第20話


 リア、アンタレス、ヴィルトとローニャの四人はローニャの自室に来ていた。


 非常に広い部屋だ。四人が入っても余るほどには広い。

 その部屋のソファにリアとヴィルト。ローニャとアンタレスで四人向かい合って座って居る。

 机にはコーヒーと茶菓子のクッキーが置かれている。


 もそもそとヴィルトはクッキーを食べながらローニャの話を聞く。


「これから旅をするというのならば、自己紹介をしようと思うんです。良いですか?」


 ローニャの提案に断る理由もないためリアは受け入れる。


「良いわよ。じゃあ誰からする?」

「あ、ここは提案者の僕からしたいです」


 それもそうか、とローニャの発言を受け入れる。


「では。僕はローニャ・アルテリシア。歳は十七で父ヴィグの子にしてアルテリシア家の三女です。趣味は暗黒大陸や過去の魔王について調べる事。特技が剣術です!」


 ローニャは行儀よく自己紹介を済ませる。


「じゃあ次は私ね。私はリア、十九歳。一応国から正式に学者として認められているわ。これがその証。で、特技は聖術よ」


 リアはそう言うと懐から筒を取り出す。

 筒を開き、中の紙を取り出す。

 紙には国の掌印が押されており、文としてこの者を国の学者として認めると書かれている。


「お前学者だったのか」

「そうだけど、言わなかったっけ?」

「覚えとらん」


 仲間であるはずなのにそんな雑なやり取りをしているのを見てローニャは少々不安に思う。


「では次は私ですね。アンタレスと申します。歳は……七百と少しです。趣味は魔王様に仕える事。特技もまた同じです」

「……魔王さま?」


 アンタレスが言う魔王という言葉にローニャは疑問を抱く。


「次は我だな。我は魔王ヴィルト・シュヴァイン。趣味も特技もよくわからん。歳は二百ぐらいだと思う」


「……魔王ヴィルト・シュヴァイン? 貴女が? 嘘でしょう?」


 信じられない、という目でローニャはヴィルトを見る。


「魔王は天を貫く程の巨体を持つと言われています。貴女がそれであるとは到底思えないですし、そもそも魔王は勇者と相打ちになって死んだと伝わっています。魔王であるはずがありません」


