第38話
翌日の朝九時に試合が始まる為、ヴィルト達一行は朝の八時半には来ていた。
予定では一試合三十分程であり、第四試合終了の予定時刻が十一時。そこから一時間休憩をはさみ十二時から再開。
終了予定時刻は昼の十四時となっている。
ヴィルトは一人、選手用の控室で戦斧ツォルンを磨きながら待つ。
「……暇だな」
ヴィルトは次の試合の出場選手である為に観戦席に行く事が出来ない。
今の時代では遠くの景色を移す便利な魔法なんてものは無く、控室から闘技場内を見る様な魔法や聖術は無いために、一人寂しく待つしかない。
「さて、どんな戦いが繰り広げられるのかな」
■
闘技場の砂の大地に二人の戦士が立つ。
一人は頭部を剃っているのだろう大男。二百センチはある長身に鍛え上げた筋肉を持つ。
上半身裸という場所によっては捕まる格好をしている。戦鎚を背負っている。
対するはまだ幼い少年だ。歳は十四かそこらだろう。
赤い髪に赤い瞳をしている。腰には何の変哲もない鋼鉄の剣を差している。
審判兼アナウンサーは猫の獣人の女だ。胸と股だけ隠しておけばいいだろみたいな痴女同然の恰好をしている。
見てくれだけは結構良いので問題にはならないが、不細工がこの格好をしていたら一発通報ものだろう。
「それでは第一試合……始め!」
アナウンサーの猫の獣人、アンザがそう宣言する。
同時にガンツとリオンが武器を手に取る。
「さぁ対するは戦鎚と片手剣! リーチ威力共に戦鎚が上回るが手数ならば片手剣の方が上だ! どっちが強いか正面衝突だ!」
先に動いたのはリオンだ。小さな体で駆け出した。
只の走りではない。聖力を使った自己強化の術を用いたダッシュだ。その速度は凄まじく、観客の殆どが視認出来ない。
辛うじてガンツは視認する事が出来、咄嗟に戦鎚を防御の構えを取る事に成功する。
雄たけびと共にリオンは剣を抜き取り、ガンツに斬りかかる。
ガンツは戦鎚の柄で剣を受け止める。材質は同じ鋼鉄製。負けることはない。
だが膂力ではガンツが負けている。
「ぬぅ……!」
歳も外見上の筋肉もガンツのが圧倒的に上だ。それで負けるという事は可能性は二つ。
リオンが持つ聖力量がガンツを圧倒的に上回っているか、聖術の練度がガンツより上か。
単純に聖力量だけで言えば若干リオンが上。となれば、身体強化の聖術の練度がガンツより上だという事。
普通ならばあり得ない事だ。十四歳の少年の方が上だという事は。
ガンツも元は農民とはいえ、身体強化程度日常的に使っている。農作業等で力を使う場合はこの世界の住人は意識的無意識的両方で聖術を行使している。
「せやぁ!」
リオンがそのまま押し込み、ガンツをのけぞらせた。
リオンは左手で握りこぶしを作りガンツの胸を殴打。後ろに吹き飛ばす。
「ぐぅ……舐めるな!」
気合を入れ直したガンツが戦鎚を振るう。
上下左右全方位からの力任せの振り落とし。風切り音がなる程の攻撃をリオンは涼しい顔で全て避けた。
リオンは後ろに飛び、剣を構えて突進。疲労したガンツの首元に迫る。
そして首筋に剣を向け、首の皮一枚切り血を流させる。
「……参りました」
ガンツは素直に負けを認めた。
「決着ぅぅぅぅ! リオン選手華麗に振る舞い一方的にガンツ選手に打ち勝ったぁぁ!」
アンザがそう叫ぶ。
リオンは声を聞き剣を鞘に納め、頭を下げる。
「良い戦いでした。ありがとうございます」
「……こちらこそ、どうも」
お互いに礼を言い、両選手控室に戻っていった。
■
「お前が勝ったのか?」
この闘技場には元から控室は二つしかない。
予選の時は武具置場等に椅子を置いたり適当に広い空間に仕切りを置くことで分けたり等することで対処していた。
その為普通の控室は二室しかない。
ヴィルトは部屋に入って来たリオンに対しそう尋ねた。
「えぇ。僕が勝ちました」
「そうか……ふぅん」
ヴィルトはじっくりとリオンを見つめる。
(聖力量ではローニャより上程度。身体能力もこの歳で言えば上だが化け物染みてるわけでもない……こんな少年が勝ちあがるとはな)
『さぁ! 休む暇無く次の対戦だ! ヴィルト・シュヴァインvsエコル! 始まります! 両選手入場をお願いします!』
すると闘技場から声が響く。
声拡大の聖術の聖具を使った声だ。
「という事なので我はもう行くとしよう」
「えぇ。頑張ってください」
ヴィルトは手を振る事で返事とし、戦斧を背に闘技場へ出た。
■
「さぁドラゴンスレイヤー同士の戦いだ! 一体どちらが勝つのか!」
闘技場の砂の上にヴィルトとエコルが対峙する。
ヴィルトは背中から戦斧ツォルンを抜き右手で持っているが、エコルは武器の類を持っていない。
素手戦闘に特化しているのだろうか、とヴィルトは思う。
(ふむ。魔人という称号は間違っていないな。魔力使い……いや。聖力も感じるな、どういうことだ?)
