『俺達のグレートなキャンプ20 蹴鞠セパタクロー』

海山純平

第20話 蹴鞠でセパタクロー

俺達のグレートなキャンプ20 蹴鞠でセパタクロー


「よっしゃあ!今日も最高のキャンプ日和だぜっ!」

石川の声が朝のキャンプ場に響き渡った。富士山麓のビューポイント絶景キャンプ場で、すでに三張りのテントが並んでいる。霧がほんのり漂う早朝の空気は冷たく、息が白い。

「おはよー!」千葉がテントから顔を出した。「石川、相変わらず早起きだな!」

「キャンプは早起きに限るんだって!朝日を浴びながらのコーヒーは格別だぜ!」石川はすでにコーヒーを入れ終え、富士山を眺めながら満足げに飲んでいた。

富山のテントからはまだ動きがない。

「富山ー!起きろー!今日の『グレートなキャンププラン』を発表するぞー!」石川は富山のテントに向かって叫んだ。

「うるさいなぁ…まだ六時じゃん…」テントの中から不満そうな声が聞こえた。

「早起きは三文の徳!キャンプの醍醐味だぜ!」

しぶしぶ富山もテントから出てきた。髪はぼさぼさで、目は半開き。「毎回毎回、何のグレートなプランよ…」

「待ってました!」石川は満面の笑みを浮かべ、リュックからなにかを取り出した。「じゃじゃーん!」

彼が取り出したのは、竹で編まれた小さな球と、網状の何かだった。

千葉は首をかしげた。「それって…何?」

「これこそ今回の『奇抜でグレートなキャンプ』の主役だ!」石川は誇らしげに言った。「左が昔ながらの蹴鞠、右がセパタクローのネット!」

「はぁ?」富山はコーヒーを飲みながら呆れた表情を浮かべた。「また始まった…」

「待って待って、セパタクローって東南アジアのあのスポーツ?」千葉は興味津々だった。

「そう!タイやマレーシアで人気のスポーツ!バレーボールみたいにネットを挟んで、足だけでボールを操るんだ!」石川は興奮気味に説明した。

「で、蹴鞠とは?」千葉は質問を続けた。

「日本の伝統的な貴族のスポーツだ!平安時代から続く由緒正しき遊び!」

富山はため息をついた。「それで?何をするつもりなの?」

「今日の『グレートなキャンプ』は…」石川はドラムロールのジェスチャーをした。「『蹴鞠で全力セパタクロー大会』だぁ!」

「えっ!?」千葉と富山が同時に声を上げた。


朝食を終え、石川は広場に簡易ネットを設置していた。彼のキャンプギアには常に「何かあるかもしれない」という理由で、奇妙なものが詰め込まれていた。今回はバドミントンのネットをアレンジしたセパタクローネットだった。

「よし、完成だ!」石川は満足げに手をぱんぱんと叩いた。「ルールは簡単!セパタクローのように対戦形式で、このネットを挟んで蹴鞠を落とさないように蹴り合う!ただし、蹴鞠は通常のセパタクローのボールより硬いから要注意だ!」

