六畳一間ルームシェア(告知事項アリ)
走馬真人
第1話
駅から徒歩三分。大学までも、徒歩十分を切る。
一階角部屋、六畳一間のワンルーム。
告知事項アリの我が家は、共用費込みで月一万二千円。
不動産屋さんに何度も確認されたけど、住めば都というもので。そんな我が家には――同居人がいる。
「
鍵を半回転して、開けた玄関。小さい
僕より少し背が高くて、少し年上のひと。
短い黒髪と、切れ長のこげ茶の目。真顔だと迫力があるけど、笑うと途端に親しみやすくなる、そんなひと。
「おかえり、
――向けられる笑顔に、ほっと、安堵の息が落ちる。
「外まで良い匂いしてたんですけど、晩御飯なんですか?」
「豚肉の生姜焼き、明日の弁当もコレ入れていいか?」
「勿論!」
料理をしている健太さんにぶつからないようにして、通り抜けた短い廊下。
その突き当り、アクリルガラスが嵌められた扉を開ける。
六畳の部屋は、ベッドとカラーボックス、それから背の高いダイニングテーブルを置くとぎゅっと狭く見える。
朝出る時には窓際に干されていた服はきちんと畳まれて、折り畳みベッドの上に置かれていた。こういうところに、健太さんの性格が出てるなぁ、といつも思う。
「夏樹、弁当箱出しな。フライパンと一緒に洗っちまうわ」
「え、僕やりますよ」
「ついでだからいいよ。お前は早く飯食って、明日の準備しな。一限からだろ?」
そう言いながら、健太さんは台所からお皿を持ってやってくる。テーブルの上に並んだのは豚の生姜焼きと、キャベツの千切り。白いご飯と、お味噌汁。美味しそう、と零れた声に、健太さんの笑みが苦笑に変わる。
「ご飯は冷凍してた奴だし、味噌汁もインスタントだぞ」
「それでも立派ですよ。僕一人なら菓子パンで終わりですもん」
「確かに」
「納得されてしまった」
「上京したての頃のお前見てるからなぁ」
「あの頃よりは、成長しましたよ……多分」
「ふは……まぁ、ゆっくり食えよ」
「はぁい……すみません、お願いします」
リュックから出した弁当箱を受け取って、健太さんはキッチンに戻る。聞こえてくるのは水の音。それをBGMに、ダイニングテーブルの椅子を引く。
いただきます、と手を合わせて、箸を伸ばした生姜焼き。
甘辛いそれは、バイト終わりの身体に沁みる。
温かいご飯は噛めば噛むほど甘みが出て来て、日本人でよかった、と思う。
「夏樹、本当に美味そうに食うよな。食い方も綺麗だし」
向かいの椅子を引いて、戻ってきた健太さんが言う。そうして、「作り甲斐があるよ」と僕の頭を撫でた。
それだけで心臓が跳ねるのは、我ながら単純だと思う。
「健太さんのご飯が美味しいんですよ」
「野郎の雑飯だろ」
「これが雑なら、僕のは俎上に上がらないです」
「ソジョウ?」
「まな板、ですね。同じ土俵にいない、的な?」
「はは。それでもカレーは上手くなったよ」
「カレーだけです」
「それでも進歩だよ。卒業まであと三年あるから、ゆっくり覚えていけばいい」
少しだけ声に苦いものを滲ませて、健太さんは言う。
この一年はあっという間だったから、あっという間に大学卒業がきてしまいそうだ。
そう考えると気持ちが暗くなるから、これ以上考えないように生姜焼きを口に運ぶ。
「疲れた顔してんなぁ。今日コンビニの方のバイトだっけ?」
それをどう取ったのか、健太さんは目を細める。「厄介な客でも来たか?」なんて、労わる声が有難い。
「お客さんはそうでもなかったんですけど……同級生が、ちょっと」
「うん?」
「……部屋、来たい、って言われちゃって」
「あー……事故物件見たい、と」
「はい……断り切れなかったんで、その、来ちゃうんですけど」
そろり、と健太さんを見上げれば、「なんだその顔」と健太さんは苦笑する。
「いつ来るの、同級生」
「今週の金曜日か、駄目なら来週ですね……健太さんが無理なら、バイトあるから、って断りますけど」