ヴィルトはエコルから相反する二つのエネルギーを感じ取りどういうことだと思案する。
ヴィルトの知る限り魔力と聖力の同時持ちというのは自身以外に知らない。
まぁだからどうした、という話である。確かに保有する魔力量は大したものだが自分には当然及ばない。聖力量に至っては一般人よりは多少多い程度だ。
「でははじめ!」
アンザが試合の始まりを告げる。
「こちらから行くぞ!」
ヴィルトはツォルンを構え突進。エコルに突撃する。
魔力や聖力を使わない素の身体能力だけであっても超高速。常人では視認出来ぬ加速力だ。
ツォルンを振るいエコルに向かって振り落とすも、エコルは後ろにジャンプする事で回避。
「まだまだ!」
ヴィルトはツォルンを振るう。下から右から左から。上下左右全方位からの攻撃である。
エコルはただ避けるだけ。一発とて掠らない。
「ちっ!」
ヴィルトは下からの振り上げをすると、エコルが真上にジャンプ。
地上から数メートルは離れた地点で滞空する。
「遠距離戦が望むか?」
にやり、とヴィルトは笑みを浮かべ同じように後ろにジャンプ。
すぅ、とエコルは息を吐いたかと思うとかっと目を見開いて宣言する。
「顕現せよ我が力、我が敵を屠らんが為!」
エコルが声を発すると魔力の光が生じる。
紫色の光の柱にエコルは包まれる。
「……成るほど。そう使うのか」
面白い、とヴィルトは狂気的な笑みを浮かべる。
光の柱が消えた後、出てきたのは容姿が変わったエコルだ。
濡れ羽色の黒い髪。赤く爛々と輝く瞳。
漆黒の金のスリットが入った手甲を付け、同じくブーツを履いている。
右手には青白く輝く剣。ブブブ、と虫の羽音にも似た音を出している。
彼女の代名詞でもある魔剣リーブスだ。
「行くわよ!」
「来い!」
打って変わって今度はエコルが突撃する。
初速から時速百キロを超える突撃だ。常人ならばタックスだけで死ぬ。
リーブスを構えての突進だ。並大抵の相手ならばこれで串刺しになって死ぬ。
ヴィルトはツォルンの刃部分を横にし腹を使って防御の構え。
ヴィルトとエコルの武器が衝突する。
衝突しただけで衝撃波が生じる。強大な力のぶつかり合いだ。
「やるわね!」
「貴様こそ!」
どちらともなく力を緩め、両者離れる。
かと思えば両者同時に突撃。魔剣と戦斧がぶつかり合う。
「両者激しいぶつかり合いだ! 剣戟の光が眩しいー!」
(パワーでは上だが速度では負けてるか!)
