第7話


 自分は何をしているのだろうか、とヴィルトは思う。


 別に本来の姿に戻る必要は無かった。

 人の姿でも広範囲攻撃は出来るし、武具製造の魔法だって使える。たかが偽竜相手に本来の姿を晒す必要は無い。


 いや、そもそもの話偽竜相手に戦闘という行為をする必要すらない。


 偽竜とて魔物の一種だ。ならば魔王の権能で支配する事は容易だ。

 支配して自害するよう命じるか、何処か人のいない所に飛ばせばいい。それだけで終わる。

 だがそれらをせず、晒す必要もない本来の姿を晒した自分がヴィルトには分からなかった。


(あるいは、魔王として行動したかった、とかか)


 分からぬ本心を探りながら、ヴィルトはゆっくりとルテンラの街の前まで飛んでいく。


 そしてゆっくりと下降し、大地に降り立つ。


 そこにはヴィルトと偽竜の戦いを見ていた者達が居る。


 この世界の住人の視力は基本的には良い。其処に聖力やら魔力による単純な強化術を含めれば地球人の視力など余裕で越える。

 その視力をもってすれば、魔王と偽竜達の戦いを見るぐらい訳ないのだ。


「戻ったぞ」


 ヴィルトが声を発するだけで、この場の全員が恐怖する。

 自分たちでは倒せない偽竜を一方的に屠った相手だ。無理もない。


 取り合えず変わるかとヴィルトは人の姿へと変わっていく。


 ぐんぐん縮小し、人間大まで小さくなる。


 其処には変身する前と変わらぬ可憐な少女が居た。


 身長百六十五センチ程。ショートカットの黒い髪。赤い目がらんらんと輝いている。

 シミやできもの等無い白く綺麗な肌。小さな胸を張り、腰に手を付け少女は豪快に笑う。


「勝ったぞ!」


 少女の言葉への反応は二つ。混乱と諦め。


 混乱は騎士や冒険者達。諦めはリアだ。


 どうやって魔王の事を隠しておこうか考えていたのにそんなの知るかとばかりの暴挙。悩みが馬鹿らしくなる。


 いや、考えるだけ考えて直前まで何も言わなかった私が悪いか、とリアは考えを改める。


 そしてこの状況をどうするか、とリアは口を開こうとし──


「聞いたことがある……魔族のハーフには特徴が出ない者がいるって」


 それより先に、とある冒険者が口を開いた。

 こめかみから角が生えた魔族の男だ。


「ハーフ?」


 それに返すのは同じく冒険者の男だ。


「あぁ。通常異種族同士のハーフはどちらかの種族で産まれ出る。だがごくまれに特徴がちぐはぐな者が産まれるという。

 魔族の外見を有しながら聖力を持つ者や、逆に人の姿なのに魔力を持つ者もいるって。それじゃあないのか?」

「だとしても、あの変身はなんだよ」

「吸血鬼みたいなものじゃないのか? 古代より生きる吸血鬼は真の姿を持つという。それの一種じゃ……」


 魔族にとって、変身の魔法は身近なモノである。ある程度自らの造形を変えるのは難しくないし、獣の姿に成る事だって出来る。

 その中にあって吸血鬼は特殊な変身魔法を持ち、強力な力を持つ形態に変わる事が出来る。

 それの一種ではないか、と冒険者の魔族は主張する。


 なるほど……と一同に妙な納得感が現れる。


 そもそもの話魔力やら聖力などの超常のエネルギーがある世界だ。ある程度の訳の分からない事はよくある事なのである。

 その為多少説明が着く超常を前にある程度納得できるというのはあった。

 それと単純なヴィルトの戦闘力だ。偽竜を一方的に嬲り殺す事が出来る力を前に反論だのする気が無かったちうのもあるだろう。


「……取り合えず、危機は去ったって事でいいんだよな」


 ポツリと、騎士の一人が呟いた。


「偽竜等というものなど、我の敵では無いわ!」


 クハハハハとヴィルトは笑う。


「──うおおおお!」


 一拍おいてから、場の全員が沸き上がった。

 死ぬかもしれない──いや確実に死ぬ戦いを前に全員無傷の勝利だ。感情も高ぶるというもの。


「よくやったな!」

「全裸で恥ずかしくないのか?」

「俺嬢ちゃんの武勇広めるぜ!」

「俺もだ!」


 冒険者や騎士、衛兵が次々にヴィルトに駆け寄り勝算の言葉を投げかける。


「あの、この子まだ裸なんで着替えさせていいですか?」


 其処にリアの言葉が加わり全員が「確かに」と一端は離れたのだった。



 ■


 ヴィルトとリアは酒場に来ていた。

 ただの酒場ではない。何十人と入れる大きさを持つ酒場である。清掃も行き届いており冒険者が普段使うような酒場ではない。

 だがここには多数の冒険者、そして騎士と衛兵が居た。


「今日の命がある事に! そして偽竜を打ち倒した英雄に! ──乾杯!」


 冒険者を代表してとある男が乾杯の音頭を取る。


「「乾杯!」」


 全員がグラスを掲げた。


「これがビールというものか」


 ワクワクとしながらビールを目にするのはヴィルト・シュヴァインだ。

 席に座り豪華な食事を前に酒を飲もうとヴィルトはビールに口を付ける。

 そしてすぐに口を放し、顔を顰めた。


「舌が痛い」


 おぇ、という表情をヴィルトはする。


「あらあら。じゃあ残りは私が飲むわね」

「頼んだ……」


 しょんぼりとしながらヴィルトはリアにビールを渡す。どうやらヴィルトの舌には合わなかったらしい。


「しかし、随分と派手なパーティだな」

「まぁ、街の危機が去ったんだからね」