「断り切れなかったんだろうが……早い方がお前楽だろ? 今週でいいよ」
「すみません」
「いいって、押し入れに隠れとくわ」
「……健太さん、普通にしてても見えないんじゃないです?」
「お前に見えたからなぁ、念の為……大分大変だったろ、顔に出てるぞ」
「……そう、ですかね」
苦手なタイプの同級生だったのは事実だけど、そこまででもないと思っていた。
そう続ければ、眉尻を下げた健太さんは「疲れた顔してる」と快活に笑った。
「そういう時は風呂だよ、風呂。お湯落としてくるな」
「すみません」
「いいって、家賃出して貰ってるし」
そう言って、健太さんは部屋の右側。作り付けの押し入れを『通り抜けて』風呂場に向かった。
少ししてから、水音が聞こえてくる。
――俺より少し年上に見える健太さんは、この部屋に住んでいる『おばけ』だ。
他の人には見えなかったらしいけど、僕にはどうしてか見えている。一緒に過ごしてもうすぐ一年。普通に会話ができるし、この部屋の物は普通に触れる。
一方で今みたいに部屋の中であれば壁を通り抜けることもできるらしく、たまに『THE おばけ』みたいな行動をしたりする。
それでも、健太さんは健太さんだ。
真顔が厳つくて、笑うとギャップが大きくて、ご飯が美味しい。頭を撫でる手は大雑把だけど優しくて、撫でて貰えると嬉しくなる。
「多分、お前が食い終わるくらいにお湯溜まるぜ」
ぼんやり考えていたら、健太さんはまた壁を通り抜けて戻ってきた。
「何から何まで、すみません」
「良いって。苦学生なんだからよ、使えるものは使っときな」
「……今度、また、コンビニスイーツ買ってきますね。新作出るので」
「おお、分かってんじゃん。あがめ……なんだけ、こんな難しい言葉あったよな」
「崇め奉れ?」
「流石文学部」
「どっちかって言うとオタクの方です」
そう返せば、再び向かいに座った健太さんはくつくつと笑う。
その笑顔に、胸が温かくなる。
冷める前に、とご飯を口に運ぶ。
「……ごはんおいしいです、健太さん」
「おう。食え食え、なんならおかわりもあるからな」
そう笑う健太さんに、同じ音の笑い声が落ちた。
◆ ◆ ◆
――健太さんと出会ったのは、去年の、桜が咲き始める頃。
どうにか国立大学に合格して、入学手続きの為に、在来線と新幹線を乗り継いで。
『この部屋、まだ空いていますか』
ネットで見つけた物件情報をカウンターに出せば、不動産屋さんは凄い顔をした。
ユニットバス付き、六畳ワンルーム。
築四十年、リノベーション済み。
家賃、共用費込みで月額一万二千円は相場の十分の一。
同じアパートの他の部屋と比べても、五分の一。
――燦然と輝く、『告知事項有』の一文。
最初は冷やかしだと思われたらしく、他の物件も進められた。
もっと大学に近い、学生向けの物件はどうか、とも。
内見も渋られたけど、ここしか予算に合う物件がない、と頼み込んで案内してもらったアパート。
家具もカーテンもない部屋はがらんとしていて、そんな中に、健太さんは立っていた。
窓際に立っていた彼と、目が合ったのを、確かに感じた。
『……ここで死んだ人って、若い人なんです?』
『エッ!?』
裏返ったお姉さんの声は、今でも覚えている。
……お姉さんに、健太さんは見えていないらしかった。
亡くなったのは、七十代のおじいさん。お風呂場で、倒れた状態で発見された。
発見が早かったから、匂いとかはなくて、部屋は清掃が入っただけの状態。
ぽつぽつ落とされる説明を、僕と、それから健太さんで聞いている状態が――なんだか、おかしかった。
一通りの説明を聞いて『ここにします!』と言えば、お姉さんは驚いた顔をした。
――隣で話を聞いていた、健太さんも。
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