第36話
「ヴィルト・シュヴァイン殿、今回はありがとうございました!」
騎士団の詰所で騎士団副団長デヴィットがそうヴィルトに言う。
「こちらも依頼を受けた身だからな。報酬分働いただけだ」
既にグレンの拘束術はヴィルトからデヴィットに移り変わり、拘置所にグレンは入れられている。
「ではこちら、報酬の五万ルエです」
「ありがとう」
そうして報酬を受け取り、殺人鬼スニルの事件は終わった。
因みにダニエルも捕まった。
■
殺人鬼スニルの事件は終わった。
大会まで日数があるが、その間ヴィルト達は適当な依頼を受けて過ごした。
森に行って魔物を倒したり、王都を観光したり。ゲームをしたり。
非常に満足のいく日々を過ごしていった。
そうして遂に、剣闘技大会の日がやって来た。
「人が多いな」
ヴィルトは闘技場の前の入場入口前でそう呟いた。時刻は朝の八時。寝る人は寝ている時間である。
今回の剣闘技大会の会場は円形闘技場だ。
普段も見世物として剣闘士同士や冒険者と魔物の戦い等をやっている会場にて大会が行われるのだ。
非常に大きい。観客収容数二千人を誇る闘技場だ。
ローマのコロッセオが形としては非常に近いだろう。
ヴィルト達一行はそんな闘技場の前に居るのだ。
「受付はあっちですね。一緒に行きましょう!」
「わかった」
ローニャの言葉に従い、ヴィルトとローニャはアンタレスとリアから離れ受付に進む。ノワールは日光に当たると死にかけるのでリアの影の中にいる。
受付は闘技場の外に小さな屋台にも似た形の受付がある。
「皆何か貰って直ぐ離れているな」
「そうですね、受付表でしょうか?」
ヴィルトとローニャは列に並ぶ。
列は思いのほか早く進み、直ぐにヴィルトとローニャに番が来た。
「大会の参加者ですね。こちらをもってあちらにお進ください」
受付嬢がそう言い、ヴィルト達に紐の付いたカードを手渡す。
ヴィルトのにはAの三十。リアのにはBの十二と書いてある。
人ごみの中、プラカードを掲げた女が居る。
プラカードには受付表を持った方はこちらに来てくださいと矢印が書いてある。
プラカードの指示通り進んでいくと、闘技場の中に入る。
「ここでも別れるみたいですね」
「面倒だな」
闘技場の中にはAのカード、Bのカード、Cのカード等アルファベットごとに別けられた文字のカードを持ちの方向けに矢印が描いてある。
「ではなローニャ。決勝で会おう……とでも言えばいいのか?」
「ふふ、いいですね。僕も決勝で待ってます!」
そうして二人は別れ、ヴィルトはAの道に進む。
未知の先は広間だ。壁際には椅子が設置されている。
三十人は入れる広さを持ち、少々窮屈なぐらい人が多い。
中には様々な者達がいる。
ビキニアーマーを着たほぼ全裸のおっさん。兎の耳と尻尾が生えているおっさん。剣と盾を持った老人、魔族に獣人。
割合で言えば人間の方が多いだろうが、人種のるつぼと言えなくも無い程に集まっている。
当然全員が何かしらの武器や防具で武装している。
「ふむ……」
ヴィルトはじっくりと、その目で観る。
結果は、全員雑魚。戦うに値しない雑兵だ。雑に範囲攻撃一発打ち込めば終わるだろう。
「よぉ、そこの嬢ちゃん。あんたも参加者なのか」
ヴィルトにそう話しかける者が居た。
ヴィルトは振り向き、声の主を見る。
デカい。ヴィルトは第一にそんな印象を抱いた。
身長は二メートルを超しているだろう。黒い肌に輝く筋肉を持つ男だ。
ヴィルトと同じく戦斧を背負っているが、鎧の類は一切付けていない。
「そうだが、ここには参加者が集まっているのだろう」
「まぁ、そりゃそうなんだがな。見た感じ嬢ちゃん……強いだろ。それも特別に」
「まぁ、我はま──魔竜殺しだからな。強いに決まっているだろう」
「魔竜殺し?! あのジャガーノートを殺ったって言う!」
男は叫び、慄く。
男の声を聞いた他の参加者たちもヴィルトを見てざわめく。
「ふん。この場の全員束にかかって来ても相手にはならんぞ」
ヴィルトは自慢するようにそう言う。
その言葉に怒りを抱く者もいるが、それはそれとして事実なので何も言い返す事は出来ない。
そうして話していると奥の通路から女が一人歩いてくる。
「皆さーん! 予選試合がもうすぐ始まります! 今からルールを説明します!」
女は声を張り上げる。
