004 ダンジョンをテイムしてみよう!



「ダンジョンの中はこんな感じか……」


 車から降り、俺と佐山さんは二人でダンジョンに潜ってゆく。普通に歩いて行けるくらいの大きさはあるが、それでも自由気ままに動き回れる広さとは言い難い。


「結構狭いなぁ」

「そもそもの規模が小さいですからね」


 キョロキョロと見渡す俺の後ろで、佐山さんがサラッと答える。


「資源もロクにありませんし、出てくる魔物もスライム程度ですので、探索者は殆ど見向きもしません」


 資源――か。

 薬草とか鉱石とか、地上じゃお目にかかれないダンジョン特有の素材。それを回収してギルドに売り払うことで収入を得る。採取できる資源はダンジョンの規模によって異なり、ダンジョンが大きければ大きいほど、より上質な資源がゴロゴロ転がっている可能性が高い感じだ。

 そしてその逆もまた然り――探索者たちの収入は資源の質で決まるも同然だから、少しでも大きなダンジョンを狙うのが普通。

 これが小学生の時には習う、探索者の基礎知識ってもんだが――


「小さなダンジョンでも、駆け出し探索者の練習場所になるんじゃ……」

「ギルドから車でしか来れないような場所に、わざわざ来たいと思いますか?」

「あー、確かに」


 ここはギルドから、車でニ十分くらい走った場所だからな。ギルドの近くにも駆け出し探索者御用達のダンジョンがあるらしいし、皆そっちに行く感じか。


「じゃあ尚更、こういうダンジョンは放ったらかされているってわけですか」

「えぇ。このあたりに住んでいる人もいないことから、完全にギルドも後回し状態となっていますね」

「それで何かあったら、マジでヤバいことになるんじゃ……」

「だからこその、ダンジョン管理者なんですよ」


 佐山さんがため息交じりに言った。俺も思わず立ち止まり、振り向いてしまう。


「まさかあなたみたいな人が申し込んでくるとは思いませんでしたけどね」

「それに採用のハンコ押したのは、他ならぬ佐山さんでしょ?」

「ぐっ……そもそも紛らわしいんですよ! 採用と不採用なんて字が似ていますし、もっと別の言葉にするべきです!」


 こんなところで文句を言われても困るんだけどなぁ。ま、言ったところで藪蛇になるだけだろうから、ここは黙っておくけどね。


 ――と、そろそろ良いかな?


 俺は近くにある適当な壁に手のひらを当て、意識を集中させる。


「そんなことより試験ですよっ! ダンジョンをテイムできるというあなたの力を、早くわたしに見せなさいっ」

「もうやってます」

「……へ?」


 多分、今の佐山さんは、拳を握り締めたままポカンとしているんだろうなぁ。是非ともその顔を見てみたい気もするが、今は集中する時だ。


 ふむ――このダンジョンは妙に弱まっているな。


 まるで何かが長い時間をかけて、少しずつ体の中を蝕んでいった感じだ。しかも今になって、それが急激に加速している気もする。

 理屈はよく分からないが、俺はダンジョンの様子がざっくりと分かるのだ。

 これもテイマーたる所以だからか、それとも他に何かあるのか――とにかくここは普通の状態じゃない。それだけは確かだ。

 しかしこう言っちゃあなんだが、俺からしてみれば好都合だ。

 弱まっているおかげでテイムもしやすいからな。サクッと済ませてしまおう。


「――テイム!」


 壁に当てている手のひらから、何か暖かいものが放たれた。同時に俺は確信する。このダンジョンは無事、俺が従えている形になったと。


「できました。テイム成功です」

「せ、成功……ですか?」


 佐山さんは呆然としたままだ。こりゃー普通に納得してくれそうもないか。


「もし良かったら、このままここの最下層まで行ってみますか?」


 なので俺は、ここで一つの提案を切り出すことにした。


「テイム自体は成功したので、俺がいればここの魔物は襲ってきませんし、最下層で資源を採取できれば、証拠にはなるかなと」

「それは……そうですね。わたしも試験監督として、見届ける義務があります!」


 あれ? 佐山さん監督だったんだ。最初は付き添いとか言っていたのに――まぁ、それはどうでもいいや。


 ――テイムに成功したせいか、洞窟も見渡しやすくなったからな。


 入った当初から、妙に嫌な感じの靄がかかっていたんだが、今はもう完全に晴れている。いつものダンジョンに戻った感じだ。

 神奈川にいた時もいくつかダンジョンをテイムして、全部こんな感じだった。

 きっとこれこそが、ダンジョンテイマーの効果なのだろう。

 まぁ、勝手に俺がそう思っているだけだけどな。


 そして俺たちはそのまま最下層へ降り、何事もなく資源を回収できた。


 魔物は佐山さんが言ったとおり、スライムくらいしかいなかった。それでも俺たちを一瞥するだけで襲い掛かってくることはなかった。これもダンジョンテイマーとしての証明になった――と思うんだけど、果たしてどうだろう?

