【実録】ホワイトハッカー宮里桜‼

そらみん

本編

「おーい、朝よ。起きなさーいー?」

 語尾の伸びた、ふわふわした天使ボイス。

 おぅ。ここは天国か……?

「はやく起きないとー? 桜ちゃんのⅭドライブ、ぶっ壊しちゃうぞー?」

「天国から地獄に堕とされた!」

 なんてことを言いやがる。

 声色と同じ、優しそうな目元の少女。宮里桃。あたしのお姉ちゃん。

 柔らかそうな雰囲気に、エプロン越しでも分かるたわわなおっぱい。鼻立ちも高くて顔だちも、これは妹だからってのは別としても、女の子っぽくて可愛い。

 ちょっと、エプロンに付いたアップリケが、変なドクロ? あたしにはわかんないや。そんな感じで変なセンスしてるけど、それを除いたって、ほんとに可愛い。

少なくともあたしよりは。

 そんなあたしの、自慢のお姉ちゃん。

 でもなぜか彼氏がいないの。モテそうなのに、どうしてって?

 はあ。さっきの会話でわかるでしょ。

可愛いのに。さらっとえげつない毒を吐くからよ。

天使の顔した悪魔だよ。これは口が裂けても言えないんだけど!

「お目目覚めた? 覚めないなら、桜ちゃんがいまレンダリングしてるパソコン、電源ボタン押して消しちゃうよ?」

「それだけはやめて!」

 作業に一週間かかったの!

「はあもう。意味わかってるうえで言ってるから、余計タチ悪いよね……」

「んー? 何か言ったかしらー?」

「な、ナンデモナイヨ」

「まー、朝ご飯できたから、はやく準備してねー」

「はーい」


「ってことがあってね。散々な目にあったんだよ」

「ふふっ。災難だね」

 いつもどーりの教室。そのいつもの会話。

「でも桜ちゃん、いっつもお姉ちゃんと一緒に学校くるよね」

「別にー。嫌ってるわけじゃないし」

 あたしだってあの発言が冗談だってことくらい知ってるよ。

 ……まあ、一度だけやられかけたけど。

「でもいーなー。わたしもお姉ちゃんほしかったな。わたし一人っ子だもん」

 そう伏目がちにそっぽを向く、ロングのストレートヘアの女の子。

 小林撫子。あたしの大親友!

 名は体を表すってくらいにおしとやかな女の子で、ぱっつんにした前髪とさらさらな髪の毛は、まさに大和撫子にふさわしい。それに、部活は弓道部。このまえ全国大会にも出たみたい。

 でも彼女はそんな自分のことが好きじゃないみたい。

 こんなイメージ、って縛られている感じが嫌なんだって。

 でもあたしは、そんな一面も含めて撫子ちゃんのこと大好き!

「ね、今日先生遅くない……?」

 不安げに誰かが放った一言。そして



「「「!!!!!!!!」」」



 教室内に響き渡る警告音。一瞬の出来事に、鼓膜が破れてしまったのかと感じるくらいの無に襲われた。

 騒音のせいで、真っ白で何も見えない。

 咄嗟に手で耳を押さえるも、視界どころか思考まで襲われている。

「がっ……」

 数秒遅れて口から嗚咽が吐き出される。


 痛い。痛い。痛い。痛い。


「す、スマホは……?」

 どうやら元凶となっているのは「それ」のようで、薄く可視できる中で『緊急地震避難速報』という無機質な表示が見えた。

 地震なんて起きていない。

 それに、せっていじゃありえないほどの大音量と、狙いすませたかの如く一斉に鳴った皆のスマホ。

「竜巻警報? 何よこれ」

 あたしより先に回復したっぽい撫子ちゃんは、それを確認して疑問を口にしていた。

 徐々に慣れていく騒音の中、クラスメートが持っているそれらはバラバラに表示されているみたい。

 津波警報や不審者情報などが、大音量で合唱している。

 こんなことはありえない。

 これは。

「クラッキングだね」

 しかも学校を巻き込んでまで。許せない!

