り下ろされた剣を必死に受け止めた。
重なり合った剣は、たがいに力を込めてカタカタと音を鳴らしている。 グッと思い切り力を込めて押し返しても、びくともしない。 やがて、剣は弾かれ――自分の真後ろに飛ばされた剣がそのまま地面に突き刺さった。
「はぁっ…はっ…くそっ……まだまだ全然勝てねぇ」
「はっはっ、当たり前だ!俺は元剣士だったんだぞ? しかしなぁクロト……前より少しは腕がよくなったじゃないか!」
「ふん…」
「まぁ~まだまだだけどなぁ~」
クロトは荒くなった息を整えるように深呼吸をして、額の汗を拭いながら、静かに上を見上げた。 長く続く岩の果ては薄暗くその先がどこに繋がっているのか見当もつかない程遠い。
ここ何日も賢明に続けてきた剣の鍛錬がひと段落して、流れ落ちた汗は肩から腰の方まで伝っていく。 まとわりつく汗の不快感に、クロトは近くに置いてあった水桶に布を浸して、持ち上げると思いっきり搾り上げた。
ぽたぽたと落ちる水のひんやりとした冷たさ……濡れた布を体に当て、ゆっくりと拭き上げる度、火照った体が冷えて行くような爽快感が染みわたっていく。
「ハッハ、お前は綺麗好きなだなぁ~」
「ほっといてくれ」
クロトを茶化す、野太い声。 パンパンと手をたたいているその男の身長はクロトよりほんの少し高く、髪は短く剃りあげて、耳にいくつもの黄金色のピアスを着けている。 筋肉質な腕は、丸太のように太く、胸板もクロトの数倍は大きかった。
彼の耳はこげ茶色で、横に伸びていた。 獣耳に付けられたピアスはリングや、先端がとがっていたりと様々な形で出来ている。
彼、アザン・ドムナスは…ドーベルマンの
『俺の生まれは――昔々に天使と犬族が契りを交わし、長い時を経てその血を受け継いできた。 だが、その後は犬族同士の種族婚が続いて、天使の血は薄れて行ったんだ。 その末に、この俺が産まれたんだ』
その犬族と契りを交わした天使と言うのが、アルテスタの血筋の者だったらしい。 アザンの腕に浮き上がった微かな紋章――それは間違いなく、クロトの背中に刻まれた物と同じアルテスタの物だった。
「はぁ……おっさんは手加減しないからなぁ」
「おっさんとはなんだガキ!まだまだこの俺は若いぞ!ハッハッハ!」
「ちっ、ガキ扱いするなって言ってんだろ!」
クロトは唇を尖らせながら、指先で頭をカリカリとかいた。 肩まで伸びた髪は、元通り短くなって――彼の耳には、黒い魔石のピアスが揺られ――キラリとした輝きを放った。
地面に置いてあった上着に、静かに腕を通していると、遠くから足音が聞こえ、ミレアとシアンが並ん歩いてやって来た。
「おー、相変わらずだねぇ~!クロト~!お粥持ってきたよ!」
「うわぁ、あの粥はもういらない!」
「あはは! ほらほら、みてみて?ちゃんと君の為に美味しいの作ったんだから!」
粥と聞いて、クロトの顔はサッと青くなった。 ミレアが器をもって近づくと、恐る恐るその中身を覗く――中には何も入っておらず、ただのいたずらを仕掛けられたことに気が付いて、クロトは渋い顔をしながらふんっと鼻を鳴らした。
(あの粥は、もう二度と食べたくない)
「うっしっし、ひっかかったね? じゃーん、からっぽでしたぁ!」
「なにぃっ!俺をだますとはこいつ……!ちっ、まあいいさ……今日だけは見逃してやる!」
「あれぇ~?このボクを見逃すとは、良いのかな~?クロト君も大人になりましたねぇええ!」
「だろ?へへ……」
クロトは少し照れ笑いをすると同時に、地面に目を見張った。 時折、この近くに生物がいる事に気が付いて……それを捕まえて、栄養の糧にしていた。
「お!もぐら発見!!肉だ、肉!!」
クロトは、もぐらに目を光らせると…すぐさま飛びかかってその身を掴んだ。 モグラが暴れても、しっかりと指でつまみ上げている。