 強い否定の言葉を貰い、ヴィルトはムッとする。


「証拠を見せようか?」


 思わず変身しようとしたヴィルトをリアが慌てて止める。


「辞めなさい。屋敷が消し飛ぶから。信じられないかもしれないけど、この子の言う事は本当よ。ヴィルトは本当に魔王なの」


 リアもそう言い、ローニャは怪訝な眼を向ける。


「では証拠を見せてください。魔王であるという証拠を」

「わかった。いいだろう。庭に出るがいい!」


 ヴィルトは立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

 慌てて他の三人も着いて行き、部屋を出る。


 四人はまたしても庭に来ていた。

 庭にはヘンリーとヴィグがおり、何か話をしている。


「──おやローニャ。どうしたんだ?」


 外に出て来た娘に対し父であるヴィグが問いかける。


「えぇとお父様。これには……」

「我が魔王である証拠を見せに来た!」


 は? とヘンリーとヴィグは目を丸くする。


 そして次の瞬間その目を疑った。急にヴィルトが服を脱ぎ始めたのだ。

 突然の奇行に二人は目を点にする。

 そしてそのままブラジャーを外し、靴を脱いで靴下を脱ぎズボンを脱いでショーツまで脱いでしまう。

 脱ぎ捨てた服をアンタレスが糸を使って器用に回収し、その手で抱えている。


「きゅ、急に何を?!」


 急に外に出たと思えば服を脱ぐという痴女もかくやというか痴女そのものの行動にローニャは声を上げるしかない。


「まぁ見ていろ。ふん!」


 瞬間、煙と共にヴィルトは本来の姿へと戻る。

 余りにも巨大すぎて庭の木を踏み潰し、巨体へと変わっていく。


 全長三十メートル。屋敷よりも余程大きい姿。

 人型ではある。だが所々が異形其の物。

 頭部は猪の髑髏。眼球は無いが眼孔が赤く灯っている。

 腕は熊と人を融合させたような歪な腕であり、黒い爪が見えている。

 足は蜥蜴の物。四本指で大地にがっしりと立っている。

 背面、腰の少し上からは被膜の付いた翼の生えた腕が一対生えており、その腕が肩を掴む事で翼を形成している。

 臀部からは蜥蜴と狐の尾を合わせた甲殻的にも見える尾が三つ生えている。


「これで信じたか?」


 魔王ヴィルト・シュヴァインはそうローニャに話しかけた。


「え、あ、え? で、伝承と同じ……嘘、ほんと?」


 混乱しながらも、ローニャはヴィルトを見上げる。


「本当だ。我こそは魔王ヴィルト・シュヴァイン。勇者の手によってこの時代に送られた、真なる魔王である」


 その姿にヴィグとヘンリーは恐怖する。

 自宅の庭に急に三十メートルもある化け物が出現したのだ。恐怖するのも無理は無い。


「人に見られるから、そろそろ変身解いて!」


 リアは今更ながらにそう言う。

 如何にこの屋敷の庭に壁があると言っても精々が高く見ても五メートルあるかないか程度。三十メートルの巨体を隠せるサイズではない。

 というか街中に三十メートルの化け物が出現したのを隠す事など普通出来ない。街の何処に居たって見えるだろう。


「む。わかった」


 ヴィルトはそう言うと姿を変える。

 一瞬にしてその姿は幼気な少女の姿へと変わる。

 身長百六十五センチ程度。赤い瞳で釣り目の顔。黒い髪は肩程度まで伸びている。

 小さい胸と尻を持つ、女性としては成熟していない未熟な体。


「魔王様。こちらを」

「うむ」


 アンタレスが服を渡し、ヴィルトは服を着始める。


 その姿を、この場の全員──リアとアンタレス以外──茫然と見つめるしかない。いい歳の男が少女の着替えをじっくりと見るのは何処か犯罪的だが、ヴィグも見ざる負えなかった。