 だんだんと慣れてゆく世界に、ゆっくりとあたしはカバンからそれを、ラップトップのパソコンを取り出した。

 同時にスカートのポケットから取り出す、ブルーのUSBメモリ。

 ラップトップのキーボードが光り起動音が鳴るくらいの瞬間、その一瞬に、あたしは右手のそれを刺した。

 同時にファンクションキーを素早く押す。

 オペレーションシステムが起動する前にあたしが起動したのは、ラップトップのブート画面。

 あたしは外部のオペレーションシステムを起動した。

『KALI LINUX』

 あたしが呼び出したのは、セキュリティ対策に特化したオペレーションシステム。

 視力が戻ってきたころ、ちょうどパソコンも軌道を終えたみたい。

「さて、と」

 まずは周囲のネットワーク検索だ。

 あたしがいつも、スマホのテザリングで使ってるスマホの回線は、生きて……る?

 よしっ! これで犯人を追いやすくなった。

 もしこの大音量が、スマホごと破壊するような悪質なプログラムだったら、もっと最悪だったんだけど。

 みんなのスマホをどうにかしないといけなかったかも。

 電源を消すか、バッテリーを抜くか。

 でもそんな時間はないし、そんなことしてたら犯人に逃げられちゃう。

「ってことは、何が目的なの?」

 悪質なイタズラ? それにしては無駄に手が込んでるわね。

「イタズラなら、せめて壁に落書きとかにしなさいよ!」

 オペレーションシステムに装備されたツールと、あたしが独自に開発したプラグインで犯人の固有IPを突き止める。

 よしっ。あとは校舎内の地図データと照らし合わせれば、居場所が分か――

「ああぁっ!」

 居場所が消えた。

「ああ……」

 たぶん、おそらくイタズラの犯人が飽きたのか、プログラムを停止して電源を切ったんだと思う。きっと。

「なんで…… もうちょっとだったのに」

 ぴたりと止んだ騒音に、あたしは肩を落とした。


 翌朝。

 あたしが投稿すると、別の大パニックが起こっていた。

 駆け寄ってきた撫子ちゃんの話では、昨日の騒ぎのあと、みんなのスマホのデータが消えているっぽい。

 ……全然関係ないけど、駆け寄ってきた撫子ちゃん、すっごくいい匂いしたなー。甘くて、女の子の香りっていうか。

 って、そうじゃない。

 ぱたぱたしてるクラス内は、まめにバックアップをとってた真面目ちゃんを中心に、みんながラインの交換やツイッターの相互の確認なんかをしてた。

「陽動だったんだ」

 あたしも単純な手に引っかかったよ。

 ためしにスマホをラップトップに有線で繋いでみて昨日のログをあさってみると、あのイタズラ鳴りのプログラムだけではなく、その裏で同時にスマホ内のデータをすべて移されている経歴があった。

 しかも移行先は海外のサーバ。

 クラス中、いや学校中のスマホをクラックしてデータを盗んで。しかも足跡を残さない。

 そんなことができるやつ、あたしは一人しか知らない。

「どうしたの桜ちゃん? なんだか怖い顔してるよ」

「えっ⁈ あたしそんな顔してた?」

 あたしの悪い癖だなぁ。

「ところで撫子ちゃん、すっごくいい匂いするね。ぐへへ、もっと嗅いでいい?」

「きも……」

 あーこれはガチで嫌悪してる顔だ。

「桜ちゃんのライン消えてるから、交換しようと思ったのに」

「あああ! ごめんなさい!」

 あたしが謝ると、少しは機嫌が直ったみたい。

「はいこれ。わたしのコード」

 すっと差し出されたそれを、あたしはラップトップと繋いだままのそれで読み取る。

 ぴこん、と彼女が友だちに追加されて、撫子ちゃんもあたしを友だちに登録した。

「ふふっ、桜ちゃんが友だち第一号なんだ」

 今度は嬉しそうに微笑む撫子ちゃん。

 うーん。女の子の気持ちって、ころころ変わってよく分からないや。

 ってまあ、あたしも女の子なんだけど。

 ちょっとだけ冷静になって、ふと周りを見渡してみると、あたしたちのように元々友だちだった同士だけじゃなくて、この事件をきっかけにあこがれの男の子とラインを好感している女の子も見えた。

「したたかだねぇ女子は。……ん?」

 よく見ると一人だけ。絶望的な顔をした女生徒がいる。

「どうしたの?」

「うっ! ひゃい‼」

 肩を大きくびくっ! と震わせて。

 まるでおびえた小動物だ。

「ごめんごめん。後ろから声かけちゃダメだよね」

 振り向いたその女子は、まるでリスのようだった。

 くりん、とした大きな瞳をフチのない眼鏡で隠し、ぼさぼさで手入れのされていない髪を左右に三つ編みにしてる。背はあたしより低くて。百四十センチ後半くらい?

