1-3
暗闇の中、視界がゆっくりと滲んでいく。
無数の雨粒がフロントガラスを叩き、ワイパーが規則的にそれを拭い去る。
鋼田はハンドルを握っていた。
見慣れた道路の風景がぼんやりと続き、街灯の光が車内を揺らしている。
だが次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「うわっ……!」
何かが目の前に飛び出したのか、あるいは予期せぬ障害物か。
鋼田は反射的にハンドルを切る。
だが、それよりも早く。
衝撃音が響く。
バスは何かに激突し、横転する。
車内に悲鳴はなく、ただガラスが砕け散る音だけが響いた。
鋼田の視界が歪む。
そして、すべてが暗転する。
霞がかった薄暗い空間に、静寂が漂っていた。
水面のように揺らぐ地面、その先にはぼんやりとした光が滲んでいる。
黄泉と棺が立っていた。
そして、その前には一人の男が座っていた。
鋼田走。
彼はTシャツにチノパンというラフな格好で、前かがみに座り、虚空を見つめている。
表情はない。
ただ、そこにいるだけだった。
棺は黄泉の隣で、その姿をじっと見つめる。
「今回のターゲットは鋼田走、五十四歳。」
黄泉が淡々と告げる。
「バスの運転手で、死因は事故が原因の合併症。」
棺は鋼田の顔を見て、何かが引っかかるように目を細めた。
「あぁ、この人…どこかで見た事あると思ったら……。」
思い出した。
数日前にニュースで流れていた、大型バスの横転事故。
運転していた男は、すでに亡くなったと報じられていた。
「ニュースでやってた横転した大型バスの運転手さんか。」
黄泉は棺の言葉を受け流し、ゆっくりと鋼田へ歩み寄る。
「じゃあ早速覗くか。」
鋼田は何も反応しない。
棺は息を飲んで、黄泉の動きを見つめた。
黄泉は片手を鋼田の胸元へと差し込む。
その瞬間、鋼田の体が微かに震えた。
だが、その瞳に意識の色は戻らない。
棺は何も言わず、ただ黄泉の指先が沈んでいく様子を見つめる。
次の瞬間。
空気が歪み、世界が変わる。
黄泉と棺の姿が消え、そこには鋼田だけが残っていた。
彼の記憶の中へ、二人は足を踏み入れた。
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