第4話
「ありがとうございましたー!」
女の店員の元気の良い声と共に、ヴィルトとリアは退店した。
「よ、ようやく終わった……」
げっそりと、どことなく疲れた表情をするのはヴィルトだ。
ヴィルトの恰好は、服屋に来る前とは一新されていた。
濃い緑色の上の服に黒いズボン。赤い靴に黒い靴下。
へそが丸見えになる軽装服であり、防御能力は一切ない。
着る者のルックスに依存する服は、ヴィルトの人間形態に良く似合っている。
「このブラジャーというのは妙で好かんな」
等と言いながら、ヴィルトは自分の胸を鷲掴みにする。
「ブラジャー付けないと、垂れたり動くと揺れたりで痛いのよ……小さくてもちゃんとつけるのよ……」
「そ、そうか」
人の事はわからん、とヴィルトは頭を唸らせる。
「もう日が暮れて来たし、宿に向かいましょうか」
リアが言う通り、時刻は夕暮れだ。
長い事服屋で服を漁っていた為に時間は大分過ぎ去っている。
二人は並んで歩き、周囲の注目を集める。
美人二人が並んで歩くとなるとそれは当然人の視線を良くも悪くも集める物だ。
流石に視線に気づいたヴィルトが「焼き払うか?」とリアに問いかけるも「辞めなさい」と一瞥される。
そんなやり取りをしているうちに、二人は宿に辿り着いた。
「小さいな」
「それ店では言わないでね」
ヴィルトは宿が小さいと文句を言ったが、普通クラスの宿だ。
壁や床が木製で腐りかけている、などという事はない石性の頑丈な建物だ。
リアがドアを開けて店内に入ると。ヴィルトも着いて入る。
中に入るとすぐそこに受付がある。
左手の方は大きく取られており、酒場が併設されているのがわかる。
「おやリアちゃん。いらっしゃい」
そう答えたのは受付に居る女将だ。
「こんにちは。二人部屋に泊まりたいのだけど」
「二人だと銅貨二十枚だよ……そっちの子は誰だい?」
「我か?我こそはーー」
名乗りをあげようとしたヴィルトの口をリアは手で塞ぐ。
むぐむぐと口を開こうとするヴィルトを抑え、リアはヴィルトを紹介する。
「ヴィルトっていう旅仲間です。今後彼女と行動を共にしようとしてます」
「そうかい!リアちゃんに仲間が出来たのかい。そりゃ嬉しいねぇ」
ニコニコと笑いながら女将は鍵を一つ取り出す。
「はい。これが部屋の鍵だよ。部屋は二階の奥さ」
「ありがとうございます。その前に一階で食事していきますね」
「そうかい?今なら空いてるよ」
リアはようやくヴィルトの口から手を放す。
ヴィルトはリアを睨むも、それだけに済ませる。本来の魔王ヴィルトならば睨むだけで相手を殺す事が出来るが、人の形態ではそこまでの力を持っていない。
リアはヴィルトを連れて酒場まで行き、適当なテーブル席に座る。
テーブル席には木製のメニュー表が付いている。ヴィルトはそれを手に取り、見てみる。
「……文字が読めん」
「あぁ。一万年と今じゃ文字も違うか」
「いや、そもそも人の文字を読もうと思ったことが無い」
「え、そうなの?」
「だから我は会話は出来るが文字のやり取りが一切出来ない」
えっへん、と威張れる事でもないのにヴィルトは胸を張る。
そもそもヴィルトが今会話できているのも魔力による魔法によるものだ。
術名を
魔力、聖力。どちらの力でも行使する事が可能な術だ。
「じゃあ文字もそのうち勉強しないとね……何か食べたいのある?」
「肉」
「シンプルね。じゃあ今日は奮発してステーキ頼みましょうか」
リアは店員を呼び、注文を済ませる。料金もここで払った。
その間ヴィルトはメニュー表と睨めっこしている。
「そう言えば、この旅の目的地は何処なんだ?」
何となく気になったヴィルトはリアに問いかける。
「目的地はねーー暗黒大陸の最奥……貴女がかつて住んでいた、魔王城がある所よ」
「なんだ。其処に行きたいだけならゲートを開いてやろうか?」
ゲートとは長距離転移の術である。
魔力、聖力共にどちらでも使える術であり、一説では世界さえも超えて渡る事が出来るとされている。が、実際に世界を超えた者が居る訳ではないので眉唾ものである。