 とにかく、なんだか守ってあげたくなるような、同い年とは思えないほど弱々しい少女だった。

「あの、わたしに…… なにか、用?」

「あっ、ううん、何でもないの。ただ気になったダケで」

 余計なお節介だったなあ。

 撫子ちゃんの元へと戻ろうとしたその時。

「ねえ」

 制服の裾を掴まれた。

「桜ちゃん、パソコン詳しいんでしょ? 助けてよ」


 話をまとめると、こんな感じだった。

 その少女の名は猫目加奈子。

 はっきり言って、彼女はいじめられていた。

 

私物を隠される。

悪質な机の落書き。

暴言。

無意味な嫌がらせ。

仲間外れ。


加奈子ちゃんは「いじめなんかじゃないよー」って笑ってたけど、悲しそうな表情と曇った瞳が、それが嘘だってことをあたしに伝えていた。

「ねえ、かなちゃん」

 怯えたままの子は、静かにこっちを向いた。

「かなちゃんは、復讐したいって思った?」

「思った」

 それは即答だった。

 そして、こう続けた。

「だから復讐のための証拠を集めていたの。無音カメラってアプリあるでしょ? あれで何十枚も撮った。動画や音声もあったわ! でも」

 その言葉を最後に、彼女はまた無言になった。「でも昨日の事件で、証拠をすべて失った」彼女の発言を続けるとしたら、たぶんこうだろう。

 おそらく彼女にとっては決死の思いだったはず。

 バレたらスマホ自体を壊される。だから慎重に。そして、徐々にその証拠は集まっていた。

 でもそれは一瞬で失われた。

「つらいとか、そんな感情が出るわけじゃないのね。ただ、ただ茫然。むしろ、こんな簡単に、復讐のための道具が失うなんて。笑っちゃうわ」

 微笑んだ彼女の瞳からは涙が零れていた。

 泣かないと必死に笑顔を保とうとするその姿は、あまりにも痛々しくて。

 つられてあたしも泣きそうになる。

 震えた彼女をそっと抱きしめた。


「証拠、ねえ」

 泣き疲れた彼女を保健室に連れて行って、一人廊下を歩きながら考えていた。

 なんか一瞬で解決する方法とか、ないものかなあ。

 一応あたしは警視庁に認められたホワイトハッカー。

 だからといって、いじめられた少女を助ける方法すらない。

 悔しい。

 あたしはただ、教室の扉を開いた。


「はっはっはー‼」


 プロジェクターが勝手に点灯し、校内放送用のスピーカーから女性のけたたましい笑い声が出力されている。

「うるさい……」

 あたしの帰りを待っていた撫子ちゃんは不快をあらわにした。

「はっはっはー。プロジェクターはブルートゥースで一斉接続してるしー、音声は放送室から流してるんだー。お前らができることなんてないぞー」

 その声に誰よりも早く反応したのは撫子ちゃんだった。

 あたしが開いたままの教室の扉から駆け出していく。おそらく目的地は放送室だろう。

が、自ら居場所を暴露するそいつが、何も対応していないとは思えない。

それに、そいつ―― 黒板に投影された、高らかな笑い声を響かせた、黒いシルクハットにステッキを持ち、男性用のタキシードを身にまとった奇妙な姿に、あたしは見覚えがある。

