第五話 先輩と5月の観覧車

 父が花壇の脇に立ってファインダーを覗き込む。俺は姉二人とその背中を覗き込んだ。自分達から目を離して父が夢中になるものを知りたかったのだ。その途中で俺が姉の足を踏んでしまい、ケンカとなる。下の姉はきゃいきゃいとヤジを飛ばすだけ飛ばし、ケンカは徐々にヒートアップしていた。

 そんなケンカを止めたのは、シャッター音だ。俺たちの様子に気づいた父がいつの間にかこちらにレンズを向けていたのだ。なんだかその音に気が抜けてしまい俺たち兄弟は顔を見合わせて笑った。

 視界が切り替わり、俺たちは家にいた。父が写真を手渡してくる。ケンカ中で眉を吊り上げた俺たちの写真と、最後笑って仲直りをした俺たちの写真。なんだかむずがゆくて、照れくさかった。

 写真はいい。忘れそうになる情景を、感情を、誰かに向けた関心を、一生残していける。


 ああ、だから俺は写真が好きになったんだ。


 今日もいろいろな写真を撮った。撮ったと胸を張るにはあまりにつたない写真だが、思い出にはなるだろう。

 10年後見たら、俺は何を思うだろうか。


 あれ?今っていつだ。

 体が冷える心地がしてはっと体を起こした。

 どうやら弁当を食べた後そのまま眠りについてしまっていたらしい。隣で幸せそうな顔をして先輩が眠っていた。


「先輩、先輩」


 慌てて揺さぶると、不機嫌そうな顔をして先輩が目を覚ます。俺の顔を見て数秒フリーズした後、ばっと体を起こした。


「今何時?」

「3時すぎですね」

「マジかぁ」


 寝ころんだまま頭を抱える先輩。この公園は17:00閉園。しかしスタンプラリーはなんと15もある。今押してあるスタンプは1個。先ほどのチューリップもスタンプだけ押して写真はほぼ撮っていない事を考えると大分寝すぎた。

 スタンプラリーの台紙を見ながら考え込む先輩。


「わたあめは諦めるとして、こことこことここは行きたい。あと2時間、思いっきり楽しむよ」


 弁当箱とレジャーシートをリュックに突っ込み、カメラを手に先輩の背中を追いかける。

 スイセン、噴水、懐かしいアスレチック、回って回って、撮って撮って、駆け足でシャッターを切り続け、最後の思い出として俺たちは観覧車を選んだ。

 ゆっくり登っていく視界を眺めながら、2人で息を吐く。


「あー、本当は海も見たかったなぁ」

「俺はジェットコースターとか久々に乗りたかったですね」


 埋まったスタンプは9個。近いところばっかり回ったとはいえ、なかなか頑張ったといえる。しかし、迷子を案内したり、眠ったりしなければ全部回れたかと思うと悔しいのは確かだった。

 どんどん地面が遠くなっていき、遠くまで見れるようになる。青い花の丘が遠目に見え、ついカメラを構えた。昼間行った時よりは空いているが、まだまだ頭の黒が目立つ。閉園までにちゃんと皆帰れるのだろうか。更に観覧車が上がると、海が見えてきた。


「来年は、海辺エリアまで絶対行こうね」


 あまりに悔し気に言うので、なんだかおかしくなり笑ってしまった。

 そうですね。また来年。

 当たり前のように、一緒に来ましょう。

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