「面白そう!」千葉は早速、蹴鞠を手に取り、足の上で軽くバウンドさせてみた。「おっ、思ったより難しいな」

富山は腕を組んで遠巻きに見ていた。「私はいいわ。見てるだけ」

「なんだよそれ!参加しないと『グレート』じゃないぞ!」石川が抗議した。

「そうだよ富山!『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』って!」千葉も加勢する。

「はぁ…わかったわよ」富山は諦めた様子で近づいてきた。「でも、あんまり期待しないでよ」

石川はパッと手を叩いた。「よっしゃ!じゃあチーム分けをしよう!」

「三人じゃ不公平になるんじゃ…」

千葉の言葉が途切れたとき、隣のキャンプサイトから声がかかった。

「おはようございます!楽しそうですね。何をしているんですか?」

振り返ると、三人の男性がこちらを見ていた。一人は少し年上の落ち着いた風貌で、他の二人は石川たちと同年代に見えた。

「おはようございます!私たちは『蹴鞠セパタクロー』という新スポーツをやろうとしているんです!」石川は嬉しそうに答えた。

「セパタクロー?」年上の男性が興味深そうに近づいてきた。「それは偶然ですね。実は私たち、タイから来た留学生とセパタクロー愛好家なんです」

「えっ、マジで!?」石川の目が輝いた。

「はい、私はスチャート、タイからの留学生です」年上の男性が自己紹介した。「こちらは同じく留学生のソムサック、そしてアノンです」

「ウソでしょ…」富山は目を丸くした。

「え、じゃあ…もしかして本格的にセパタクローやってる方々?」千葉が尋ねた。

ソムサックが笑いながら答えた。「はい、タイでは小さい頃からやっています。スチャートさんなんかは元タイ代表ですよ」

「タイ代表!?」三人が同時に叫んだ。

スチャートは謙虚に笑った。「まあ、昔の話です。今は日本で研究しています。でも、セパタクローは今でも大好きです」

石川はいきなり土下座のポーズをとった。「ぜひ、私たちの『蹴鞠セパタクロー』に参加してください!お願いします!」

「石川!いきなり何やってんの!」富山が慌てて止めようとした。

スチャートたちは顔を見合わせ、笑った。

「蹴鞠でセパタクローですか…面白そうですね。ぜひ参加させてください」


「それでは、まずはセパタクローの基本を見せてください!」石川は興奮気味に言った。

スチャートたちは軽くウォームアップした後、普通のセパタクローボールを使って模範演技を始めた。三人の息はぴったりと合い、ボールは空中を舞い、足から足へと流れるように移動していく。

「す、すごい…」千葉は目を見開いて見入っていた。

スチャートが突然、後ろ回転しながらボールを蹴り上げると、ソムサックが宙返りをしながらそれをレシーブ。アノンがヘディングで締めくくった。

「うわぁ!プロってこんなにすごいのか!」石川は手を叩いて喜んだ。

周囲のキャンパーたちも気づき始め、すぐに小さな観客の輪ができた。

「さて、蹴鞠を使うとどうなるか試してみましょう」スチャートは蹴鞠を手に取り、重さを確かめた。「なるほど、確かに重いですね」

スチャートが軽く蹴り上げた蹴鞠は、彼の予想を超えて勢いよく飛んでいった。

「おっと!」スチャートが慌てて追いかける。「これは面白い!普通のボールより難しいですね」

「やっぱりプロでも難しいんだ!」千葉は少し安心したように言った。

タイ人三人組は徐々に蹴鞠の感覚を掴み始め、次第に華麗な技を見せ始めた。蹴鞠が空中で弧を描くたびに、観客から「おーっ!」という歓声が上がった。

「よし、それじゃあチーム戦をやろう!」石川が提案した。「私たちVSタイチームで!」

「石川!それってあまりにも不公平じゃ…」富山が心配そうに言いかけたが、スチャートが笑顔で割り込んだ。

「いいですね!でも、せっかくですから混合チームにしましょう。より面白くなると思います」

そうして、スチャート・千葉・富山チームと、石川・ソムサック・アノンチームに分かれることになった。


「それでは『第一回 蹴鞠セパタクロー国際親善大会』を開始します!」石川はマイクを持っていないのに、アナウンサーのように声を張り上げた。

いつの間にか、観客は二十人以上に膨れ上がっていた。石川の派手なアナウンスと、タイから来たプロの存在が噂を呼んだのだ。

「先鋒戦!石川・ソムサック・アノンチーム対 スチャート・千葉・富山チーム!三ポイント先取で勝利です!」

「えっ、私たちが先?」富山は不安そうに言った。

スチャートが優しく微笑んだ。「大丈夫です。私についてきてください」

試合が始まった。石川のサーブで蹴鞠が宙に舞う。

「いくぞー!」

蹴鞠はネットを越えて、スチャートのいる方へ。スチャートは優雅に足を上げ、完璧にコントロールして千葉の前に蹴鞠を送った。

「千葉さん、どうぞ!」

「あ、はい!」千葉は慌てて足を出したが、蹴鞠は足の甲ではなく、つま先に当たって跳ね返った。「あっ!」

富山が必死に飛びついたが、届かなかった。

「よっしゃあ!一点目!」石川は喜んだ。

「すみません…」千葉は頭を下げた。

「大丈夫です。次がありますよ」スチャートは落ち着いて言った。

次の点は、ソムサックの鮮やかなオーバーヘッドキックから始まった。蹴鞠は高く舞い上がり、スチャートの前に落ちてきた。スチャートはまるで空中に浮いているかのように跳び上がり、蹴鞠を華麗にキックした。

