第13話


宿に戻ったヴィルトはリアとの共用部屋に戻る。

部屋にはリアだけでなくアンタレスも既に居た。

リアとアンタレスは仲良く同じベッドに腰かけている。



「おかえりなさい。遅かったわね」

「まぁ、色々あってな」


リアに軽く返し、ヴィルトもベッドに腰かける。リア達とは別のベッドだ。


「そっちはどうだった?依頼は達成できたか?」

「勿論達成できたわよ。報酬も手に入ったわ」


ほらこれ、とリアは金貨を見せつける。


「報酬の五千ルエよ」

「ほう。ちなみに我は三万ルエ手に入れて来た」


ヴィルトはマジックバッグから貰った報酬の入った袋を取り出しリアに見せつけふふんと胸を張る。


「やるわね……」


そんなヴィルトにリアは素直に驚愕する。

魔王が人の依頼を受けて真面に達成できるか内心心配していたが、これならば問題なさそうだとリアは思う。


「流石は魔王様。私が受けた依頼では三千ルエしか手に入りませんでした」


アンタレスはそう悔しそうに言う。


「まぁ冒険者になったばかりだから仕方あるまい」


気にするな、とヴィルトはアンタレスを慰める。


「明日はどうする?」

「そうだな。我は明日は依頼を受けず街を観光しようと思う。リアはどうする?」

「ん-、そうね。私も観光しようかしら。依頼を早急に受けないといけない訳でも無いしね」

「決まりだな。アンタレスは?」

「私は魔王様と共に居たく存じます」

「なら付いてくるといい。これで明日の予定は決まりだな」


もう夜も遅いという事で三人は一階の酒場で晩飯を取り、部屋に戻って眠るのだった。




翌朝、一階で朝食をとった三人は街に繰り出した。


このパーグソルトは観光の街という訳ではない。だが土産屋が無い訳ではなく、三人は土産屋に入って行った。


「面白い物が売っているな」


土産屋特有のドラゴンの装飾が付いた剣型のキーホルダー等をヴィルトは面白そうに手に取って眺める。

それ以外にもアンタレスとリアはそれぞれ別の土産を物色している。


「まーーヴィルト様。こちら貴方様に良く似合うかと思うのですが」


そうして色々と見ているとアンタレスが髪留めを手に取っ手ヴィルトに見せてくる。


「髪留めか」


ほう、とヴィルトは髪飾りを手に取ってみる。

それは蒼い蝶の羽を模した髪留めだ。蝶の片方の羽だけの洒落た物である。


「我に似合うか?」

「絶対に似合います」

「そうか……ならば買うとしようか」

「支払いは私が」


等と話し、ヴィルトはアンタレスに髪留めを買ってもらい、早速付ける。


「似合うか?」

「よくお似合いですよ」


髪留めを付けたヴィルトをアンタレスは正直に褒める。


「そうか。ふふ、似合っているかーー」



不意に。ヴィルトの脳裏に過去の記憶が映る。



『妹を放せ!』

『ああ。放してやろう』


魔王ヴィルト・シュヴァインの真の姿で。ヴィルトは女を掴んでいた。

髪留めを付けた黒髪の女だ。

その女を、ヴィルトは空に放り投げる。

女は空からヴィルトの口に向かって落下しーヴィルトがばくんと口を閉じ、食いちぎられた。

残った女の下半身が、大地に落ちた。


『ああ、ああ、あああああ!』


男の絶叫がヴィルトの脳裏に木霊する。


「ヴィルト様?」


急に止まったヴィルトを心配するようにアンタレスが声をかける。

ヴィルトが意識を戻せば其処は元の土産屋である。

訝しむアンタレスを見てヴィルトは説得するように声を出す。


「あ、あぁ。いや、何でもない」

「……?左様でございますか」


ヴィルトは暴虐の化身とさえ恐れられた魔王である。

人を食い殺したことなど百や二百で数えきれない程にしてきている。

今更、これまで食い殺して来た人間について思う事など無い。無いはずである。なのにーー


(なんだ、この思いは)