「え~~と、本当に魔王ヴィルト・シュヴァイン、なの?」


 着替えの終わったヴィルトにローニャはそう尋ねる。


「そうだと言っているだろう?」


 何を当たり前の事を、とヴィルトは鼻を鳴らしながら肯定する。


「……すっご! え、うっそ! 本当なんだ! すごい!」


 わー! とローニャは子供のようにはしゃぐ。

 はしゃいだまま、ヴィルトの手を取り握手をする。


「すごい! 伝説が本当に! 目の前に! 本で見るよりも凄かったです!」


 ぶんぶんと手が千切れるのではないかと思える程にローニャは手を振るう。


「お、おう」


 余りの変わりようにヴィルトは混乱するも、一応対応をする。


「そこまでです。魔王様が困っているでしょう」


 其処にアンタレスが助け船を出す。アンタレスはローニャの手を放し、ヴィルトから距離を取らせようとする。


「あ、すみません、て、貴方アンタレスさんですよね?! 魔王軍四天王の! 本物だぁ!」

「四天王?」


 聞きなれぬ単語にヴィルトが疑問符を付けて問いかける。


「四天王って言うのは、魔王直属の配下の中でも特に驚異的な者達の事を言うのよ……貴女が付けた名称じゃなかったのね」


 リアがそう補足する。


「いや知らん……直属の配下など一々考えないからな……誰が四天王なんだ?」

「えぇと確か。"魔竜"アンタレス。"夜の支配者"ノワール。名前が分かっているのはこの二人だけね。後は"殺戮の覇者"と"暴食の魔蛇"ね」


「うーん。恐らくガルドの奴とムタツィオーンの事だと思うが……」


「ぱっと該当するのが出てくる当たり本物……!」


 キラキラとした目でローニャはヴィルトを見つめる。

 それに何処かいたたまれなさを感じたヴィルトは若干ひく。


「では僕ローニャ・アルテリシア。喜んで魔王様の旅路に着いて行きたいと思います!」


 それに待ったをかける声があった。


「待て待て! ローニャ、魔王とはなんだ? いったいさっきのは何なんだ?」


 それはローニャの父親のヴィグだ。


「えーと、どういうことかというと……」


 リアがどう答えた事かと悩む。


「先も言っただろうが。我が魔王であり、こいつは我の旅に着いてくるという話だ」

「ヴぃ、ヴィルト殿が魔王だと?」


 到底信じられないという目でヴィグはヴィルトを見る。

 だが無理もない話だ。そもそも魔王関連の話は余程の歴史好きでもない限り知る事が無い話だ。ヴィグが魔王に関して無知であるのは仕方のない事。

 そして魔王と言う言葉の響きから良くないモノであると考えるのもまた、当然の事である。


「お父様。僕を信じてください。僕はこの方達と旅に出たいのです!」


 強い瞳でローニャが訴える。

 娘の強い視線にヴィグは仕方が無いな、と溜息をついた。


「わかったわかった。まぁ、ヴィルト殿は偽竜を倒したという英雄でもあるんだ。心配は無いだろう」

「お父様……ありがとうございます!」


 やった、とローニャは歓喜を行動で表す。


「それで、ローニャはどうするんだ? もうすぐ夕刻だが、もう旅に出てしまうのか?」

「あ、それについては……えぇと、どうしましょう」


 そうね、とリアが考えながら口を出す。


「この街を出るのは明日として、アルテリシアはどうしたい? 私達は今日はもう宿に戻るつもりだけど。着いてくる?」

「着いて行きます! 早速仲間として親交を深めましょう! あと名字呼びじゃなくて名前で読んでください!」

「わかったわ、ローニャ」


「ふむ。旅立ちをするというのなら、せめて別れの挨拶ぐらいはさせてくれよ。明日街を出るときにまた来てくれ。ローニャ、準備は出来ているのか?」

「あ、まだでした。直ぐに支度を!」


 ローニャは慌てた用に駆け出し、部屋へと走って行った。


 その後、用意を終えたローニャを迎え、四人となった一同は宿へと戻るのだった。




 ■


「ここが宿ですか」


 ヴィルト、リア、アンタレスにローニャの四人は屋敷を出て街に戻り、宿の前まで来ていた。

 他の三人は変わらないが、ローニャは服装を変えている。

 動きやすいが普段使いも出来る茶色い服だ。腰には木剣ではなく鋼鉄の剣を下げている。腰には盾を付けている。


「今日から共同生活ですね!」

「まぁ、四人だから部屋を分ける必要があるけどね」


 苦笑いしながらリアがそう答える。

 ローニャは旅をするのが初めての人間だ。故に頓珍漢な事をしたりするかもしれないとリアは少しだけ心配する。


 時刻は夕方。夕陽を背に四人は宿に入る。


 宿に入ってすぐに受付があり、受付には女将が居る。


「あんたらか……人増えてないかい?」

「はい。ですので部屋を変えて欲しいんです」

「構わないよ」


 そこまで言ってから、リアは振り分けをどうするか考える。

 女三人と男一人だ。どう分けても男と一緒になってしまう。

 いや、アンタレスにはそもそも生殖器が付いていないので男と言っていいのかは疑問だが。


「では私と魔王様、リアとローニャで分ければ良いのでは?」

「うーん、まぁそれでいいか」


 無知で純粋にも近いヴィルトとアンタレスを一緒にすることに一抹の不安を抱えるも、リアはまぁ魔王とその従者だし問題ないかと思いそれを受け入れる。


「はい。これが新しい部屋の鍵だよ」

「ありがとうございます」


 鍵を受け取り、四人はそれぞれ部屋に入るのだった。



 ■




 翌日の早朝。ヴィルト達四人はアルテリシアの領主屋敷に来ていた。

 屋敷の玄関前にはローニャの父親のヴィグと翼人族のヘンリーが立っていた。


 四人は挨拶をそこそこに、もう街を出ると告げる。


「本当にもう出るのか? こちらで馬車を用意しようか? 護衛としてヘンリーを連れて行かなくて大丈夫か?」

「大丈夫ですって、お父様。それに僕は三女ですから、何があっても問題ないでしょう?」

「そ、それはそうなんだがな」


 貴族の三女や三男とはスペアのスペアだ。

 長男に何かあった時の為に子を作るは良いが、何も無かったら使い道の余りない子になる。

 精々が自家よりも下の家に嫁や婿に出すか、実家で長男の手伝いでもさせるぐらいしか使い道が無い。

 その為その様な事を嫌い家を出る子も珍しくなく、だいたいの子は最初に冒険者になる。その為にローニャが家を出るとしても何の問題も無い。

 だがローニャの強さを知ってなお、親として子を心配せずにはいられないというのが親心だ。


「お嬢様。辛かったらいつでも帰っていいんですからね」

「ふふ。直ぐには帰らないわよ」


 ローニャは微笑みと共にそう返す。


「まだかかるのか?」


 ヴィルトが挨拶にこんなに時間がかかるのかと、純粋な疑問を問いかける。人のこういった心の動きをヴィルトはわからない。


「ではお父様。行ってきます!」

「ああ──行ってらっしゃい。ローニャ。風邪を引かないようにな!」


 そうして、四人は屋敷を出た。王都への旅路が始まる。



 ■


 アルテリシアの街の外に出て、ローニャが口を開いた。


「ではここからは徒歩ですね! ふふ、競争でもします?」


 何処かワクワクとした様子でローニャはそう提案する。


「あ~と、移動は馬車があるのよね」

「? 馬車ですか? 何処にもありませんが……」


 アンタレスの影が伸び、影から馬車が出てくる。

 黒い高級感のある馬車だ。ドアの付いているクローズドタイプである。


「影から馬車が?!」


 この現象にローニャは驚く。普通影から何かが出てくる事など有り得ないからこその驚きだ。


「え、えっと。馬車があるのはわかりましたが、誰が牽引するんですか? 動物もいませんが……」

「それは私が」

「四天王が魔車の牽引を?!」


 再度ローニャは仰々しく驚く。

 普通に考えれば有り得ない事だ。四天王クラスの街の一つや二つ滅ぼせる怪物が魔車の牽引という地味な事をするのだ。信じられなくとも無理は無い。


「さ、魔車に乗りましょ」

「えぇ……?」


 余りにもあんまりな事を思いながら、ローニャは魔車に乗るのだった。


 魔車の中は広い。リアとヴィルト、ローニャの三人が入ってもまだ余裕がある。

 それぞれ適当に座るとアンタレスが本来のワイバーンの姿に戻る。

 魔力で糸を形成し束ねる事で強度を増し、魔車と繋げる。


 走ると同時に羽ばたき、魔車を牽引しながら空を飛ぶ。

 王都への旅路が始まった。

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