デイジーの咲く朝
夕砂
デイジーの咲く朝
「デイジーの咲く朝」
「お父さんに、また会いたいな。」
そう言って涙を流すお母さんを、私は見ていられなくて、外へ出た。
草原に寝っ転がって空を仰ぐと、綺麗な白い蝶々が踊るように舞っていた。
蝶は木々の間を華麗にすり抜けていく。
それを見逃さないようにしていると、自然と足は蝶に導かれていた。
たどり着いた先には、古い小屋があった。
今はもう使われていないらしい。
小屋の入り口には、木の板の看板が掲げられている。
よく見ると、そこには「郵便局」と書かれていた。
室内に足を踏み入れると、空気が変わった。
涼しいけれど、どこか優しい陽が差し込むその空間は、懐かしさを感じさせた。
ふと、足元に一通の手紙の入った封筒が落ちていることに気がつく。
「もう手紙の届かないところへ行ってしまった君へ」
──この言葉から始まる手紙に、自然と視線は吸い寄せられた。
⸻
もう手紙の届かないところへ行ってしまった君へ。
届かないことはわかっているのに、書かずにはいられません。
今日は、君の花を郵便局の裏の花壇に植えました。
郵便局長に、植えていいのか聞いてみたら、ここは通りからもよく見える場所なので、好きなだけ植えてください、と言ってもらえたんです。
僕がここにいる限り、君の大好きなデイジーの花は、君の大好きなこの街を彩り続けます。
無事に咲かせられるよう頑張るから、見守っていてね。
⸻
読み終えて、すぐに裏手に回った。
確かにそこには立派な花壇がある。
だが、花はどこにも見当たらない。
彩りを失った花壇は、どこか寂しげだ。
手紙の送り主の想いが、消えてしまったような気がして、胸の奥が苦しかった。
⸻
それから私は、毎日郵便局へ通った。
毎朝、小さなジョウロを持って、何もない土に水をやり続けた。
もしかしたら、何も咲かないかもしれない。
それでも、やめられなかった。
手紙を拾ってから、季節が一巡するころ。
待てど暮らせど、咲かない花に諦めの気持ちが募っていた。
「さすがにもう、ダメか。」
夜の闇を見つめながら、誰もいない部屋でひとり呟くと、
窓から、あの日の白い蝶が舞い込んできた。
──父さん……?
なぜか自然と、そんなふうに思えた。
白い蝶は、部屋を抜け、星明かりの下、郵便局のほうへと向かっていった。
⸻
翌朝。
「さっき通りを歩いてたらね、あの廃墟の横にある花壇に、綺麗なデイジーの花が咲いてたの。あんな場所に誰が植えたのかしら。とっても綺麗だったのよ。」
眠たい頭に、母の声が響き渡る。
「え?」
「父さんも言ってたのよ。あそこの花壇はもったいないから、いつか何か植えてやらなきゃなって。」
「え……?」
寝起きのまま、私は家を飛び出していた。
⸻
信じられない光景だった。
無数のデイジーたちが、朝陽の中でそっと揺れている。
まるでこの日を待ち望んでいたかのように、
小さなデイジーたちは、土の中から顔を覗かせていた。
花びらの真ん中ににじむ淡い黄色は、
まるで優しく微笑んでいるみたいだ。
私はそっと膝をつき、花に顔を寄せた。
朝露の光が、白い花びらをキラキラと包んでいた。
⸻
「やっぱり、なくなってなんか、なかったんだね。」
空に向かってそう呟いた後、
どこからともなく、またあの白い蝶が現れた。
蝶は嬉しそうに、空高く舞い上がり、そのうち見えなくなった。
けれど、目には見えなくても、確かにここにいる。
私には、そんな気がしていた。
小さな花たちは、これからも朝陽のなかで微笑むのだ。
デイジーの咲く朝 夕砂 @yzn123
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