「すごい!」観客が声を上げた。

蹴鞠はアノンの頭上を通り過ぎ、コートの隅に落ちた。

「1対1!」石川が叫んだ。

試合は白熱し、プロのタイ人選手たちの技が冴えわたる。特にスチャートの蹴鞠コントロールは絶妙で、彼のパスを受けた富山と千葉も少しずつ感覚を掴んできた。

「富山さん、後ろです!」スチャートの声に応じて、富山が振り返ると、蹴鞠がまさに彼女の後ろに落ちてきていた。

「えっ!?」富山は反射的に足を伸ばし、奇跡的に蹴鞠を捉えた。「あっ、当たった!」

蹴鞠は高く跳ね返り、千葉がそれを受け、ネットを越えてアノンの手の届かないところに落とした。

「2対1!」

「やったー!」千葉と富山は抱き合って喜んだ。

石川は驚きの表情を浮かべた。「おい、なんで富山がそんなに上手いんだ?」

「実は…高校時代、バレーボール部だったの」富山は少し照れたように言った。

「マジか!今まで黙ってたなんて!」石川は驚いた。

最終的にスチャートチームが3対2で勝利した。

「さすがプロ!」石川は笑いながらソムサックとアノンに言った。「でも、次は負けないぞ!」


試合が進むにつれ、観客はさらに増えていった。キャンプ場の管理人もやって来て、最初は注意しようとしたが、この異文化交流の様子に感心し、逆に協力してくれることになった。

「キャンプ場の広場を使ってください。多くの人が安全に見られますよ」管理人は言った。

「ありがとうございます!」石川は深々と頭を下げた。

「それにしても、まさかタイのセパタクロー選手と出会えるなんて…」千葉は感動したように言った。

スチャートが笑った。「私たちもこんな形で日本の伝統文化を体験できるとは思いませんでした。蹴鞠は本当に面白いですね」

その時、さらに驚くべき出来事が起きた。隣のキャンプサイトからやってきた若い男性が、自己紹介をした。

「あの、すみません。私、塚本といいます。実は日本のフリースタイルフットボールチャンピオンなんです。この競技、参加してもいいですか?」

「フリースタイルフットボールチャンピオン!?」石川は声を上げた。「もちろん!ぜひ参加してください!」

塚本は笑顔で頷き、一度デモンストレーションを見せた。彼の足技は素晴らしく、ボールを自在に操る。観客から拍手が沸き起こった。

「これは…さらに面白くなりそうだ!」スチャートの目が輝いた。


「それでは!特別ルールによる『蹴鞠セパタクロー超絶技巧対決』を開催します!」

石川のハイテンションなアナウンスに、すでに五十人以上の観客が集まっていた。チームは再編成され、スチャート・石川・千葉チーム対、ソムサック・アノン・塚本チーム、そして一般参加者による複数チームが結成された。

「一回戦!スチャートチーム対 ソムサックチーム!」

試合は前代未聞の激しさで始まった。スチャートとソムサックのプロ同士の対決は圧巻で、蹴鞠が空中で描く軌道は芸術的だった。石川も千葉も真剣な表情で、自分たちの持てる全力を出し切っていた。