転移できる距離と人数は術者の技量によるが、ヴィルト程の技量をもってすれば大群の転移すら可能となる。
「それだと旅の醍醐味全部ないじゃない。どうせならかつての勇者の様に同じ旅路を歩みたいのよ」
「む……そうか」
勇者の名が出たことで、それもそうかとヴィルトは納得する。
ヴィルトが人について知ろうと思ったきっかけは勇者レーレだ。それに関する事なら納得もしよう。
そうこう話しているうちに料理がやって来る。
豚肉のステーキとスープ。パンの三つの料理だ。
ヴィルトは肉をそのまま鷲掴みにし、リアがちょっと待ってと止める。
「どうした?」
「貴女食器使えないの?」
「食器?これの事か?使えんぞ」
さも当たり前の事かの様にいうヴィルトにリアは顔を覆う。
元魔王が人の常識など知る訳も無いか、と少し考え諦めたリアは椅子をずらし、横に着く。
「いい、食器はこうやってねーー」
横に着いたリアはヴィルトに食器の使い方をレクチャーする。
その姿は子にものを教える母親の様にも見えた。
直ぐにヴィルトは食器の使い方をマスターし、普通に食事を始める。
ヴィルトも元が魔王だ。多数の魔法を操り、聖術ーー聖力を使った術の事ーーさえ使いこなす。となれば当然学習能力も人並み外れている。
食事がひと段落着いた段階で、リアは話を切り出す。
「突然だけど、お金がありません」
「何?ーー服で使ったのか」
何故ないのかの理由にヴィルトは直ぐに思い至る。
服を買う時に払っていた硬貨が金の輝きをしていたな、と思い出したのだ。
「そう。なので明日から暫くお金を稼ぐ必要があります」
「其処らの人間ぶっ殺して回収は?」
「そんなこと出来る訳無いでしょ。もっと穏便にいきます」
食事も終わったし部屋に戻ろうか、と二人は席を立ち、部屋に上るのだった。
■
翌日。ヴィルトとリアの二人は大きな建物の前に立っていた。
横に大きい木造の建築物である。扉はウェスタンドアであり、雰囲気が出ている。
「ここは?」
「まぁ、一応この街の冒険者組合……てやつね」
「冒険者?なんだそれは」
「知らないの?冒険者っていうのはねーー」
何も知らないヴィルトにリアは説明を始める。
冒険者とは、命を投げ売りする者達の事だ。
僅かな報酬を糧に魔物を相手にする者であり、明日の命も知れぬ者達。
本来、魔物の相手等は国の騎士など身分と実力が確かな者が相手するのが普通だ。
だが、騎士が出張るような相手ではない魔物……下位の魔物や、あるいは騎士が出張るまでの時間稼ぎ要員として、冒険者達は使われる。
言ってしまえば害虫駆除業者、と言ったところだろう。相手するのが人の命も容易く奪う怪物であるというだけだ。
「ふーん。今の時代にも魔物が居るのか?我は全然感じ取れないが」
「?貴女魔物の感知能力持ってるの?」
「そりゃ当然持っているに決まっているだろう。魔物は我が生み出した物だぞ」
「ーーあぁ。定義が違うのね。今の時代だと魔物ってのは生物が魔力によって変異したものを指すのよ」
「魔力によって変異……あぁ。吸血鬼のようなモノか。なるほどな」
ヴィルト・シュヴァインは魔王であり、全ての魔に属するものの支配者だ。
通常魔に属する者ならば魔王の支配から逃れる術は無い……何故か勇者の仲間の吸血鬼は逃れていたが。
意気揚々と二人は冒険者組合の中に入る。
中は広い。
冒険者達が話し合う為の酒場が併設されており、中には朝っぱらから飲んでいる者もいる。
二人は酒場からずれ、受付に赴く。
其処に居るのは眼帯を付けた歴戦の戦士、といった雰囲気の男だ。
「あんたか。依頼でも受けに来たか?」
受付の男はリアを見るなりそう話しかける。
「それもあるけど、今日はこの子の登録もしに来たの」
「するってぇと……そっちの子が?正気か?」
ヴィルト・シュヴァインの外見は活発そうな少女だ。
とても戦闘を生業にする者といった雰囲気はなく、暴力のぼの字すら知らさなそうな雰囲気を醸し出している。
実際は歴戦の猛者なのだが。