 スライムだと、証明としてはやっぱ弱いかなぁ?

 もう少し強い魔物がいれば……いやでも、それだと今度は安全にテイムできる可能性が低くなる。俺自身は戦う力を何も持っていないからな。

 うーむ、どうなんだろ?


「ミナトくんの言うとおり、ホントに襲ってこないんですねぇ」


 とか思っていたら、後ろから佐山さんの驚く声が聞こえてきた。


「普通なら何匹か飛び掛かってきているはずなのに……これならダンジョンのテイムというのも、なんだか頷ける気がします」

「証明になってる感じですか?」

「割と。ギルマスに報告しなければ、なんとも言えませんが」


 どうやら手ごたえとしては、割と良さげらしい。

 正直なところ、佐山さんが理不尽にあれこれ難癖付けて『失格です!』なんて言うのかと思っていたから、俺としてはちょっと拍子抜けだ。

 しかし、それも単なる偏見だったか。

 いくらドジっ子とはいえ、ギルド職員に採用されているのは確かなんだ。こうして職務を全うするのは、佐山さんからすれば当然のことだろう。それを俺が勝手な決めつけで判断してはいけないよな。

 これ以上、余計なことを考えるのは止めておこう。


「最下層まで行って、こうして何事もなく地上に戻って来れましたし――あれ?」

「えっ?」


 佐山さんが前方を見ながら、急に目を丸くした。俺も釣られて視線を向けると、そこにはなんと――


「おうっ! お前ら無事だったか!!」

「ギ、ギルマス?」


 なんとギルドマスターの滝谷さんがいたのだった。しかも簡易的なガスマスクみたいなものまで着けている。

 流石にこれは驚かずにはいられない。まるで武装しているみたいじゃないか。


「どうされたんですか、こんなところまで? しかもそんな装備までして……」

「どうしたもこうしたもねぇよ! この近辺にあるダンジョンから、濃厚な瘴気しょうきが急に噴出しやがった!」

「えぇっ!?」


 佐山さんが大きな声を上げてくれたおかげで、俺は黙ったままでいられた。

 瘴気か――それは確かに穏やかな情報じゃないわな。


「そしてそれは、周りのダンジョンにも影響を及ぼしている。このダンジョンも例外じゃねぇ。だからこうして駆け付けたんだが……」


 佐山さんが訝しげに俺たちをマジマジと見つめてくる。


「見たところなんともなさそうだな。佐山はともかく、ミナトまで」

「ちょ! ちょっと、ギルマスっ!?」


 異議ありと言わんばかりの勢いで佐山さんが声を荒げた。


「何ですかその言い草は!? まるでわたしはちっとも心配されていないみたいじゃないですかっ!! こんなか弱き乙女を相手に酷いですぅっ!!」

「あ? テメェは平気だろう。その耳に着けてるイヤリングがある限りは」

「……へっ?」


 しかし滝谷さんの言葉に、その勢いは収まってしまう。俺も視線を向けると、確かに佐山さんの両耳にイヤリングがあった。


「ギルド職員がダンジョンまで行くことは普通にあることだから、ダンジョンの瘴気をある程度無効化するイヤリングを常に装備する――それが鉄則じゃねぇかよ」

「そ、そうでしたね……」

「ちなみにお前、ミナトの分は持っているよな? 監督として任せてくださいと大口叩いたから、一応信用してやったが」

「もちろんですよっ♪」


 そして佐山さんは、持参しているバッグの中をまさぐり、それを取り出した。


「ほーら、このとおりちゃんとわたしが持っています!」

「……つまりミナトは着けてねぇってことだな」

「そりゃーわたしが持ってて……あっ」


 ピタッと佐山さんの動きが止まる。まるで空間そのものが停止したかのように。

 そしてその目から涙が零れ――


「びええぇーーっ! ず、ずびばぜんでじだああああぁぁぁーーーーっ!!」


 全てを台無しにするかのような泣き叫びを披露したのであった。



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