 パーティ会場はここだけではない。他にもある。

 それらは偽竜来訪の時門の前に集まったはいいが何もしなかった──というか何もさせてもらえなかった者達である。

 そんな彼らに何の報酬も無いというのは可哀そうだ、という街の上層部の考えであり、このパーティは街の金からきている。

 勿論そんな贅沢が出来るのには理由がある。それはヴィルトが倒した偽竜の死体だ。


 偽竜というのは実に良い素材になる。


 その牙で剣を作れば鋼鉄だろうと容易く裂く剣になり。鱗で鎧や盾を作ればどんな攻撃も防ぐ防壁となる。

 その血でさえも聖術や魔法の触媒となり、肉は普通に美味。捨てる所が一切ない素材となる。


 幾つかの偽竜の死体はヴィルトが消し飛ばしたり雷撃で焼き焦がした為無いが、それでも百近い偽竜の死体だ。街も潤うというもの。


 事実ヴィルトとリアは街から報酬を得るし、その額は十年は遊んで暮らせるレベルである。


「さぁ、今夜は飲み明かすわよ!」




 ■


 ヴィルトとリアたちが飲み明かしている夜。

 ゼーティ王国の首都、王都ゼーティにて。


 その王城の玉座の間。謁見の為に作られた部屋に国の要人が集まっていた。


 玉座に座るのは当然国王たる男、クヴァン・ヴェル・ゼーティ国王陛下。

 金髪碧眼の四十代ほどの男だ。若い頃に鍛えていたのか体はがっしりとしている。

 老いてなお鋭い切れ目をしている。


 玉座の横には宰相、モーテル・クヴァンが立っている。

 国王と同じく老人だ。歳も同じぐらいであり四十代。こちらは細く、ちゃんと食べているのか心配になる体型だ。

 この国の貴族らしい金髪碧眼の容姿である。



 国王の前に跪いているのはやはり老人。

 歳は六十代と高齢だ。聖別は男。

 歳を取った事で白髪となったが変わらぬ碧眼を有している。

 高位の青い神官服を纏う姿は様になっており、只者ではないと思わせる。

 名をテオ・ディーン。この世界での最大宗教であるシェプファー教の教皇である。


「申し上げます。陛下。神託が下りました」


 神託、という言葉にクヴァンとモーテルの顔つきが厳しくなる。

 聖力や魔力という超常蔓延る世界で。神託というのは実際に神から齎される物だ。

 神とは超常の化身其の物。その言葉を前に緊張しない訳が無い。


「……申してみよ」


 クヴァンは戦々恐々としながらテオに次の言葉を促す。


「はっ。──魔王が復活した。その為に次代の勇者を選定せよ……と」


「魔王の復活だと……?」



 この世界において魔王と呼ばれるのは一人しかいない。

 暴虐の化身。破滅の王。滅びの主。幾多の名で呼ばれ恐れ崇められた存在。

 魔王ヴィルト・シュヴァイン──それしか有り得ない。


「……魔王が実在していた……いや実在するというのか……それに対処せよと、神は申すのか……」


 ごくり、と国王は唾を飲む。


 何で自分の代でこんなことになるのか──と嘆きたくなるのを必死にこらえる。

 魔王。災厄の化身。終わりの具現化。対処するという考えその物が間違っている存在。


 空から降って来る隕石に。揺れる大地に。迫りくる津波に。人が出来ることは二つだけ。


 全てを諦めて受け入れるか。意味が無いと知りながら遠くへ逃げるかだ。


 まかり間違ってもそれに立ち向かうのは愚者の所業にも程がある。魔王とはそういう災害そのものだ。

 津波に向かって剣を手に走っていくバカはいない。津波を前に「あれ泳げるかも」と泳ぎに行く阿呆はいない。


 国王として必要最低限、遥かな昔の神話を本で知っている国王はそう考える。


 実のところ、魔王ヴィルト・シュヴァインについて書かれている本というのは多い。


 幾多の国を滅ぼした王であり、無尽蔵の魔物を産み出した恐るべき王だ。滅ぼされた国などの生き残りが本を書いた事もある。

 故に多少地位のあるモノならば図書館などに赴き知る事は左程難しくない。

 同時に勇者についても知る事が出来る。魔王に立ち向かったただ一人の人間。聖剣を手に魔王を打ち倒した英雄。


 リアもそういった本は読んでいる。だが彼女は本で得られる情報以上に現地の──実際に神話の舞台となった場所を巡る事を重視したために旅に出た女だ。


 その本通りならば、魔王は一夜で大国を文字通りに消す事が出来る怪物の中の怪物である。



 それに立ち向かえと? 出来るか馬鹿野郎。


 人の目が無ければ国王はそう叫びたかった。


 だが救いなのは良くも悪くも魔王を本でしか知らない事だ。

 本に書かれていることが真実なのか虚実なのか誰にも──神々以外わからない。

 つまり本の通りの怪物か、単なる誇張表現であり大して強くはないのかのどちらかの可能性がまだ残っている。


「……どうすればよいと思う? 宰相モーテル」


 答えを半ば予想しながらクヴァンはモーテルに問いかける。


「……次代の勇者を選定せよとの神託。であればまずは勇者候補を探すところから始めたらいかがでしょう。勇者を決める大会を開くのです。無論民にはそれを告げずに」

「やはりそれが良いか。であれば、貴族たちを集め、会議を開こう。魔王について議論せねばならぬ」



 彼らは知らない。


 当の魔王は食べ過ぎて吐きかけているという無様を晒している事に────


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