遅れてきたシアンが、地面に並べられた小石の輪の中に、パラパラと枯れた植物を入れ始め――クロトはその中へ片手をかざし「ファクト」と呟いた。
枯れ草に火がつくと、ミレアが持ってきた鍋をその上に置く。 遠くで剣の手入れをしていたアザンも、その焚火の輪に集まって――皆で焚き木を取り囲む。
「にしても、クロトってば、この間よりほんと変わったよね~?」
「そうかぁ?対して変わってないと思うぞ?」
捕まえたモグラを短剣で丁寧に捌いて、器用な手先で捌かれた肉に下処理を加えながら……クロトはとぼけたような顔をしていた。
「いやいやぁ、やっぱりちょっとだけ大人っぽくなったというか……」
「そうですね、私も思いましたよ。 少しだけ、大人になりましたね」
「んなっ!?……子供扱いはするな!昨日で19になったんだぞ!」
「19歳、ねぇ……」
ミレアはニヤリと笑いながら、クロトをじっと見つめ、彼の首に付けられた魔石のトルクがジワリと赤く光ったのを見逃さなかった。
「私にとって、19歳はまだ子供ですよ」
「ちぇっ…」
「ふふ、君の魔石光ってるよ、感情のコントロールができるようになったら、もっと大人になれるかもね!」
「んなっ……!チッ!(ほんと、うるさい奴だ!)」
反抗するように、クロトは二人から目をそらした。 冷え込んだ空気を纏った風が、彼の頬を撫でる。 外の世界では、もうそろそろ冬の準備が始まっている頃だろう。 幸い、この土の中はとても暖かく…服を重ねて着る必要もない。
シアンが不敵な笑みをしながら。手際よく鍋に刻んだ野菜を入れていく。 彼はどうやら、野菜を刻むという行動がそれなりに楽しいらしい。
それもそのはずで、なぜなら今まで、この場所には野菜というものがなかった。 彼らは、実験の――体の構造が変わったのか、あまり食事を取らなくても生きていける体質になったらしい。
――でも、クロトは違った。 若さのせいか、身体が急激に成長した代償か…数時間も持たずに、すぐに空腹になってしまうのだ。 苦肉の策に、この土の中。 “地下世界”を散策していると――地面にもっとも光の届く場所を見つけ、その場所に小さな畑を作った。
時々、動物達がどこからか持ってきた花の種をそこに埋めてみると、小さいながらも立派な根菜が出来はじめたのだ。 今日は、その畑の様子を見にやって来たのだった。
土の暖かさの中…そこには季節外れのたんぽぽの花が、わずかな光を浴びてその花を咲かせ、その懸命に生きる姿にクロトはフッと笑いながら、その花を見つめていた。
✦ ✦ ✦
「それにしてもさぁ、今日まで、本当に色々あったよねぇ」
「そうだな…」
「クロトってば、今にも死にそうな顔して毎日過ごしてたよね~」
(全く身に覚えがないわけでもないな……確かあれは――俺が、あの牢から出てすぐのこと……)
牢獄の外へ出て、別の塔へと一直線に続く長い廊下を三人で歩いていた。 窮屈になった上着を肩に羽織って、ゆっくりと地面を確かめながら進んでいく。
やがて、一つの部屋にたどり着く。 思ったよりも整えられていて、そこには、自分の顔が映る、“鏡”があった。
『いままで、水面から自分の顔を見たことはあったが……こんなにハッキリと顔が見えるのは初めてだ!』
キラキラとした目で、鏡を見つめていたクロトが面白くて、他の二人はフッと笑っていた。 シアンが、近くにあった棚から、一着の新しい服を取り出して、クロトに手渡す。
両肩に、赤と青の紋章が一つずつ入っていて……それが、自分の背中に刻まれているものだと、すぐに分かった。
しかし……ローブ風の衣服ではあるが…背中のほとんどが空いている。
(というか……ちょっと丈が短すぎでは?)