胸に湧いたもやもやに理由を付けることが出来ないまま、ヴィルトは土産屋を後にした。




「なんかイベントをしているな」


三人が土産屋を出て少し歩いていると人だかりを見つけた。

十数人の男女が集まっており、一つのテーブルを囲っている。

野次馬根性でヴィルトが駆け寄ると、其処では一つのイベントを行っていた。


「どうした?挑戦者はいないのか!」


ガタイの良い男がガハハハ、と叫んでいる。

見れば腕相撲大会のようで男は他の男と腕相撲をして勝利したばかりのようである。


「俺に勝てばこれまでの掛け金四万ルエが手に入るんだぞ!参加は千ルエだ!」


机の上には硬貨の入っているのだろう袋が置かれている。

その言葉に周囲の反応は様々だ。

お前行って来いよ、いやあいつが負けたんだから勝てる訳無いだろ、もう少し掛け金増えたら行くかーー等など。


「面白そうだな」


ワクワクと子供のように童心溢れるヴィルトは参加しようかと手を上げようとする。


「待って。貴女が行く前に私が行くわ」

「リアが?大丈夫なのか?」

「私が弱くないって見せつけてやるわ!」


ふふんと胸を張りながらリアが手を上げ主張する。


「私やります!」


リアの主張に周囲の者達も下がっていく。

人の波を越え、リアは男の反対の席に着く。


「お、嬢ちゃんがやるってのか?腕に自信はあるのかい?」

「当然、あるに決まってるでしょ?」


リアは席に着いて男の腕と絡ませ腕相撲の形をとる。


「じゃあ……行くぞ!」


男が腕に力を込めリアの華奢な腕を倒そうとする。

だが倒れない。まるで巨木のように動かない。

何故だ、と男がリアを注意深く見るとーーその腕に小さく白い輝きがある事に気づく。


「げ、嬢ちゃん聖力使いか!」

「ずるとは言わせないわよ!」

「勿論!」


男も遅れて聖力を活性化させ腕に力を籠める。


聖力や魔力使い同士の戦いにおいて重要視されるのは保有する聖力の量だ。

聖力を多く持てば出来ることは多数ある。空を飛びながら複数の術を行使することだって出来る。

この保有量というのは生まれつき決まっており、訓練で多少伸ばす事は出来るが本当に多少だ。生まれ持った素質に依存する。

リアの聖力保有量は男のそれを超えている。


だがーー


「ぐ、ぐぐぐ」

「はは、息上がってんぞ!」


素の身体能力の差で、リアは徐々に追い詰められていく。

身体能力強化の聖術は足し算ではなく掛け算だ。元の身体能力に依存する。勿論保有する聖力量によっては多少の差は無視できる。

リアにとって想定外だったのは目の前の男も荒事を生業にする聖力使いだったことだろう。


そしてついにリアの腕が大きく曲がっていきーー


「ああ!」


どん、と机に叩きつけられた。


「はは、俺の勝ちだな嬢ちゃん」

「ぐぬぬぬぬ」


リアは悔しそうにしながら財布から千ルエ取り出し渡す。


「さぁさぁ他の挑戦者は?!」

「我が行こう!」


とそこに野次馬を抜けリアの背後まで来ていたヴィルトが告げた。


「お、嬢ちゃんもやるのかい?」

「ふふん。我を舐めるなよ」


リアが席から立ち、代わりにヴィルトが席に座る。

互いに腕を組み、腕相撲の構えを取る。


「じゃあ……行くぞ!」


それは擬音にするならドーン!か。あるはバチコーン!だろうか。


一瞬で決着は着いた。


ヴィルトは魔王である。魔王の名の通り身体能力だって優れている。最低限人の領域は超えている。

人の姿を取る事でその身体能力は下がっているが、それでも只の人間程度ーー例え聖力を使える者だとしても超えている。

その身体能力を振り回せばどうなるか、想像に難くない。


机が二つに割れた。それはもう綺麗に割れた。

二つに割れた机がけたたまし音を立て崩れ落ちる。硬貨の入った袋がガチャりと落ちた。


「我の勝ちだ!」


静寂の中、ヴィルトが堂々と宣言した。

それを見てリアは顔を覆い、アンタレスは流石は主と拍手をする。


「……な、なぁ。俺の腕の感覚が無いんだが……」


男の腕は掌が曲がってはいけない方向に盛大に曲がっていた。


「ちょっとヴィルト、やり過ぎよ」


リアは慌てて男に駆け寄り治癒の聖術を行使する。

徐々に男の腕が戻っていき、治癒されていく。


「すまんすまん。やり過ぎたか」


そして何も反省していない顔でヴィルトはそう話す。


「取り合えず治癒は終わったわ」

「あぁ。ありがとうな、嬢ちゃん」


治った腕の調子を確かめるようにぐーぱーと手を動かす。

問題なさそうだと分かった途端、ヴィルトが口を開く。


「取り合えず賞金くれ」

「あぁ……机の代金は引いとくぞ」


男は疲れた顔をしながら大地に落ちた袋を持ち上げる。

その袋から硬貨を数枚取り出してから男が袋をヴィルトに渡す。


「ほら。机の代金抜いた賞金三万六千ルエだ。受け取れ」

「ひゃっほい!」


謎の奇声を上げながらヴィルトは袋をひったくるように受け取る。


「どうだリア!一瞬で昨日の稼ぎを超えたぞ!」


ふふん、とヴィルトは小さい胸を張る。

はいはい凄いね、とリアは雑に褒めるもそれでヴィルトは気をよくする。


「しかしこんな子に負けるとはな。王都の大会に出るのは辞めた方がいいかぁ……」

「王都の大会?」


男が小さな声で呟いたのをヴィルトは聞き逃さない。ヴィルトの聴力もまた人外の領域にある。


「なんだ知らないのか?今度王都で武術大会が行われるって話だぜ。その為に腕試しがてら腕相撲大会してたんだ」

「へぇ。そんなのが行われるんだ」


初耳であるリアもまた興味深そうに男の話を聞く。


「いつ開催かはまだわからんがな。嬢ちゃんも良い所まで行けるんじゃないか?」

「ほうほう。実に興味深い。リア、それに参加しよう!」

「……貴女それに参加していいの?」


ヴィルトは曲がりなりにも魔王である。魔王が人の世界の大会等に参加していいのかリアは疑問を持つ。


「何か問題でもあるのか?」


きょとんとした顔で、ヴィルトは何がいけないのかわからないという顔をする。


「まぁ、何が悪いって話でも無いしね……良いじゃない。参加していいわよ」

「よっしゃぁ!」


ヴィルトは子供のようにはしゃぐのだった。

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