「今からここにいる全員でバトルロワイアルをします! 生き残った一人だけが本戦に勧めます! 一人以外は全員脱落です! こちらの審判の判断で戦闘不能と判断されるか、自身で武器を捨て降伏するかしてください!」
「なん……だと……」
話を聞いていた一人が絶望する。
本戦に進めるのがたった一人、だというのにこの中に魔竜殺しが居る。
絶望的な戦力差という奴である。
「こちらでも魔族と人間の治癒師を用意しているので、致命傷など以外はだいたい治せます! 安心して戦ってください! では、こちらの入場口からお進みください!」
女の言葉に従い、この場に居る者全員が先へと進む。
進んだ先は闘技場の中。砂の地面の上だ。
「広いな」
其処は非常に広い空間だ。百人入っても余裕だろう。
観客席は高く設置されており、観客が選手を見下ろす形になっている。
「さて……」
ヴィルトはツォルンを抜いて構える。
「今から予選を始めます! 五……四……三……二……一……スタート!」
そして全員がヴィルトに向かって襲い掛かった。
「まずは魔竜殺しをやるぞ! じゃないと勝ち目が無い!」
襲い掛かる男──ヴィルトに話しかけていた黒い肌の男がそう叫びながら突撃する。
「良い判断だ、だが無意味だ!」
ヴィルトはツォルンを振り回しながら魔力を解放する。
開放された魔力は衝撃波となり、選手全員を襲う。
そして全員が倒れ伏し──立ち上がる事は無かった。
「ヴぃ、ヴィルト選手の勝利!」
そうしてあっけなく、Aグループの予選試合は終わってしまった。
■
「ふぅ……」
ローニャはBグループの控室で人知れずため息を吐いた。
その姿からは緊張している様子が見てわかる。
ローニャは緊張し、気負いしていた。
自分は強いのか? という疑問が旅を始めてから常に付きまとっている。
まず先に客観的評価をするならばローニャは弱くない。騎士団の副団長ぐらいにならば勝てるだけの実力を有している。
ゼーティ王国全土でみてもローニャに勝てる存在は両手の指程度しかいないだろう。
だが、ローニャが居る環境が問題だ。
いうまでもなく世界最強に限りなく近い魔王ヴィルト・シュヴァイン。その配下であり後世では四天王とまで称されたアンタレスとノワール。
リアはそこまで強くないので除外する。
そう。ローニャは無意識化でヴィルトと比べてしまうのだ。比べる対象が余りにも悪すぎる。
だがそれでも、一度抱いた劣等感は拭えない。
だからこそ、剣闘技大会。この大会で優勝──とはいかずとも好成績を残せば劣等感も無くなると無意識化で気合を入れている。
「選手のみなさーん! これからルール説明を行います!」
そうしてローニャはルールを聞き、闘技場の中へと進む。
ローニャは最後の方に進み、闘技場の壁際に立つ。
「では……始め!」
猫の獣人の審判兼アナウンサーがそう告げる。
そして戦いが始まる。
各々武器を手に近くの人間に襲い掛かるのだ。人間の野蛮性極まれり。
ローニャもまた襲い掛かって来る者相手に剣と盾を手に戦う。
正面から来る者には盾で防ぎ、背後からの奇襲を勘で避ける。
そうして剣を振るい敵を倒し、盾で殴り倒す様は正しく一級の戦士。
その戦闘スタイルは基本に忠実だ。いわば基礎を極限まで極めた者のスタイルである。
「せやぁ!」
ローニャは気合を込めてまた一人打ち倒す。
殺人鬼スニルの事件で使ったような範囲攻撃は使えない。
単純に威力の調整が難しく相手を殺しかねないというのが一つ。もう一つは範囲攻撃は技の発動前と後で大きな隙が生まれるからだ。
無論ヴィルト等の圧倒的上位者レベルになれば隙など生まれないし生まれたところで知った事かと範囲攻撃を雑に乱射出来る。
だがローニャはそこまで強くない。だからこその地味な戦闘だ。
「こいつ強いぞ!」
「囲んで叩け!」
そうして戦っていると、他の者達もローニャの強さを把握していく。
そうして人類最強の戦法囲んで叩くという戦法を使おうとする。
「ぐっ……てい!」
ローニャは足を振り上げ、地面にたたきつける。
衝撃波が生じ周囲の人間を揺らす。それと同時に跳躍。
数メートルは跳びあがり、遥か彼方へと跳んでいく。
そして着地。周囲にはまた見知らぬ者達が戦っている。
背中ががら空きなほぼ全裸な女に襲い掛かり、打ち倒す。
「まだまだ行きますよ!」
そうしてローニャは順当に他の選手を全て倒し、勝ち上がった。
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