「まぁ、登録するってのは良い。だがうちは試験性でな。試験を受けてもらうぞ」
受付の男は受付から立ち上がるとこっちだ、と二人を先導する。
二人が着いて行った先は、組合の裏手だ。そこそこの広さを持つ庭のようなモノであり、其処には数人の男たちが案山子相手に剣の訓練をしている。
「聖力使いか。練度は低いな」
はっ、とヴィルトは自身と対峙した勇者たちと比べ訓練している者達を鼻で笑う。
その言葉に訓練していた者達は良い顔をしない。何処とも知れぬ女に自らの努力を笑われて気分を良くするものなど居るはずがない。特殊性癖を除くが。
「そこまで言うなら、自分は強いんだろうな?」
一歩、ヴィルトの前に男が前に出た。
鉄の鎧を着た男だ。身の丈はあるであろう大剣を持ち、肩に担いでいる。
「ほう?お前はまだマシな方だな」
目の前の相手の聖力の容量を看破したヴィルトはそう呟く。
「まぁ、なんかあるならとっとと試験してくれや」
受付の男がそう言うと試験官とヴィルトは距離を取る。その間に訓練していた者達も離れていく。
「殺さないでね」
ヴィルトと試験官が対峙する直前、リアがそう言ったのをヴィルトは聞き逃さない。
「では、始め」
受付の男が気だるげにそう言うと、試合が始まる。
試験官は大剣を構えーー次の瞬間試験官の目に移ったのはヴィルトの拳だった。
何か言う暇もなく、ヴィルトの拳によって大剣ごと試験官が殴り飛ばされる。
大剣がバラバラに砕け散り、砕けた大剣の破片と共に試験官が錐揉み回転しながら飛んでいく。
真っすぐと飛び、庭の壁にぶつかってようやく止まり、壁の破片と共に大地に伏した。
「……は?」
受付の男がそう呟き、リアはやってしまったと天を仰ぐ。
「ま、我の敵では無いな」
これでよし、とヴィルトは受付の男の前まで歩く。
「これで試験とやらは終わりか?」
「あ、あぁ、終わりだ……あんた、そんなに強いんだな。あんなたらどんな依頼でも大丈夫だ……」
受付の男はそう言うしかない。
試験官の男も弱者ではない。寧ろ強者の部類だ。
最低限試験官として相応しい実力はあるし、新米冒険者の訓練をさせれる程度の技術力もある。噂話では騎士団に入団しないかという話が合った程だ。
それが何も出来ずに負けた。更には愛用の大剣を粉々に砕く腕力の高さ。
「これが冒険者の証だ」
受付の男はそう言うと懐から銅のプレートを取り出す。
単なる銅板であり、板には冒険者と文字が刻まれており、首に下げる様の紐もついている。
冒険者プレートを受け取ったヴィルトは何となく首に下げる。
何処かワクワクとしながら、ヴィルトは庭を後にするのだった。
冒険者組合の中に戻り、二人はクエストボードの前で止まる。
木札による依頼が多数貼られており、より取り見取りだ。
依頼の内容の大半は魔物退治であり、薬草採取等の依頼は無い。勿論依頼主次第でそういった依頼が来るときもあるが、普段は魔物退治しか依頼が無い。
どうにか文字を読もうとうねるヴィルトを横目に、リアは良い依頼が無いか探す。
一分程探せば、良い依頼が見つかった。
「これなんかどう?」
リアはそう言いながら一つ木札を取る。
「これ、恐竜退治の依頼なの」
「恐竜?まだいたのか」
恐竜とは、この世界でも最も凶暴な動物の一種である。
魔物の一種等ではなく、純粋たる動物だ。
太古の時代、神が人を作る以前より存在するとされる動物であり、その戦闘力は非常に高い。
一万年前の世界でも下手な魔物や魔族ならば襲われても逆に食い殺してしまう程度には強く、凶暴性が高い。
だが、所詮は動物であう。魔王の前には雑兵に近い。
「私じゃ手も足も出ないけど、貴女なら余裕でしょ?」
「愚門だな。我の前には如何なるものも塵芥に過ぎん」
自信満々にヴィルトが答えると、リアはよかったと返す。
「じゃあ早速これを受けましょうか」
そう言うとリアは受付に木札を渡し、依頼を受注した。
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