こいつが、バーミ=ヤン

「私こそが、この事件を引き起こした犯人なのだー」

 ざわつくクラスメートの皆。しかしあたしだけは、そいつの実力を知っている。

 こんな騒ぎを起こすことも、昨日のように学校中のスマホをクラッキングすることも、こいつにとっては造作ないこと。

「はいはいー。みんなちゅーもーくー」

 プロジェクターの画面が切り替わる。

 そこに映し出された、加奈子ちゃんのものだと思われる、グループラインの画面。

「まだまだあるぞー」

 惨い写真や、服を脱がされる動画。お腹や二の腕には痣や切り傷があり、おそらくいじめの主犯格が撮影したものだと思われる。

「ひうっ……」

 その惨状に耐え切れなくなり、小さく悲鳴を上げる女子もいた。

「これって」

 かなちゃんが欲していた、いじめの「証拠」だ。

「被害者も自分で証拠を集めてたよーだがー、そんなの無理があるー」

 かなちゃんの努力を否定するそいつに、無意識に拳を握ってしまう。

 しかしそれ以上に。こんな方法でいじめを表にすることができる、ホワイトハッカーのあたしにはできない方法をやってのけたそいつに、羨望さえ覚えてしまう。

「クソが……」

 犯罪行為を高らかにアピールするこいつが、憎い。

「どーせスマホを壊されるか、もっといじめがエスカレートすることだってあるのだー。いじめられる側がどうにかするなんて、無理無理なのだー。それに、こーやってデータ消されたら、もーどーにもならんー」

 データ消したのあんたでしょ!

「さあ被害者よー。お前に必要だったのは、いじめられているとき話を聞いてくれる友人と、何でも願いをかなえてくれるクラッカー様なのだー」

「いや、最後のは無理じゃない?」

 小さくツッコミを入れてみた。

「まーいじめは刑事罰だー。そう覚悟することだなー」

 その言葉を合図にプロジェクターの光が途切れた。そしてタイミングを合わせたように、グラウンドへ数台のパトカーがやってきた。

「では、さらばだー」

 ぷつん、と放送用のスピーカーからマイクを切った音がして。「くそ……」と、いつの間にか戻っていた撫子ちゃんが小さく呟いたと同時に、数名の警察官がクラスに入ってきた。


「かなちゃん、放送聞いてたよね、きっと」


「ってことがあったんだよね」

 事情聴取騒ぎがあったんだけど、あたしが公安の人間であるってこと、ネットワークセキュリティ問題はあたしが確認する、ってことでけっこうあっさり終わった。

「大変だったねー」

「はあ。そうだよ」

 帰り道でお姉ちゃんに愚痴る。

 そうでもしないと、やってらんないよ。

「まあまあー、でも桜ちゃん、インターネット? に詳しいしー、それに凄いんでしょー?」

 優しい言葉をかける姉。

「私なんてー、お料理がちょっとできるかなーってくらいだしー。お掃除もお洗濯もふつうだしー。あーあー。桜ちゃんみたいに何か一つくらい、できることがあったらなー」

 お姉ちゃんとして誇れるのにー。と、かわいらしく頬を膨らませるお姉ちゃん。

 くそ。可愛いな。

 むう、と小さくふてくされてるかと思ったら、次の瞬間には「あっ! 猫ちゃんー」と、塀の上であくび途中の子猫に向かってちょっかいをかけている、桃お姉ちゃん。

「マイペースだよね、お姉ちゃんって」

「えへー」

「やっぱり、お姉ちゃんには敵わないよ」

「にゃあー?」

「だって、あたしが追ってるバーミ=ヤンの正体、お姉ちゃんでしょ。桃イコールあの有名ファミリーレストランって、お姉ちゃんのネーミングセンスの無さは、あたし昔から知ってるんだからね」

 ぼっ、と赤くなるお姉ちゃん。

「それに、今日のあの登場とか格好は無いよ。お姉ちゃん、凄いのにセンスなさすぎ!」

「うー!」

 さっきよりますます赤くなっている。

「文句があるなら、私に勝ってから言いなさーいー」

 子猫を抱きながら、べー、っと舌を出す彼女。

 姿はかわいらしいんだけど、そのセリフにカチンときた。

「な、むきー! 絶対にお姉ちゃんの尻尾を掴んでやるんだから!」


 姉妹のけんかを眺めながら、腕の中の子猫は「にゃあ」と鳴いた。


【実録】ホワイトハッカー宮里桜‼ ―完―

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