1-7
住宅街のマンションの共用廊下。
夕暮れの空は紫と橙が混ざり合い、街には静かな余韻が漂っていた。
玄関の扉が開いている。
しかし、そこから漏れる声はない。
棺はその光景を静かに見つめていた。
黄泉がスクラップブックを手渡している。
その隣で棺は、ただじっと見守っている。
少女、麻衣は、震える指でスクラップブックを受け取った。
表紙を見た瞬間、息をのむ。
そして、そっとページを開く。
古びた紙の上には、幼い頃の自分が書いた文字が並んでいた。
「パパとマイのりょこうけいかく」
ぎこちない字で書かれたタイトル。
歪に切り貼りされた写真の数々。
父との約束。
麻衣は唇を噛みしめ、目を閉じる。
その瞬間、堪えきれず嗚咽が漏れた。
身体を震わせながら、スクラップブックを抱き締める。
10年以上前の約束が、ようやく手元に戻った瞬間だった。
黄泉は何も言わず、ただ微かに笑みを浮かべて見守っていた。
棺もまた、言葉を飲み込んだまま、その光景を見つめていた。
沈黙だけが、すべてを語っていた。
空気が変わる。
景色が滲むように切り替わり、三途の川のような場所へ。
靄のかかった川辺に、鋼田、黄泉、棺が立っている。
静寂の中、棺が口を開く。
「スクラップブックを持って、一箇所ずつまわってみるって。」
麻衣の言葉を伝える。
鋼田はこらえるように息を吐き、涙を拭った。
「ありがとう…。」
彼の声はかすれていた。
黄泉は何も言わない。
ただ静かに、目を細めて彼を見つめる。
鋼田は、ゆっくりと立ち上がる。
「これで、安心して向こうへ行けます。」
一礼し、舟へと向かう。
フードをかぶった何者かが漕ぐ木の舟。
それに乗り、ゆっくりと川を渡っていく。
黄泉と棺は、それを黙って見送った。
霧の向こうへ消えていく舟。
棺はじっとその姿を見つめていた。
黄泉は軽く肩をすくめ、空を仰ぐ。
そして、ふっと息を吐いた。
「さーてと、行こうぜ、棺。」
棺は視線を戻し、黄泉を見上げる。
黄泉は飄々と笑みを浮かべながら、軽く肩を揺らす。
「死人は待ってくれないからな。」
霧の中へ、二人は歩き去っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。