無論、ヴィルトがその気になって魔力強化を使えば覆せる差だ。だがヴィルトはそれを使う気はない。
理由は単純で、手加減が出来なくなるからだ。今大会において相手の殺傷は厳禁である。
相手を殺しかねない自分の力を封じた状態での出場である。
ヴィルトのツォルンとリーブスがぶつかり合う。
バチバチと電光のような光を発するぶつかり合いだ。一撃一撃が致命の一撃の衝突。
手数では魔剣の方が勝る。押されるのはヴィルトだ。
何十合目かの剣戟ののち、ヴィルトは自らの魔力を解放する。
それだけで衝撃波となり、エコルを吹き飛ばす。
「せぇや!」
ちょっと本気の一撃をヴィルトはお見舞いする。魔力を込めた飛ぶ斬撃を放つ。
エコルは正面から迎え撃つ。体勢を直し、リーブスで斬撃を切り裂く。
「……こっちに来てから初めて使うから威力の調整が聞かん。だが──死ぬなよ。『
ヴィルトの足元から黒いドロドロとした液体が噴出される。
触れるのは不味いとエコルは飛び上がり、飛べないアンザは足が包まれた。
そして黒から触手が沸いて出てくる。
一本や二本ではない。何十という触手だ。一本一本が木の幹よりも太い。
先端には巨大な口が付いている。外側に突き出た牙の生えた口だ。
この魔法は本来自身の尻尾を軸として使う術だ。人間形態で使用したことで本来よりも威力も手数も劣っている。
「おおっとヴィルト選手魔法の行使だ! 見た事の無い魔法だ! 触手は触手でもエッチな方ではないぞ!」
「征け」
触手が動き、空に居るエコルに向かって伸びていく。
「気持ち悪!」
エコルはうわぁ、と顔を歪めながらも触手の群れを避けていく。
右に下に。上下左右全方位に飛んで周って避けていく。
幾つかの触手がその場で口を開け、魔力を溜め──放つ。魔力砲撃だ。
「うわ!」
触手の群れに加え魔力砲撃による弾幕。避けるのは至難の業だ。
何発かの魔力砲撃がエコルの体に掠り、触手の牙がエコルを襲う。その度にリーブスをもって両断し防ぐも、直ぐに限界が来る。
エコルは魔力を全身に纏い、突撃。防御力に振った構えだ。
触手や魔力砲撃が襲うが全て防ぎきり、ヴィルトに接近。それを読んでいたヴィルトはツォルンを正面から振り落とし迎撃。エコルを地面に衝突させる。
エコルはそのまま地面を潜りヴィルトの背後の地面から飛び出る。と同時に回し蹴り。ヴィルトが吹き飛ばされ闘技場の壁にぶつかる。
壁が蜘蛛の巣のような罅と共に砕かれる。
「ちっ!」
壁を砕きながらヴィルトは壁から出る。
突撃してきたエコルと再び戦斧と魔剣が交差する。
エコルは飛行状態で空から押し付けるように動き、ヴィルトを押していく。
「ぬぅん!」
ヴィルトは気合を入れて押し込み、エコルをはじき出す。
同時に口を開き魔力砲を口から放つ。エコルが飲まれ飛ばされた。
漆黒の魔力の光線だ。エコルは全身に擦り傷が入るも魔力を活性化させ再生させる。
両者同時に駆け出し、魔剣と戦斧が交差する。
「両者またしても激しいぶつかり合い! 押しているのはヴィルト選手だー!」
実況の言う通り徐々にだがヴィルトが押していく──かと思えばエコルは魔剣を消す。
魔法で作られた武器だからこそ出来る芸当だ。
ぶつけ合っていた武器が途端無くなった事でヴィルトは変な位置にツォルンを振り落とし、体勢を崩す。
崩したヴィルトの腹に向かってエコルはパンチを繰り出す。ヴィルトがくの字になって飛ばされた。
ヴィルトはツォルンから手を放してしまい、大地を数度転がる。
エコルがリーブスを再度生成し大地に転がるヴィルトの首を斬り落とさんと振るう。
ヴィルトは横に転がる事で回避し立ち上がる。右手をツォルンに向けツォルンを自身に向けて飛ばす。
ヴィルトの手にツォルンが戻ると同時にエコルがヴィルトに再度接近。
「死ぬなよ」
ここでヴィルトは少々本気を出す事に決めた。魔力を使って身体能力を強化し、ツォルンを振るう。
エコルはその一撃に対応できず。防御も回避も出来ず受けてしまう。
「がっ……」
エコルは咄嗟に、反射的に身体強化に魔力を振る事で外見上の傷を受けることなく耐えたが、衝撃までは無効化出来ず受けてしまう。
気を失い、魔法の装備は術者が気を失った事で消えて無くなってしまう。
どさり、とエコルは大地に伏した。
「勝者、ヴィルト・シュヴァイン! 魔人エコルを打ち倒したぁぁぁ!」
観客が一斉に湧く。思ったより苦戦したな、とヴィルトは内心舌打ちし闘技場を後にした。
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