剣聖と龍王のゆるらいふ。

椿カルア

プロローグ

エイフィア王国、ギルド近くの酒場にて。

酔いの回った冒険者達の無駄に大きな声が店内に響き、店員達は忙しなく動く。

集団で行動する冒険者達の中で、ぽつんとカウンター席に座る女が一人。

彼女の名はセーバル。冒険者歴十年のベテラン冒険者で、剣技は他の剣使いの冒険者が目標にするほどの腕前を持つ冒険者だった。


「おっちゃん、エール一杯。それと紅角豚あかつのぶたの丸焼きもちょうだい」

「あいよ、エールは先でいいか?」

「うん」


セーバルが酒を一杯頼むと、酒場の店主が程なくしてカウンターに木樽のジョッキを置く。

「ありがとう」とセーバルは一言添えてから、ジョッキ一杯に入った小麦色の酒を流し込む。

喉を鳴らして酒を飲み込み、後ろで一つに結んだ赤い髪を揺らしながら満足気に声を漏らす。


「ぷはぁ〜っ!クエスト終わりのエール美味!」


息をつくと同時に独り言つ彼女。


「おらよ、紅角豚の丸焼き」

「わーい!」


コトリ、と置かれた大皿に乗る豚の丸焼きを見て、彼女の口から思わずよだれが垂れそうになる。

串の両端を持って豚の肉に勢い良くかぶりつく。パリ、と音を立て肉から脂が滴るのをうまいこと皿で受け止めながら、口いっぱいに含んだ肉を咀嚼する。

セーバルがクエスト終わりの疲労を癒すように酒を飲み食事を摂って口元を綻ばせていると、一見ごろつきにも思える体格をした二人の男が近づいて後ろから肩を組んできた。


「んぐふっ」

「よお!セーバル!今日もでけぇのぶっ倒してきたらしいな。やるじゃねぇか」

「セーバルは冒険者の中でも一際強いからな、その内ダンジョン単身攻略でもしそうだな」

「おいおいガイダー、ダンジョンだったらパーティーに僧侶がいなくても蘇生できちまうからコイツ何度でも突っ込んでくぞ」

「ちょ、ベイン、ガイダー、いきなり肩組まないでよ。あたしご飯中なんだけど……。てかダンジョン攻略でも死んだことないし」


ベインと呼ばれた大柄の男は、セーバルの不満げな態度に豪快に笑うと、右隣の席に荒々しく座り持っていた酒を飲み干して会話を続けだす。


「まあまあ良いじゃねぇか。そういや次は何のクエスト受けんだ?」

「あーそうね……。鋼鐵の牛鬼ミノタウロスは倒したし、煌龍の落とし子サラマンダーもこの前倒したわね。どうしようかしら、お金には困ってないのよね」

「そりゃそんだけ高ランクのモンスター攻略してたら金にゃ困らねぇよ。しかも俺等みたいな冒険者じゃ絶対太刀打ちできない相手だな……」

「流石『剣聖』……」


セーバルの発言に出た高ランクモンスターの名前を聞いて顔を引きつらせるベイン。

同じくと言わんばかりの顔をするガイダーの口から『剣聖』という言葉が呟かれる。

『剣聖』と言う呼び名は、いつしかセーバルの巧みな剣技を見た人々からつけられた称号で、今となっては剣聖の名を知らない冒険者はいないとされる程の力を持つようになったものだった。

それとは別に、彼女自身も言葉の響きがかっこいいからとひそかに気に入っている。


セーバルは食べ初めの頃のペースを落とさずに丸焼きをぺろりと平らげ、喉を潤そうと酒を流し込む。

やがて興味のあるクエストがなかったか頭を巡らせると、何か思い出したように手の平に拳をぽん、と乗せて話題を広げた。


「あたし、龍王のクエスト受けよっかな」

「え?!龍王ってあの?」


龍王とは、この世界の龍種の持つ力を全て持ち合わせる、言わば龍種の祖といえる高ランクを超える伝承ランクに属するモンスターのことである。

もちろん高ランクモンスターとは比べ物にならないほどの強さを持ち、先日龍王に挑んだパーティーは全滅した話題が冒険者内で持ちきりになるほどだった。

それに挑戦すると聞いて、ガイダーは恐怖に青ざめ、ベインはまたしても豪快に笑うのだった。


「さすがのセーバルでも龍王討伐は……」

「ははっ、止めても無駄だと思うぜガイダー。セーバルは一度決めたら何があってもやる奴だ」

「それ、あたしが頑固者みたいじゃない……」


ベインの言い分に口をすぼめるセーバル。


この時、冒険者達はおろかセーバル本人ですら、『剣聖』がまさかあんな道を選ぶとは知る由もなかった。

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