「石川!前!」スチャートの声に応じて、石川が前に出る。

スチャートからのパスを受け、石川は思い切り蹴り上げた。蹴鞠は高く舞い上がり、太陽の方向へ。

「見えない!」塚本が太陽を見上げて叫んだ。

その瞬間、蹴鞠は急降下し、塚本の頭のすぐ横を通り過ぎて地面に落ちた。

「よっしゃあ!」石川は拳を突き上げた。

「素晴らしい!」スチャートも興奮気味に言った。

試合は拮抗し、最終的にスチャートチームが僅差で勝利した。

「次は富山チーム対 一般参加者チーム!」

富山は意外にも上手く、そのバレーボール経験を活かして見事なパフォーマンスを見せた。

「富山!そんなに上手いなら最初から言えよ!」石川が半分文句を言うように叫んだ。

「うるさいわね!こんなの初めてやったんだから、私だって驚いてるのよ!」富山は笑いながら返した。

試合は一日中続き、最終的に「蹴鞠セパタクロー大会」という名の祭りとなった。


夕方になり、トーナメントの決勝戦が行われた。スチャートチーム対 塚本チームの一戦だった。

「最終決戦!」石川は興奮して言った。「まさかこんなに盛り上がるとは思わなかった!」

観客は百人を超え、キャンプ場の広場は人で埋め尽くされていた。管理人までもが応援に加わっていた。

試合は熱く、そして美しかった。セパタクローと蹴鞠、そしてフリースタイルフットボールの技術が融合した、前代未聞の光景だった。

スチャートは蹴鞠を高く蹴り上げ、石川はそれを受け、さらに高く上げた。千葉は力の限り跳躍し、頭で蹴鞠を弾いた。

対するソムサックは宙返りをしながら蹴鞠を受け、アノンに繋いだ。塚本はボールをコントロールし、見事なリフティングの後、強烈なキックを放った。

「うおおおお!」石川は必死に飛びついたが、届かなかった。

「最終ポイント!塚本チームの勝利!」

観客からの歓声が鳴り響いた。両チームは健闘を称え合い、握手を交わした。

「素晴らしい試合でした」スチャートは満面の笑みで言った。「こんな面白い経験は初めてです」

「いやあ、本当に楽しかった!」石川は汗だくになりながら言った。「『奇抜でグレートなキャンプ』、大成功だ!」


夜、石川たちはタイ人チームと塚本をテントサイトに招き、焚き火を囲んでバーベキューパーティーを開いた。

「まさか日本のキャンプ場でこんな国際交流ができるとは思いませんでした」スチャートはビールを片手に言った。

「私たちこそ、プロのセパタクロー選手に会えるなんて夢にも思わなかったよ」千葉は興奮気味に言った。

「でも、蹴鞠って本当に面白いですね」ソムサックが言った。「重いので、より高い技術が必要になる。これは良いトレーニングになります」

「日本に帰国したら、タイでも蹴鞠セパタクローを広めてみます」アノンは笑いながら言った。

「そうだ!国際交流の一環として『蹴鞠セパタクロー協会』を設立しよう!」石川は突然立ち上がって提案した。

「おい、またそういう話を…」富山はため息をついた。

「いや、それは素晴らしいアイデアですね」スチャートが真剣な表情で言った。「私たちも協力します」

「え、マジで?」石川は驚いた。

「もちろん。これは素晴らしい文化交流になると思います」

話は盛り上がり、深夜まで続いた。塚本もフリースタイルフットボールの大会に皆を招待すると約束した。

最後に、全員で記念写真を撮った。汗と土にまみれながらも、全員の顔には笑顔が溢れていた。


翌朝、石川のテントから呻き声が聞こえた。

「あ゛ー…体が…動かない…」

千葉もテントから這い出てきた。「石川…俺も…」

「足が…痛い…腕も…背中も…全部痛い…」石川は顔を歪めながら言った。

富山のテントからも苦しそうな声が聞こえた。「二度と…あんな無茶はしないわよ…」

「富山も動けないのか?」石川が弱々しく言った。

「当たり前でしょ!普通の人間がプロのアスリートと一日中勝負して、無事なわけないじゃない!」

三人はテントの前にある椅子に、老人のようにゆっくりと腰を下ろした。

「でも…」千葉が言った。「昨日は最高に楽しかったな」

「ああ、間違いなく『奇抜でグレートなキャンプ』史上最高の出来事だったな!」石川は痛みを堪えながらも誇らしげに言った。

三人の前に、スチャートたちが現れた。彼らはまったく疲れた様子もなく、爽やかな笑顔を浮かべていた。

「おはようございます!皆さん、体の調子はどうですか?」スチャートが元気に言った。

「見ての通り…」石川は弱々しく手を上げた。「筋肉痛で死にそうです…」

タイ人三人組は笑った。「でも、良い経験でしたね。私たちは今日も練習しようと思います。よかったら見に来てください」

「え、まだやるんですか!?」千葉は驚いた。

「もちろん。セパタクローは私たちの生活の一部です」ソムサックが笑いながら言った。

「すごいな…」石川はうめいた。「私たちはしばらく…動けそうにないです…」

「それでは、次回『俺達のグレートなキャンプ』でまたお会いしましょう」スチャートは笑顔で手を振った。

石川たちが痛みに耐えながら手を振り返す中、タイ人チームは軽快に歩いていった。

「次は…もう少し体に優しいグレートなキャンプを考えようね…」千葉はため息をついた。

「いや、次はもっとすごいのを考えてるんだ!」石川は、痛みを忘れたかのように突然元気になった。「次は『岩場でエクストリーム水中将棋』だ!」

「は?」富山の表情が凍りついた。

「水中で将棋を…岩場で…?」千葉は混乱した表情を浮かべた。

「そう!ウェットスーツを着て、岩場の水中で将棋をするんだ!最高にグレートだろ?」

富山はゆっくりと立ち上がり、痛みに耐えながら自分のテントに向かった。「私、次回はパスするわ…」

「え、待って富山!『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』でしょ?」石川は必死に引き止めようとした。

「それは今回限りよ!」富山の断固とした声が響いた。

千葉は呆れた表情で石川に言った。「まずは今の筋肉痛を何とかしようよ…」

「そうだな…」石川は再び椅子に崩れ落ちた。「でも、『奇抜でグレートなキャンプ20』は大成功だったぞ!」

三人は痛みに耐えながらも、昨日の熱戦を思い出し、苦笑いを浮かべていた。キャンプ場の上空には、昨日の熱気が残っているかのように、朝日が鮮やかに輝いていた。

(おわり)

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『俺達のグレートなキャンプ20 蹴鞠セパタクロー』 海山純平 @umiyama117

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