174 ヴァルツの正体



 ピシッ、という擬音が聞こえたような気がした。


 それほどまでに空気が張り詰めたことを、俺は感じていた。その原因はもはや考えるまでもない。目の前で大いに目を見開きつつ、こちらを凝視してきているのがその答えだと言えるだろう。


 まぁ、そりゃあね。我ながらとんでもないことを言ったとは思っているよ。


 しかし俺は言わずにはいられなかった。むしろここでちゃんと口に出しておかないと後悔してしまいそうな――そう思えてならなかったのだ。

 なぜかと言われると、俺にも分からない。

 理屈抜きにそう感じたからそうした。本当にそれだけの話である。

 だからこそ、このような物凄い空気になっていても、俺は後悔していない。むしろとうとう言ってやったという気持ちですらある。これを言うとさらにとんでもないことになりそうだから、口には出さないけど。


「あれ? もしかして違いました?」


 しかしながら、ちゃんと確認する必要もあるだろう。だから改めて俺はサラッと尋ねてみることにした。


「てっきりそうかなーと思ってたんですけど」

「……何を根拠にそう感じたのかは、さすがの私にも分かりかねますが、見てのとおりの性別ですよ」

「だから、女の子ですよね?」

「…………」


 ヴァルツさんがやりにくそうな表情で俺をにらみつけてくる。しかしここで視線を逸らすわけにはいかないだろう。そうすれば負けを認めたことになるからな。そもそも負けたつもりもないし、なおさらってもんだよ。

 だから俺も、あっけらかんとした表情を向けてやるのだ。

 特に何も言わずに、どこまでも。


「――見抜いたニンゲンは、あなたが初めてですよ」


 お、どうやらヴァルツさんが折れたらしい。深いため息をつきながら、大きく肩をすくめてきた。


「もう何十年もこの姿でバレたことはなかったというのに……どうして私の性別がお分かりになったのですか?」

「んー。特に根拠らしい根拠っていうものはないんですけどねー」


 そう言いながら俺は、大きな器に味がたっぷりしみ込んだ豚汁を盛りつけていく。うむうむ、やはりおいしそうですわ。


「骨格とか声の感じとか、ちょっとしたしぐさとか……まぁ、いろいろと?」

「そんなことで……」

「俺にもよく説明できないんですよね。賭けと言われても否定できないレベルッス」


 恐らく今のヴァルツさんは、とんでもなく苦々しい表情を浮かべているのだろう。こんな男に見抜かれてしまったのかと――そう思っているに違いない。

 その気持ちも分からなくはない。

 ただその上で、俺なりに言いたいこともあるので、さらに言わせてもらう。


「別に俺は誰にも言いませんし、ここならバレても問題ないでしょう」

「と、申しますと?」

「だって純粋な人間は俺だけですから。後は同じドラゴンや狐っ子、そして魔物たちしかいないんで」

「そう言われれば……確かにそうとしか言えませんね」


 どうやら論破できてしまったらしい。少しだけでも納得するそぶりくらいはしてもらえればなぁと思っていたのだが、これは嬉しい誤算と言えそうだ。

 そして――


「ミナトさんの言うとおりよ。ここは素直に受け入れなさいな」


 援護射撃をするかのようにフレイルさんも参戦してきたのであった。当然、それに対してヴァルツさんは、驚きながら振り返る。


「フレイル様……もしかして今の会話を……」

「聞いていたわよ。ていうか別に密室でもなんでもない場所なんだから、普通に全員の耳に届いているんだけど」

「……そうですか」


 とうとう完全に観念したらしく、ヴァルツさんはうなだれる。どうでもいいけど、執事姿でそんな姿を見せるのもなかなかにシュールだね。


「あぁ。ちなみに私も、普段はこんな感じだから。いい加減そろそろ素を見せなきゃと思っていたのよね」

「あはは……まぁそれはご自由に」


 それはそれでどうでもいいと思う俺は、ただ苦笑を返すだけであった。



 ◇ ◇ ◇



「――私はもともと、はぐれドラゴンだったのです」


 おいしい食事を進めながら、俺たちはヴァルツさんのエピソードを聞いていた。


「本来は群れで過ごすものですが、私の場合はずっと独りぼっちで、仲間ができることもなく……気が付いたら、この世界にいました」

「それからも一人で?」

「えぇ」


 俺の問いかけにヴァルツさんは重々しく頷く。それでいながら、しっかりと箸は止まることなく進んでいる。特に豚汁は、一口飲むたびに恍惚な表情を浮かべ、具材も一つ一つをしっかりと噛み締めておられる。

 それだけおいしいと認識してくれているのだろう。実に嬉しい限りです。


「こちらではドラゴンが存在しないことを悟り、ニンゲンに化けて暮らすことを決意しました。しかし、どうにもこちらの世界の者とも折り合いがつかず、結果として各地を流れるあてのない旅をしておりました」

「なるほどねぇ」


 特に驚くようなことでもない。流浪の旅人ってのは、よくいるパターンの一つだ。ダンジョンの影響で故郷を失った人が、何かしらの事情で定住できず、探索者をやりながら各地を流れる。そんな人も少なくないと言われている。


「それで後にヴァルツさんは、フレイルさんと出会ったんですよね?」

「はい。もう十年ほど前になります」


 その瞬間、あからさまに嬉しそうな表情をヴァルツさんが浮かべ出す。


「フレイル様と出会い、私の人生は一変しました。それ以来、私はフレイル様のためだけに生きることを胸に誓ったのです!」

「へぇー。それで何で執事に?」

「強そうだったからです」


 ヴァルツさんは即答してきた。それはもう迷いのないまなざしとともに。


「女性であるフレイル様に男性の執事が仕える――これぞ、フレイル様を守るにふさわしい姿だと判断し、これまでずっとそれを実行してきたのです! 私の考えは決して間違っていなかったと自負もしております!」

「それは否定しないけど……別にメイドでも良かったんじゃないですか?」

「確かに、フレイル様のお世話をする姿としてはふさわしいでしょう。しかし、それだと強さに欠けてしまいますから」

「そんなことはないでしょ」


 漬け物を一つ食べながら、俺はしれっと言ってやった。


「強いメイドさんがいてもおかしい話じゃないと、俺は思いますけどね」


 漬け物をコリコリとかみ砕く音が、やたらとうるさく聞こえた。



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