第3話 青山茜の独白
※※※※※
始業式の日に彼の名前を見た私は開いた口が塞がらなかった。
まさかこんなところで思わぬ再会を果たすとは思いもしなかった。
……当日の帰りに彼に大胆な行動をとってしまったのは反省している。今思い出しても顔が熱い。家に帰ってから悶絶してベットの上で転げまわってしまった。リビングにいたお母さんごめん。
次の日から私は彼に話しかける機会を探し始めた。
ただ毎回緊張してしまって、実際に行動に移せたのは通常授業が始まってしばらく経ったところとなった。
ここ数日で気が付いたことは彼の昼休みの行動パターン。
教室で食べることはなく、いつも一人でこっそりと昼食をとる。
その場所に行きさえすれば二人きりになれることを確信した私はついていくことにした。
……よく考えたらストーカーかな?
それでも毎回緊張してなかなか声をかけられずしばらくの間毎日帰った後に家で一人反省会を開く羽目になる。
そんなとき、緊張を隠しつつも一歩踏み出して彼に話しかけた時、きちんと反応をしてもらって私は安堵した。
そっけない対応をしつつ、若干照れ隠しをしながらも私と会話してくれる彼からは、やはり昔のような雰囲気が感じ取れる。
初日にあんなことしたから嫌われても仕方がないと割り切っていたが、私のことをしっかりと覚えていてすごく嬉しかった。
しかし次の一言で私の気持ちは一気に叩き落される。
「教室で呼ぶときは苗字で呼んでいいか?クラスメイトに変に注目されるのは憚れる。」
私は二つの意味で困惑してしまった。自分でも驚くくらい一瞬で笑顔が消えた。
まずは軽い方から。一つは距離を感じてしまったこと。
確かに私たちは長い間離れていたから多少ぎこちなく感じてしまうのは仕方のないことだと思っていた。
それでも昔のように親しみを込めて呼んでほしかったと思う。
そして最大の問題は二つ目である。
私の両親はつい数ヶ月前に離婚していて、母に引き取られた私は旧姓を名乗ることになっていた。
もちろんまだ新しい苗字に慣れていないのもそうだけど、昔の自分とは違うことや親が離婚してしまったことを否応なしに実感され、どうしても気分が落ち込んでしまう。私の記憶の中ではお父さん仕事人間だが悪い人ではなく、よく遊んでくれていたことを思い出す。あまり家に帰ってきていなかったが、子供にはしっかりと愛情を注いでくれていた。別れの時は泣いて困らせてしまったなあ。
実際のところお母さんに分かれた原因を聞いても、困った顔をしながらうまく誤魔化されるだけで何も得られなかった。
そんなわけで私は今の新しい苗字を彼に伝えたが、考えこむような難しい顔をされた。……当たり前だよね。だって久しぶりの再会なのに名前が変わっているんだよ。
でも、長い沈黙の後、彼は私の不安を断ち切るように目をじっと見て伝えてくれた。
「これからもよろしくね、青山さん。」
不安が少し和らいだ気がした。
それからは毎日彼と昼食を食べることになった。一緒にいる時間は私には特別で、本当の自分を唯一さらけ出せる存在でもあった。
クラスの中での私は美少女優等生というポジションが確立されており、誰に対しても品行方正な態度で接するのが当たり前になっていた。学校の中ではなかなか力を抜くタイミングがなく、毎日かなり疲弊していた。
彼は私に助けられたといつも言っているけど、そんなことはないと思う。
一緒に昼食を食べる存在になった私たちの新しい関係も板についてきたところ、世間はゴールデンウィークに突入する前日になっていた。
クラスでは交際している相手や友達との連休中の予定について盛り上がっていた。
もちろん私も年頃の少女なのでそういうことに興味がないと聞かれたら嘘になる。
それよりもしばらく彼に会えなくなる方がよっぽど気になるだけだ。
昼休み、いつものように私たちは昼食を食べていた。
なぜかわからないが彼がここ2、3日よそよそしい気がする。
確かにもともと少し不愛想なところはあるが、明らかに返事に心が入っていなく、何を聞いても「ああ」や「うん」で上の空である。加えて昨日から目も合わせてくれない。
さすがに休み明けまで引きずるのは良くないと感じた私は一歩踏み込もうとした。その矢先である。
「なあ、ちょっとお前に話したいことがあるがいいか?」
先が気になった私は真剣な顔になってしまった。
「そんな緊張しなくてもいいんだが……。」
彼は意を決したように口を開いた。
「ゴ、ゴールデンウィークに、そ、その、一緒にどこか行かないか?」
やり切った表情の彼は突然目を逸らして、恥ずかしそうに顔を赤くさせながら頭を掻いていた。
あまりにもかわいかったので私は少しだけからかってみようと思った。
「もしかしてここ数日妙に調子がおかしかったのはそれが言いたかっただけ?」
「あ、ああ、そうだよ!悪いか!」
男の子のツンデレも悪くないと思ったのは私だけだろうか。
もう一押しかな。
「ふーん、そんなに私と出かけたかったんだ、こーくんってば私のことが大好きなのかな?」
「……うるせえ。」
「あ、あはは、あまりにもかわいくてからかい甲斐があったからつい」
口ではこう言っているが誘ってくれて本当に嬉しかった。彼なりに勇気を出したんだろうな。
「それでどこに行くんだ?こんな陰キャがまともな行先知ってると思うのか。」
私は彼との会話で知った趣味も考慮しつつ、頭の中で考えを馳せた。
「映画館でいいかな?今ちょうど上映中の話題の映画があるんだよね。」
「おう、俺はどこでもいいぞ。」
「じゃあ決まりだね!」
ゴールデンウィークに予定ができたことに喜びつつ、スキップしたいような気持ちで家に帰った。
風呂から上がった後、私は気づいてしまった。
あれ?
(これってよく考えたらデートじゃん~~~!!)
声にならない叫びを枕にぶつけながら、私は今日もベッドで転げまわる羽目になってしまった。
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