「なぁ、この服…ちょっと露出しすぎじゃないか?」
「いいえ、背中の紋章がよく見えるように…それにまた成長して窮屈になったら困ります」
「…露出はシアン君の趣味だから気にしないで…」
よくみれば、シアンの衣服も、腹筋をしっかりと出すような構造になっていて……鍛えられた腹筋と、その刻まれたタトゥーがよく見えている。
「何を言うんです?ミレア…美しい身体は見せるのがいいんですよ! そんなに気にするなら…ベストくらい着せましょうか…」
シアンは、おもむろにベストを取り出して、クロトの前にかかげた。 しかし、背中側に切れ込みが入って、やはり前もそこまで隠れる様子は無い。
「さっきとあんまり、変わらないじゃないか!!」
「いいんです!この衣服は、私が特別に魔力を使って縫い上げた!!アルテスタとノクティア…両家の家紋が入っているんですよ!!!」
「いつ縫ったんだよ!さっきまで俺と一緒だったじゃないか!!」
「そこはご愛敬! 頭の中で作り上げたものを、ここに来からサッと!サッとね!!」
シアンが躍起になって、グイグイと上からベストを押し付けてくる。 無理やりベストを着せられて、クロトは降参したように両手を上げた。
「着ないなんて言わないでください!!言わせませんよ!」
「はいはい、降参、降参(まったく、わけが分からない……でも)」
クロトは、他にも色んな衣服を着せようと、バタバタしているシアンを横目に見ながら、その賑やかさに、彼の口元がわずかに緩んでいた。
「…ははっ…(なんて、賑やかなんだ…少しくらい、こんな時間があっても…悪くないな)」
「あっ、クロト笑った~!笑った顔も可愛いじゃん~!」
「う、うるせー……」
ミレアはいたずらっぽく二っと笑っている。 その手に箱を持ち、その中には小さな黒色の石がしまい込んであって……それを大切そうに持っていた。
「それは?」
「これ? これは、魔石。 私たちは皆、魔力をコントロールするために、この石をつけているの」
ミレアが自分の首元を指差すと…赤い石がリボンの装飾として付いていた。 ミレアがシアンの首元を指さすと……彼の首には、青い魔石のついたトルクがはめ込まれていた。
「あれ、同じ色じゃないな……?」
「普段は、その石が持つ色なんだけど、その人が持っている力に反応して、色が変わって行くんだよ! ちょっと、つけてみようか…」
「すまない、これは改良型で、君に合いそうなのはこれくらいなんだが…少し、痛いと思うので、我慢してくださいね?」
クロトは、促されるように、近くの椅子に腰かけた。 ミレアがそっとクロトの耳に触れ……一度も針を通したことのない純粋な彼の耳に、細い針が当てられ、グッと押し込まれると、針はそのまま柔らかい耳を貫通していった。 その痛みに、クロトは顔をしかめていた。
「いっ…て……」
「もうちょっとだから、頑張って!」
――パチンッと、抜かれた針のあとに、新しい魔石のピアスが入れ込まれた。 ミレアがそっと手を放すと、少しだけ、その場所に重量を感じた。
黒色の魔石が、彼の魔力を吸い取り始め…じんわりと赤い光を放ったと同時に、その中にもう一つ、青い光がジワリと混ざり始めた。
「おおぉ…すごい!君、炎…だけじゃない…水の力を持っているよ!」
「水…?」
「ふむ。 水は、ノクティアの家系の物だろうな。 にしても、二つの力を受け継ぐとは…珍しい」
「水と炎って、たしか打ち消し合うんじゃなかったか?」
「そうですね、でも使いようによっては素晴らしい効果が得られるかも」
クロトは「ふぅん」と呟きながら、静かに目を閉じ……頭の中で、水の力を感じてみようと念を込めた。 次第に、カタカタと近くに置かれていた水入りの花瓶が揺れはじめ…水の鼓動が、ゆっくりと身体の中から這い出すような不思議な感覚を覚えた。
「うわぁーっだめ!とめてとめて!」
「うわっ、何だこれはっ!」
ミレアの慌てた声に目を開くと、花瓶の中から水がダバダバと流れ始めていた。 どこからともなく湧き出た水量に、クロトは戸惑いの声を上げ……集中が途切れたためか、水はすぐに湧き出るのを止めた――が、床にはしっかりと水たまりができていた。
「こ、この水量はどこから来たんだ……!?」
「う~ん、おそらくどこかの水源から、貴方に呼ばれて集まって来たのかもですねぇ」
「えぇ……」
「うん、やっぱり…君はもう一つ魔石が必要みたいだね…余ってるのは、これだけだけど……合うかしら?」
パチッと首に、青い魔石がはめ込まれたトルクをはめ込まれ――二つの魔石が、彼の魔力を吸い取り、調節を始めた。 体の中で気が巡って、全身が整って行くような、心地よい不思議な感じに、胸がスッキリと爽快な気分となっていた。
「しかし、先日見た時よりも、随分と髪が伸びましたねぇ、この姿もとても素敵ですよ」
「そういえばそうだねぇ」
「ふふふっぜひ私が結って差し上げますので……!」
クロトの髪を、シアンが不気味な笑みを浮かべながら、器用に結い始めた。 襟元で髪がくすぐる感覚に、こそばゆさを感じ、クロトはフッとシアンの方へ振り向くと、さらりと結われた髪が解けて行く。
「あっ、動かないでください!」
「なぁ、短剣とか……なんかある?」
「えぇ、確かあちらに」
「なになにー?何に使うの?はい、どうぞ」
ミレアから小剣を受け取り、クロトはそっと首元に沿うように短剣を入れ込んだ。 そして、長くなった髪をザクザクと切り始め、切られた髪はパラパラとその場に散らばっていった。
「あぁあ、せっかくいい髪だったのに…ぜひ、私が結ってげようと思っていたのに…!」
「いいんだ、俺は――この方がいい」
「うん、クロトは短い髪の方がお似合いだね!」
「そんなぁ~クロト君の髪がぁ~……うぅぅ……」
ミレアがニコニコと笑っている――その横で、シアンはがっくりと床に這いつくばりながら――うなだれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます