第40話


 闘技場の砂の上にヴィルトは立つ。

 気を立ち昇らせ、気合は充分。


「さぁ、ヴィルト選手の後に続いてくるは今大会最年少の少年、リオン選手だ!」


 アンザが叫ぶともう一つの入場ゲートからリオンが入って来る。


 十四かそこらの幼い少年。身長は百六十センチ程度だろう。

 軽装鎧に身を包んだ姿は背伸びしている感じがする。赤い髪に赤い瞳の少年だ。腰には何の変哲もない鋼鉄の剣を差している。


「よろしくお願いします、シュヴァインさん」

「む、よろしく」


 ぺこりとリオンが頭を下げたのを見て、ヴィルトも少し下げる。


「では……試合開始!」


 開始の言葉に合わせて、二人とも武器を抜く。

 戦斧と片手剣。まったくもって違う武騎手の戦いだ。


「こちらから行くぞ!」


 ヴィルトが宣言し、戦斧ツォルンを片手に突撃する。

 対しリオンは静観の構え。剣を両手で構えている。


「せぇや!」


 ヴィルトがツォルンを正面から振り落とす。リオンは剣を両手で構え防御だ。

 硬い金属同士がぶつかった硬質的な音が響く。


「真正面からの衝突だぁー! ヴィルト選手圧倒的なパワーで終わらせるか?!」


 ギャリギャリと音を立てながらヴィルトのツォルンが押し進む。

 リオンは剣をずらし、自身も横に動く事でツォルンを反らし、地面にぶつける。

 体勢が崩れたヴィルトに向かってリオンは進み、その腹を斬り裂こうとする。

 ヴィルトはそのまま腹を斬られるが、持ち前の防御力で防ぐ。

 無理な体勢から体を動かし、ツォルンを横から振るい攻撃する。

 リオンはバックジャンプで避ける。


「まだまだぁ!」


 ヴィルトはツォルンの柄の上部を掴み振り回しやすくするとリオンに急接近。ツォルンを振り落とす。

 だがリオンは受けずまたも後ろにジャンプして避ける。

 そして避けるリオンを更に追撃、というのが数度続く。


「ちっ、煩わしい!」


 ヴィルトは左手を空に掲げ、魔法を発動する。

 作られたのは剣の結界。数百の剣が生み出され、円形上にリオンを取り囲む。

 そして徐々に範囲を狭めていく。


「おぉーとリオン選手これはピンチか?! 剣に囲まれてしまった!」


「せぇい!」


 だがリオンは雄たけびと共に剣をもって一回転。全ての剣を打ち壊した。


「なんだと?」


 相手を殺さぬよう手加減をしたとはいえ魔王の魔法を破壊した。そのことに魔王自身と観客席のヴィルトの仲間たちが驚く。

 そして驚愕に顔を歪めるヴィルトに対しリオンが急接近。真正面から剣を振り落とす。

 咄嗟にヴィルトはツォルンを挟むことで防御。リオンは続いて剣戟を放つ。

 ヴィルトとリオンの攻撃が交差する。何十合と言う剣戟のぶつかり合いだ。

 最終的に勝ったのはヴィルトだ。リオンの剣を弾き、その腹に左手で攻撃を加える。

 リオンがくの字になって吹き飛び、闘技場の壁にぶつかる。


 ヴィルトは続いて追撃。ダッシュで壁にぶつかったリオンに突撃し戦斧を振り落として腹を斬り裂かんとする。

 だが寸でのところでリオンは横に飛び回避。ツォルンが地面をえぐる。

 その隙をついてリオンはヴィルトの首に向かって剣を振るう。だがヴィルトは顔をずらし歯でリオンの剣を受け止める。


「はっ?!」


 リオンが驚愕の行動に呆気にとられ、ヴィルトは顎に力を籠め噛み砕く。

 その場でヴィルトはツォルンから手を放し、左手でリオンの肩を掴む。

 そのまま右手で腹パンを続けて放つ。一度、二度、三度と放ち四度目を放とうとしたときリオンは聖力を解放しヴィルトを吹き飛ばす。


 飛ばされたヴィルトはツォルンを手元に戻し、構えなおす。

 リオンもまた聖力で砕けた剣を補正し、天剣の術で剣を補う。


 再度、衝突。ヴィルトとリオンが正面からぶつかり合い──そして離れる。

 両者高速での移動。各所でぶつかると同時に離れるを繰り返す。


「両者高速での移動だ! 速すぎて何処にいるかまったくわからない!」


 まるでどこぞのバトル漫画のような光景だ。観客たちは何が起こっているのかわからない。


 そうして数分ののち、両者姿を現す。

 其処には傷だらけのリオンと多少の傷を負ったヴィルトの姿があった。


「くく。中々やるではないか──まぁ。我相手にこの程度の傷は無意味なんだが」


 ヴィルトは笑い、体の傷が再生していく。

 再生持ちはこれが厄介だ。多少の傷は再生し無くなってしまう。

 本来ならば再生で消費される魔力や聖力と言ったエネルギーもヴィルトは持ち前の無限に近い聖力量で無視出来てしまう。


「……厄介ですね」


 リオンもまた、それらを把握し冷や汗を流す。


「両者、再び対峙! さぁ、どちらが勝つのか!」


 実況が叫び、再びリオンとヴィルトが衝突する。

 戦斧と剣が交差する。攻めるのは変わらずヴィルトだ。

 超高速での斧の行使。金属同士がぶつかる硬質的な音が響き渡る。


「オオオオッ!」


 ヴィルトは更に気合を入れ、リオンを押し込んでいく。そして足蹴りを行い、リオンを蹴り飛ばす。

 そして追撃──といったところでリオンから膨大な聖力のオーラが立ち上った。

 無論ヴィルトの聖力量に比べれば少ない。だが無視できない程には膨大だ。


「本気で……行きます!」


 リオンはそう言うと超高速──ヴィルトが目で追うのがやっとの速度で飛翔。ヴィルトに剣を振るう。

 ヴィルトは咄嗟に戦斧の柄で剣を受け止めるも押し込まれ、地面が陥没する。


「ぐっ……舐めるな!」


 ヴィルトは魔力を放出するも、知った事かとリオンは更に強く押し込む。

 ヴィルトは口を開け、魔力を溜め──放出。魔力のレーザーを放つ。

 リオンはそれに巻き込まれ吹き飛ぶ。空に撃ちあがった。

 ヴィルトも飛翔しリオンに急接近。ツォルンを振るうも体勢を直したリオンが剣でガード。空中で剣が交差するも、一方的にヴィルトが傷を負っていく。


「ちっ……」


 ヴィルトは思わず舌打ちをする。

 身体能力という点でヴィルトはリオンを圧倒していた。だが今やそれは無い。身体能力でリオンはヴィルトを多少上回ってしまった。

 こうなってはヴィルトも身体強化を使うしかない。だがヴィルトの身体強化術は圧倒的だ。使えばどうしようも出来ない差が生まれる。

 そう──手加減なんて出来ない差が。一方的に相手を殺せてしまう力だ。


(それやると負けるんだよな)


 この大会で相手の殺傷が禁じられている以上、それは出来ない事だ。


「仕方ない──ふん!」


 ヴィルトは魔力を解放し、リオンを吹き飛ばすと同時に地上に降り立つ。


「我の負けだ! 降参する!」


 ヴィルトは堂々とそう宣言した。


「なんと、ヴィルト選手唐突な降参宣言! ……えっと、これにより勝者、リオン選手になります!」


 会場から多少のブーイングが飛ぶ。先程まで拮抗していたのに急な降参に怒りを抱く者も多い。


「ではな、リオンとやら。結構楽しめたぞ」

「……ありがとうございました」


 リオンもまた、相手が身体強化の術を使えばどうなっていたかを察し、戦々恐々としながら勝ちを受け入れた。



 ■


 ヴィルトは闘技場の観客席を歩く。背中に戦斧を背負ったままだと通行の邪魔になる為ヴィルトは念力の魔法でツォルンを浮かして歩く。

 気配探知を行いながら歩くと、目的の場所、リアとアンタレスが居る客席に辿り着く。

 そしてリアを見つけるなり、抱き着く。


「負けてしまった~~~悔しい~~~」


 ヴィルトはそう言うとリアの豊満な胸に顔をうずめる。


「……正直、なんで貴女が負けたかわかってないんだけど。魔王ならあの程度楽勝じゃないの?」

「それは殺す事になってしまう。前も今も我は手加減が苦手だ……それに最近になって力も増して来た気がするし……」

「……そう言えば貴女、背伸びてきた?」

「そうか?」


 リアはヴィルトをまじまじと見つめる。


「……やっぱり伸びてる気がするわ。帰ったら計って見ましょ」

「む。わかった」


 後になって分かる事だが、ヴィルトの背は伸びていた。数値にして今は百六十九センチ程度はある。前は百六十五センチだったため四センチ伸びている。

 それに伴い、力もまた増している。恐らくは本来の姿の力も増しているだろう。


 ヴィルトは開いている隣の席に座り、観戦に移る。


「次は……エックスとローニャか」

「そうね。貴女の見立てはどう?」

「ローニャは苦戦するだろうな。ま、それだけだ。勝てる相手だ」

「ならいいけど……」


 そして試合が始まる。




 ■


「両選手入場! 華麗なる女剣士と素性を隠した仮面戦士の対決だ! 勝利の女神はどちらに微笑むのか!」


 ローニャとエックスが入場する。

 両者十メートル程離れた位置で止まり、武具を抜いて構える。


「では試合開始!」


 アンザのその言葉と同時に両者駆け出す。

 エックスの剣とリアの剣が衝突する。

 硬質的な音が響き渡る。

 押していくのはローニャだ。肉体能力という点ではエックスを上回っているローニャは素の身体能力の高さで圧す事が出来る。

 だが聖力量では負けている。持久戦となれば勝ち目はないだろう。

 ローニャが剣を弾き、胸に傷を刻まんとするがエックスが剣を割り込み防ぐ。その一連の流れが数度繰り返されるとエックスは後方にジャンプし距離を取る。

 左手を掲げ、聖術を行使する。使われるのは天剣の術だ。


「天剣!」

「エックス選手天剣の術の行使だ! 百を超える剣がローニャ選手を襲う!」


 術名を叫ぶことで威力を増し術を安定化させたエックスは百の天剣を生み出す。

 光り輝く白い剣だ。剣一つ一つに込められた聖力量もかなりの物だ。


 百の剣が一斉にローニャに襲い掛かる。

 ローニャは盾を構え防御の姿勢を取る。高速で飛翔する天剣が盾にぶつかるも、ローニャは一歩も動かない。

 ならばとばかりにエックスは天剣を操作し背後から襲わせるもローニャはバリアを張り全方位からの攻撃を防ぐ。


