スニーカー

中田もな

第1話

 ──子供たちに履かせてください、田中より。


「橘先生、今年もまた来ましたよ」


 職員室に入ってきた川上君が、どさっと置いた段ボール。おそらく、色とりどりのスニーカーが入っているんだろう。


「悪いよなぁ、毎年まいとし……」

「ホント、『あしなが先生』気取りですよねぇ。まぁ、気持ちはありがたいですけど」


 この孤児院に毎年届く、「田中さん」からのスニーカー。デザインは男女二種類ずつ、サイズも何パターンか用意がある。

 二人で開封しようと思ったが、休憩時間で捌ききれそうにない。子供たちを寮に帰してからにしようと、俺たちは諦めて席に座った。


「全く、誰なんだろうね、田中さんって」

「さぁ。田中なんて、どこにでもいますしねぇ」


 川上君はせんべいをボリボリ齧りながら、テレビの電源をオンにした。

 

 ──続いては、先週開催された東京ファッションショーの密着取材です!


「いっそ、テレビ局に持ち込んでみるのは? 田中さん、探してます! ……って」

「いや、せっかくの好意をネタにするのは、流石に気が引けるよ……」

「いいでしょ、別に。この間だって、似たようなやつ、やってたじゃないですか」


 その時、引き戸のガラガラという音と共に、小学生クラスの女の子が入ってきた。


「せんせー、この問題わかんなーい!」


 そう言いながら放置された段ボールに気付いたようで、「あれっ、これなに?」と興味を示す。


「スニーカーだよ。ほら、毎年届くだろ?」

「あー、いつものね」


 ──今年はユニークなデザインが勢揃い……。


 画面の向こうには、凛と姿勢を正して歩くモデルたち。綺麗な髪がライトにあたり、暗い会場に乱反射する。


「ねぇせんせー、あれ、あたしの靴と同じじゃない?」


 彼女が指差した先には、画面いっぱいに映った女性モデル。その細い足を包む靴は、真っ白なスニーカーだった。白一色なはずなのに、凝ったデザインが美しく浮き出ている。


「ほら、横のカーブの部分」


 そう言われてみれば、彼女が普段履いている靴に似ている。特にサイドに入った、緩やかな曲線。……いや、断定はできないけれど。


 気になった俺と川上君は、パソコンでファッションショーのサイトを開いた。何か手掛かりがないかと見ていると。

 あった。

 「鷹野ルイ」というのが、彼の名前だった。


 思わず二人で顔を見合わせる。


「……どうしようか」

「連絡してみたらどうっすか?」

「人違いだったら?」

「ま、そん時はそん時で」


 言うだけ言って、彼はそそくさと職員室を後にする。後はよろしくってことか……。

 俺は小さくため息をついた。




 ──子供たちに履かせてください、田中より。

   これ、あなたですか?


 彼のホームページに載っていたメールアドレスに恐る恐る送ってみると、思いの外早くに返信が来た。

 そこには都内にあるカフェの住所と日時だけ、たった二行で箇条書きされていた。


「えっと……、田中さん、ですか?」


 目の前の男に呼び掛けると、彼はアイスコーヒーを啜りながら「うん」と答えた。


 失礼を承知で言うが、彼は思ったよりも地味な出で立ちだった。Tシャツは量販店で売ってそうなデザインだし、バッグもシンプルな肩掛けタイプ。おまけに指輪を嵌めている訳でも、ピアスを開けている訳でもない。渋谷駅で待ち合わせようものなら、簡単に見失いそうな気がした。


「あの……、まずは、ありがとうございます」

「うん」

「えっと、子供たちも喜んでいます」

「うん」


 「あの、これ」と手土産を渡そうとすると、「僕、甘いもの苦手なんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」と言われてしまう。微妙に居心地の悪い空気が流れた。


「あの、何で毎年、スニーカーを送ってくださるんです?」


 俺は思い切って、尋ねてみる。


「別に。ただの趣味」


 何らかの崇高な理由を掲げているのかと変な期待をしていたが、ひどく間抜けな回答に拍子抜けする。


「僕ね、気づいちゃったんだよ」


 俺の心情に気づいたのだろうか、彼は静かに言葉を続けた。


「僕の人生、どこまで行っても同じなんだって。ゴールに辿り着いたと思ったら、また次の道が見えてくるだけ」


 純粋な気持ちってさ、だんだん消えていくんだよ。だから芸術家は自殺するんだ。

 彼は空気に溶かすように言う。


「けどさ、純粋な気持ちで履いてくれる人がいるって思えると、それだけで安心するんだよね。僕の最初のゴールだから」


 続けて「ま、ありがた迷惑かもしれないけどさ」と返ってきたので、俺は首を横に振った。


「そんなことないです。本当に、感謝しているんです」


 俺は咄嗟に話した。あなたに気づいたの、実は院の女の子なんです。東京のファッションショーのテレビを観て、「あたしのスニーカーと同じだ!」って……。


「そっか」


 スマホの画面をチラリと見て、彼は「すみません」と席を立つ。振動する画面。急用が出来たらしい。


「また、来年も送るよ」


 彼は小さく笑っていた。

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