「ちっ」


 数発バリアに天剣を当てたエックスはバリアの強度を知り、天剣程度では何発当てても破れないと判断し天剣の術を解除する。

 天剣が消えたのを見てローニャもバリアを解除する。バリアの維持にも聖力を消費する為維持する事は出来ない。


 両者、動きが止まる。どうすればいいかの判断の時間だ。


「両者、動きが止まってしまった! 沈黙している! さぁ、二人は何を考えているのか?!」


(……こちらから踏み込むしかないな。だが単純な剣術の腕では相手が上。正面切ってやりあっては負けは確実……何か相手の意表を突く手段がいる……)


 エックスはそう思考する。


(うーん……ごちゃごちゃ考えるの面倒! まぁ、なんとかなるさ!)


 そしてローニャは思考を辞め、突進を選択する。

 聖力で足を強化してダッシュ。エックスに肉薄する。

 そして正面からの剣の振り落とし。エックスは同じく剣で防ぐ。続け様にローニャは足蹴りを放つ。同じようにエックスも足蹴りを放ち相殺される。

 攻防が続く。ローニャが攻撃をし、エックスが防ぐというのが数度続く。

 先程の焼き直しのような事が起こる。


「ちっ!」


 それを煩わしく思ったのかエックスが攻撃に転じる。

 多少のダメージを覚悟しての攻撃だ。防御を捨てた捨て身の一撃。

 胸を斬り裂かんとエックスは剣を振るう。

 ローニャは防ぐことが出来ず、受けてしまう。


 ぽたぽたと、血が零れ落ちる。ローニャは後ろに歩き、エックスから距離を取る。

 ローニャは防具を着ていない。チェインメイル一つ付けていないのだ。

 剣の鋭さによって服も斬られ、ローニャの胸が露出する。


「おおっとローニャ選手深く斬られてしまった! 出血も大量、大丈夫か?!」


「ふぅ──ー」


 ローニャは息を吐き、集中する。

 自己治癒の聖術を行使し、傷をゆっくりと治していく。

 だが当然、それを相手が待つはずがない。

 エックスが突撃し剣を振るってくる。


「くっ!」


 ローニャは咄嗟に盾を構える事で防ぐことが出来る。

 続いて猛攻。エックスは攻撃を続けるが、全て盾に防がれる。

 攻撃を防ぎながらローニャは自己再生を続ける。その再生──回復速度は非常に遅い物だ。だが、治らぬよりはマシである。


「はぁ!」


 ローニャは聖力を解放し、聖力の爆発を起こしてエックスを吹き飛ばす。

 吹き飛んだエックスに向かってローニャは駆け出し、剣を振るう。

 鋭い刃がエックスの顔面に当たり、仮面を斬り裂いた。


「くっ……」


 エックスの素顔がバレる。

 それは、女の顔だ。しかも美少女と言っていい顔である。

 銀髪碧眼の美少女。肌も白く綺麗である。


「エックス選手の素顔が割れた──!! 可愛い系だ! 仮面付けるよりも良いぞ!」


 実況が興奮して叫ぶ。


「まだ、まだ行きますよ!」


 ローニャがそう叫び、攻撃の構えを取る。だがエックスが剣を捨てた。


「こ、降参します!」

「え?」


 エックスの言葉にローニャは一瞬呆ける。

 エックスは顔を手で覆う。


「エックス選手まさかの降参宣言! いいのですか?!」

「もう戦えません!」


 エックスはそう言うと聖術の光を出し顔を覆い、捨てた剣を拾っ控室に向かって走って行った。


「えぇ……」


 思った勝利と違い、ローニャは何処か遠い目をした。

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